第11話 追放
「熱い……」
俺はまた先ほどいた場所で夜風を浴びていた。
肌寒いと思って黒のパーカーを着飾ったが余計だったかもしれない。
未だに身体の熱が消えていない。
それも当然だ。
思いを寄せている女の子と繋がり合えたのだから。
でもまだ終わっていない。
あの後白瀬さんに「やっぱりシャワーを浴びてからでいいかな」と言われそのまま休憩を挟むことになったのだ。
部屋にいても気分が収まらず外に来たのだが……。
「本当に……するんだよな……」
未だに白瀬さんと自分がそういうことをした事実ですら飲み込めていないのに。
これから更なる高みへ登るなんていくつ脳があっても落ち着けるはずがない。
……彼女も俺も互いを求め合っている。
きっと両思い、だと思う。慰めであんなことはしないはずだ。
ただ一つ。
彼女の隣にこの先もずっといられるのだろうか。
俺にはまだこの世界で生き抜く力がない。
無力で弱々しい自分が白瀬さんを、いや、俺ですら俺のことを守れるのか。
いつか彼女の俺への想いも変わってしまうんじゃないのか。
そうしたら俺は……一人で生きていけるのだろうか?
いくら考えても答えは出なかった。
「でもやるしかないよな」
今はただの雑魚だ。雑魚とすら呼べないのかもしれない。
でも足掻くんだ。彼女が信じてくれるまで。
いや、呆れられても振り向かせるくらいに足掻け。
「まだできることはいくらでもある」
「――随分と元気そうだね」
聞き覚えのある声が背後からした。
振り向くと壁に寄りかかる真堂がいた。
「こんな時間に一人で自分を励ますなんて、どんな心境の変化だい?」
「……ま、まぁ。色々あって」
「色々……たとえば……白瀬さんが何かしてくれたとか?」
――なっ!?
ま、まさか……さっきの――。
「顔が怖いよ。君たちが知り合いなのは聞いたから知ってるんだ。だから元気そうなのは彼女のおかげかなって」
な、なんだ。
そういうことか。
「そう、だね。白瀬さん優しいから」
「……で、君はこれからどうするのかな?」
「どうするって……」
「――ダウル公爵を殺そうとしたそうじゃないか」
「……」
そうか。
白瀬さんだけではなく皆にも俺がしでかしたことは知れ渡っているんだな。
転移者たちの中では白瀬さんと、真堂は俺の話に耳を傾けてくれた。
ただ今回のことはさすがに咎められて仕方のない問題だろう。
「でも本当にそう思ったわけじゃないんだろう?」
「……え」
「あの火属性魔法を出した時も君は危うい眼をしていたからね。君は誰に対してではなく自分の弱さを殺したい。そうじゃないかい?」
あの時も俺はそんな眼を……。
確かにあの時も公爵を怒らせた時も頭に血が昇って自分自身を許せないでいたように思う。
まさか真堂に気づかされるとは思わなかったが。
「同情するよ。力が授けられないだけでこんな目に遭うなんて」
「いや、今回は俺が……暴走しすぎた」
「それでこれからどうするんだい?」
「自分でもどうすれば……」
今後どう振る舞い、どう過ごしていくのか。
それは今でも分からない。
でも真堂なら、俺を分かってくれているこの男なら何か力を貸してくれるかもしれない。
「このまま屋敷に引きこもって周りに蔑まれながら半年を過ごすのか、優しい優しい白瀬さんに慰められて生きていくのか」
棘のある言い方だが今後そうなる可能性は高い。
白瀬さんは俺がどんなにちっぽけでもきっと優しくしてくれるのだろう。
「でも、倉道くんにも道はある」
そう言って俺に茶色の巾着袋のようなものを渡した。
「これは……?」
「数週間余裕で生活できるほどの資金さ」
「お金? 何で俺にこんなの――」
真堂が手のひらをこちらに向ける。
その瞬間、俺の身体が急激に何かしらの力によって後ろに吹き飛ばされた。
地面に勢いよく叩きつけられたかと思ったが、深い草むらの中に飛ばされたのか衝撃は少ない。
「……うっ……」
それでも草むらに勢いよく飛ばされたせいで腕や顔に擦り傷ができていた。
全身が痛みを訴え始める。
それでも俺は負けじと立ち上がる。
どうして。
頭の中で疑念と怒りが渦巻く。
『――どうしてこんな!』
……は……?
言葉を発したはずだった。
でもそれは音になって俺の耳に聞こえなかった。
「倉道刀也くん。君とはここでお別れだ」
お別れ?
何を言ってるんだ……?
「あぁ。ちなみに僕の魔法で外部からの侵入と呼びかけは出来なくしてある。まあ君の魔力に合わせて、だけどね」
『そんなことが!』
「……うそ、だろ」
本当だった。
こちらからの呼びかけが全く声という音になって現れない。
ただ呼びかけ以外は声になって耳にしっかりと聞こえる。
『どうして……こんなことを!』
それは声にならない。
わけがわからない。
さっきまで真堂は俺のことを心配していたはずだ。
何か勘違いをしているのか?
きっとそうだ。
まだ間に合う。
そう思って俺は前へ走り出そうとするが何かにつき返された。
もう一度進んでも、位置を変えても進めない。
壁があるわけでも何か物があるわけでもなく前へ、屋敷へ近づけないのだ。
「そんなにこちらに来たいの? 誰も君を歓迎していないのに」
「ッ!」
「周りから君は犯罪者のように映っているんだよ。そんな人間を屋敷に置いておく必要はないだろう」
確かにその通りかもしれない。
だけどお前はさっき俺のことをわかって――。
「僕だって困るんだ。だってそうだろう? 君がいるおかげで空気が悪くなるんだ。その度にフォローしないといけない僕の身にもってほしい。それに殺意がこちらに向いていなくても二回連続で事件を起こしている。つまり自分自身を制御できていないんだよ。いつこちらに刃が飛んでくるのかと思うと怖いだろ」
違う。
真堂は俺に優しいわけではない。
俺のことをわかってくれているふりをして――斬り捨てたのだ。
「あと勘違いしないでほしい」
『勘違い?』
「白瀬さんが君に優しくしているのは君と幼馴染だったから。今の平凡で醜い君に手を差し伸べるはずがないだろ?」
それは違う。
白瀬さんと仲良くなったのは元々の関係があったからかもしれない。
でも彼女はいつだって俺に優しいのだ。
たとえ俺がどんなに弱音を吐いても、どんなに無様な姿をさらそうとも、きっと傍にいてくれる。
「仮にそうじゃなくても、彼女に何かを渡せるのか?」
………………。
「無力で立場も危うい君が白瀬さんに何をしてあげられる? 何もないだろ」
何もない。
今だって真堂の魔法に対抗する術も頭もない。
ここは異世界だ。
ずっと屋敷に居させられて訓練しているのもそれだけこの世界が危険だからだろう。
本当に彼女が危ない時に守ってあげることはできない。
助けてあげられない。
そんな自分は嫌だった。
「君が落ち込む度に、求める度に白瀬さんは君を優しくしないといけない。君と彼女が一緒にいると不幸になるだけだよ」
……不幸……か。
確かにそうかもしれない。
俺には力がない。
屋敷にも居場所がなくなった。
こんなどうしようもない俺と白瀬さんは――。
「一緒にいるべきじゃない」
そう。
以前までの俺ならそう思っていた。
力がなくても、そんな俺でもいいと。
隣に居ていいと彼女は言ってくれた。
力がなくても与えられるものはある。
それは優しさだったり、楽しさだったり、愛だったり。
でも勿論力を求めないわけじゃない。
白瀬さんのことを守れる強さもほしい。
その為にも必死に努力するつもりだ。
でもそれがなくても、一緒に居ていいはずだ。
「また会えたらいいね。生きてくれることを願っているよ。じゃあね。黒道くん」
そう言って真堂は背を向け屋敷に帰っていく。
色々と勘違いをしたまま。
そして――。
「――じゃあ行こっか」
白瀬さんはいつも俺を助けてくれる。
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