第9話 ダウル・アルマット公爵

「改めて、ダウル・アルマットだ」


 転移して以来久方ぶりのダウル・アルマット公爵との対面だった。

 ミディアムほどの長さの銀髪で整えられた顎鬚、キリっとした目つきにスマートな顔立ち。

 貴族というとずぼらなイメージがあったが、この人は寧ろ対称的だ。


「勝手な異世界召喚で多大なる迷惑と心労を掛けてしまい本当にすまない」


「あまりお気になさらないでください。転移当初は確かに戸惑いがありましたが今は皆楽しくしておりますよ」


 真堂は優しい笑みを浮かべ公爵を気遣う。

 皆、ね。

 確かにこの世界の都合で呼び出され、命のやり取りをする可能性があるとはかなり迷惑な話だろう。

 ただその分の安全と生活の保障、魔法という夢のような概念が体験できる世界だ。

 それでも無理と思う人もいるだろうが大きな脅威もなく何をするにしても自由。

 帰れる期間も最低半年と約束されている。

 俺にとっては寧ろ来たくなるレベルだ。


「それは何よりだ。早速だが皆の力をぜひ見せさせてもらえないかと思うのだが」


 昨日クロノさんに言われ俺と転移者たちは魔法実習の場に来ていた。

 また彼らに嫌味を言われると思ったが大人の目があるからなのか特に何も言ってこない。


「そうですね。それでは昨日実習で行っていたものをやりましょうか!」


 クロノさんはいつにも増した明るい顔で手を合わせる。

 どこか陰りがあった彼女の姿はどこにもない。

 思い出したように「あ、倉道さまは」と言いかけたが大丈夫だからと手を横に振った。

 こういうぼっちに気づいて皆に注目されて気遣われるのが一番心に来るんですよね。


「それじゃあ皆さん準備してください」


 それから俺以外の転移者は配置についたように準備にとりかかった。

 どうやら一人ずつではなく共同でやるものらしい。

 俺から断っておきながら心が痛み出してきた。


「――ではいきます!」


 白瀬さんが声高らかに宣言すると突如、水でできた武装兵のようなものを作り上げた。

 身体全体は無色透明だが手には銅剣のようなものを持っている。

 身体は2m近くあり意志があるかのように前にいる竹田の方向へ歩み始めた。


「きたきたあ!」


 竹田は嬉しそうに歯を見せると、前回同様土でできた木刀を作り出し水の兵士に向け走り出す。

 勢いよく木刀を振り下ろすと兵士もそれを受けるように銅剣で迎えた。

 すると木刀は耐えきれなかったか真っ二つに折れてしまった。


「――あの水でできた魔法兵、それほどまで膂力があるというのか」


 公爵は訝しむように思いを口にする。


「白瀬さまの魔力と魔力コントロールは凄まじいものです。ですがまだこれからですよ」


 いつの間にか近くまで来ていたクロノさんは彼らの解説をし始めた。

 魔法兵の力と人間らしい動きに目を奪われる。

 だが竹田も負けてはいなかった。

 竹田は新しく木刀を作り出しまたも剣と剣で打ち合う形となった、が折れたのは魔法兵の銅剣だった。


「竹田さまはただ土から刀を生み出すだけでなく、打ち合った相手の刀の衝撃からそれに耐えうる強度の刀をイメージしたのです」


「なるほど。相手の能力を一度読み取ってから逆襲するというわけか。面白い」


 竹田のくせにやるな。

 脳筋バカっぽいイメージがあったがどうやら戦闘面ではかなり頭が回るようだ。

 魔法兵が狼狽えている中、突如その背後から黒い靄のようなものが身体上部を埋め尽くした。

 その直後雷が落ちたような音で魔法兵の腰から上が爆発した。


「今のは」


「間中さまの魔法ですね。基本的な魔法ですが、数日でこの威力は相当高いです。それも雷属性だけでなくその他魔法のレベルも高い」


「ほう。適性が多いのかもしれん」


 適性?

 向き不向きのことか。

 魔法はイメージとはいうがそれでも実現できないものもあるという。

 それもそうか。何でもできるなら世界は既に滅んでいるだろうし。


「しかしそれでも朽ちないか」


 体の上半分を破壊されたが再び水が集まって再生し始める。

 間中さんの雷魔法もそれに対抗するが再生の方が有利だ。

 竹田も応戦して身体を斬るがすぐに再生する。

 もはやダメージを受けていないように見えた。

 二人は防戦一方だったが、一瞬で魔法兵は水となり地面に還った。


「何が起きた?」


「真堂さまの魔法です。相手の魔力回路を分析してそれに反するように魔法を組み立てたのでしょう」


「そんなことが」


「私も驚きました。その発想と特殊な魔法形態。私もあの魔法は使えないですから」


「さすが勇者、といったところか」


 何か納得したような顔で頷くダウル公爵。

 しかし本当に驚いた。

 前回からまだ数日しか経っていないのにこの成長ぶりだ。

 彼らは互いに反省し励まし合っている。

 その姿を見て俺はどことなく居心地の悪さを感じた。

 仲が悪いからとかではなく、この先俺がいくら強くなってもああいう関係は築けない、そんな気がした。


「さあ! 次は倉道さまですね」


 クロノさんまじでそういうのやめてください。

 彼女はこちらを向き、子を見る親かのようにキラキラした目を向けてくる。

 まるで俺が隠された真の実力者みたいじゃないですか。

 昨日のやり取りで多少仲良くとはいえ期待されるのは別の話だ。


「あぁ。君が例の」


 クロノさんに釣られ公爵もこちらを向いた。

 はい、すみません。

 俺が部屋に引きこもりろくに修行も仕事もせずタダ飯を食らう問題児です。

 いくらでもぶっ叩かれる覚悟は――。


「元気そうでなによりだ」


 さきほどまで真顔でどちらかというと怖い印象の顔が嘘のように優しくなった。

 あれ、やばいぞ。

 男の子なのにときめく音が聞こえてしまった。


「誰にでも失敗や間違いはある。それを乗り越えるからこそ強くなれるんだ。大丈夫、きっと君も強くなれる」


 何だこの人。

 何も言ってないのに優しいのですが。

 こんなこと親以外に言ってくれる人見たことないよ。

 親にも言われたことないけど。


「では倉道さまも何かやりますか?」


「もちろんやりますよ!?」


 何もやらなかったら俺が今ここにいる意味がわからない。

 それから次は俺って言っておいて何かやりますかって俺の扱い雑になってないですか大丈夫ですか?

 まあそれだけ心を許してくれているのはありがたい……けど遠くにいる彼らからの視線が痛い。

 変に目立つのは避けたいがここへ来たのはそのイメージの払拭でもある。

 頑張るしかないか。

 そうして皆から注目を浴びながら俺の魔法実演ショーが始まった。


「……」


「……倉道さま大丈夫ですか?」


「は、はい」


 相も変わらず魔法は発動しない。

 今回は危なげの無い水属性魔法だ。

 この前の火を生み出した時のように手の平の上に水の塊をイメージしている。

 ただイメージするだけではダメなのだ。

 それは最初からわかっていた。

 ……だから。


「……あ、あのー」


「どうした? まだ具合が?」


「い、いえ。声を出したり叫んでも大丈夫かなーと……」


「あぁ、なんでも君の自由にするといい。仮に爆発したりしてもクロノくんがカバーしてくれるさ」


「ありがとうございます」


 そうだ。

 今公爵が来ているとはいえ本来は魔法実習の場。

 自分を制御すればするほど魔法は発動しにくくなるだろう。


「それでは……」


 魔法を再度イメージする。

 先程も白瀬さんが水属性魔法を使っていたしイメージも完璧だ。

 あるのは恥ずかしさだけ。


「――いでよ! 水の塊!」


「…………」


 ダメか。水の塊というネーミングが悪いのか、まだ想いが曖昧なのかは分からない。

 だがこのままでは当然終わらない。


「浮かべ! アクアボール!」


「…………」


「水よ集まれ! ウォーターボール!」


「…………」


 しかし俺の行いに反し何も起こらなかった。

 イメージも声に出す文言も悪くはないはずだ。たぶん。

 恥じらいだって決してない。

 でも諦めるにはまだ早すぎる。


「ーーアクアスフィア! ……ウォーターサークル! ……アクアリング!」


 俺は何度も水属性魔法の想像、声出しをしたが、生み出されるのは沈黙だけだった。

 なんで……なんで出ないんだ?

 あの時は出たのに。

 俺だって。

 俺だって皆のように魔力はあるんだ。

 絶対に出せるはずなんだよ。


「――頼む。 俺の元へ集まってくれ! アクアボール!」


「......」


「……俺に力を貸せって……言ってんだよ……。水水水水水ッ! アクア……ボール! アクアボールッ! アクア――」


「――もういい」


「いやまだまだ!」


「大丈夫だ。まだ調子が悪いだけなんだろう。また後日にしよう」


 どうしてこの人はそんな優しく俺に気を遣う。

 俺はまだ何にも出来やしていないのに。

 あいつらもなんで笑わない?

 いつものように俺のことを馬鹿にしろよ。

 なんでもう……終わったみたいな顔をしてんだよ。

 ――俺はもう……呆れられたのか……?


「…………」


 ………………。


 ……もういい。

 もう何もかもどうとでもなればいい。

 水の塊?

 そんなのどこで使えるんだよ。

 異世界はそんな生温いもんじゃないだろ。

 もっと危険で悲惨で命の奪い合いが平然と起こる場所のはずだ。

 こんな魔法を使えたところで何が先に待っている。

 俺の欲しいものは何一つそんなもんじゃ救えない。

 もっと攻撃的で、もっと衝動的で、もっと確実に誰かを救えるもの。

 俺が求めているのは誰かを守るために誰かを殺す魔法だ。


「――切り裂け! アクアカッターッ!」


 瞬間、俺の手から放たれたのは両手で掬ったくらいの量の水だった。

 掬った水を誰かにかけるように、前にいたダウル公爵に水がかかった。


 な……んで…………。


「! す、すみません! そんなつもりじゃなくて……!」


 公爵は驚くように目を大きくしたまま動かずにいた。

 全身にかけられた水滴がポタポタと下に落ちていく。


「ほ、本当にごめんなさい!」


 侵してはいけないことをしてしまった。

 それでもただ謝ることしか出来ない。


「……き、君。名は何といった?」


「え?」


「名前だ」


「倉道刀也……です」


「そうか。倉道刀也、か。君は今、俺に何をした?」


 公爵は確実に怒っている。

 当然だ。

 俺でも優しくしていたものに突然噛みつかれたら良い気はしない。


「え。えっと、魔法を使ってダウル様に水をかけてしまい――」


「違うだろ? 倉道刀也くん」


 違う?

 違うってなんだ。

 水をかけてしまったのは紛れもなく事実だ。

 いやこれはあれか。

 ――違う。

 これは何を言っても怒ってる側は全部言い訳に聞こえるってやつか。

 ――やめてくれ。

 バイトしてた頃そういう風に店長によくキレられてたな。

 あの時は何をしても何をしても――、


「君は――俺を殺そうとしたんだ」


 …………。


「ダウル様! 倉道さまは決してそのような方では!」


「クロノくんも見ていただろう? 先ほどの殺意のこもった彼の眼を。それに今も微かに残っている」


「……それは……」


 意識が遠のいていくようだった。

 知られてはいけない過去を暴かれたときのような。

 大切なものを悲しませ自分の元から消えていくかのように。


「発動したのは魔法とは言えないようなレベルのものだったが」


 違う。

 こうじゃない。

 この展開じゃない。


「ふふっ。フフフフ。ハッハッハッハ!」


 だが間違ってはいないこともあった。


「それしきの魔法しか使えないで私を殺せるとでも思ったのか?」


 確かに殺意はあった。

 でもそれはダウル公爵や誰かに向けてのものではない。

 俺がこの世界で生きるための――いや違う。

 白瀬さんを守れる力が欲しかった。

 ただ、それだけだったんだ。


「召喚したのはこちら側だ。君が何も出来ずに引きこもってタダで飯を食らおうとも許そう。ただ……」


 でももうきっと。


「君が次にその刃を私や周りの者たち、有望な勇者に向けようものなら――」


 何もかも遅いのだろう。


「この屋敷から倉道刀也、君を追放する」


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