第8話 銀髪美少女メイド クロノさんの嘘
「……そ、そんなにまじまじと見つめられたら、恥ずかしいです……」
超絶美少女に願いを叶えてあげると言われれば男に生まれしものなら誰しもが血眼になるだろう。
「す、すみません」
だが悟られてはいけない。
これを逃せばもう手に入りはしないからである。
「倉道さまがそのようにお望みになるのなら……い、いくらでも応じます。覚悟はできていますので」
「覚悟?」
……何の話だ?
まさか俺がクロノさんを召使いのこき使うなどと思われているのだろうか。
それはそれで悲しくなってくるが。
「――は、はい。私と倉道さまの関係が……男女のものになる覚悟はできています」
「………………」
はい?
男女のもの?
何でそういう話になった?
確かクロノさんが自分の贖罪的な意味で俺の要望を応えてくれるって話で......。
で、男女のものになってしまってもよい、と。
誰と――誰が?
………………は?
「いやいやいやいや! 何を言ってんですか⁉」
突然何を言ってるんだこの銀髪美少女メイドは。
いくら願いが通るとはいえ、さっきの涙ぐましいやり取りからそんなことをお願いする方がおかしい
——のだろうか……?
いやいやいや。違う。これは絶対に違う!
「すみません。そうですよね……身体だけではなく心も欲しいですよね」
「――だから何を言ってるの⁉」
「違うのですか……? まじまじと見つめられたのでついそういうことかと」
「違いますから! 全然そういう目で見てないです!」
確かにクロノさんは見とれてしまうくらいに可愛い。
少し青みがかったさらさらな銀色の短い髪に、クールでミステリアスっぽい見た目とは真逆のころころ変わる表情のギャップが相まって美人の中に可愛さを感じる。
スタイルもよく色白くて透き通るように綺麗な肌。
167ある俺より少し低い身長と細さなのに……胸はかなりある、と思う。
でもそれだけだ。
決してそういう目で見たりとかそういうのを求めてたりはしない、はずだ。
それに俺には白瀬さんという人がいる。
「……そう、ですか。私はそんなに魅力的じゃないんですね……」
「え? ぁ、いや。そういうわけでもなくて……あぁもう!」
「ふふふっ。倉道さまは面白いですね」
「もう……こんなときに冗談はやめてくださいよ……」
「すみませんつい」
先ほどの泣いていた顔はどこへやらくすくすと笑うクロノさん。
見事に手の上で踊らされている。
ただ思いが偽りであった事に少し物寂しさを感じてしまったのは心の内に秘めておこう。
「でもそんなに冗談は言ってないですよ」
「え?」
「——さっきの倉道さんは……かっこよかったから」
「……え……」
えっと……?
そういうのはこちらが聞こえないくらいの小声で俺がなんか今言いましたって聞き返すのが定石じゃないんですか?
そんなマジトーンで聞こえるように言われたら勘違いするじゃないですか。
「…………」
あれー、どうしてさっきみたいに笑ってくれないんだろう…….。
「……え、えと。ありがとうございます……」
「は、はい……」
なんだこれ。
これは冗談じゃない、のか?
気まずい気まずい気まずい!
まるで男女の思いを確かめるみたいな……。
――いや待て。
さっき冗談と言っていた時に嘘は感じられなかった。
たぶんこれは、あれか。
今もなお恥じらう姿を見せてはいるが実際は俺のことを騙して心で笑っている。
そう考えるのが自然だろう。
なら別に恥ずかしがる必要はないじゃないか。
残念でしたね、俺はそんな単細胞で生きているようなやつじゃないんですよ。
「――クロノさんもいつも可愛いですね」
「な」
「でも今日はいつにも増してそう思えます! どうしてなんでしょう? もしかしたらそれだけ仲が深まったとか。クロノさんもそう思ってくれてたら嬉しいな」
「ななななな」
「ご飯を食べている時ににこにこして見てくれてたのも、泣きながら笑ってくれたのも、僕に悪いと思ってずっと泣いて優しくしてくれるところも全部素敵でした。これからも色々なクロノさんの可愛い顔見せてくださいね!」
「――そうゆうのは好きな人に言ってくださいっ!」
クロノさんは肩をわなわなと震わせながら顔を真っ赤にしている。
…………。
あれー……本当に冗談じゃなかったの……?
そうじゃなかったとしたらどうなる。
…………まずい。
違う違う違う!
「お、俺は別にそういう意味で言ったんじゃ」
クロノさんはこちらをちらっと見ては背を向け恥ずかしがっている。
もう手遅れか……。
それに今更冗談でしたといっても彼女を傷つけるだけだろう。
あとはなるようになるだけだ。
大丈夫。俺には想いを誓った人がいる。大丈夫だ。
そうして互いに背を向け、お茶を飲みながら数分の気まずい沈黙を重ねた。
「……倉道さま」
「は、はい」
先に沈黙を破ったのはクロノさんだった。
「私に、他にできることはないですか?」
「えっと」
「そういういやらしいのではなく!」
いやらしいってあなたが先に勘違いしたんでしょ……。
まあ俺が見つめていたせいでもあるけど。
「そう、ですね……」
クロノさんにできて俺が求めていること。
だめだ。どうしてもさっきまでのことが頭に浮かんでしまう。
落ち着け俺の煩悩。
頭を悩ませること数分。
……ぁ。
あるじゃないか。俺が求めていたこと。
「実はこの前の火を生み出してから一向に魔法が出せなくてですね」
「……部屋で魔法を?」
クロノさんからの視線が冷たくなる。
「いや! 決して危ないのではなくて安心安全のものをイメージしてます。……だから魔法を生み出す際に何かコツとかあれば教えてほしいです」
「コツ……ですか。魔法はイメージでほぼ決まるのです」
「そう言ってましたね」
「はい。だから――イメージを増幅させる為の何かをすれば発動しやすくなるのではないかと思います」
「増幅させる何か……」
「はい。ですがそれは人それぞれ異なりまして、身体で動きをつけて詠唱するような人もいれば自分にしか分からない記号を書いた本を手に持ってイメージしやすくしているような人もいますね」
「ほんとに人それぞれなんですね」
「そうですね。だから私から倉道さまへその何かを伝えるのは……そういえば火を出したとき何か叫んでおられましたね」
「……そう言われれば叫んでたな」
確かにあの時俺は燃えろって叫んでいた。
それがきっかけなのか?
「声に出すというのは詠唱もそうですが魔法を生み出しやすいのです。思いが内から外に形となって現れるのでイメージを作りやすい」
「なるほど」
声に出す、叫ぶか。
ただやるにしても部屋で叫んでたら間違いなくやばいやつだ。
現実の家でもよく叫んでたら近所迷惑だと家族や近所の人に文句言われてたな。
何を叫んでいたかは神のみぞ知る。
「少し話は変わるのですが、実は倉道さまにお伝えしないといけないことがありまして」
「なんですか?」
「明日魔法実習を行うのですが、その際にアルマット公爵さまも見学なさりたいとのことでして」
アルマット公爵か。
この屋敷は彼らのものだ。
国王と仲が良く、召喚したのも国と彼らの意向だとクロノさんから聞いた。
今は国がごたついていて一時的にこちらに身を置かせてもらっているという話だ。
転移した時に温かく出迎えられて以降なぜだか顔を合わせる機会はなかったが。
「それで今お休みになられてる倉道さまにもぜひ来てほしいと」
転移者の実力はさすがに気になってしまうというところだろうか。
「そうですか」
「あまり気が進まないようでしたら私の方からお断りさせていただきますが……」
懸念すべきことはいくつもある。
あいつらと顔を合わせてしまうこと。
今のままで本当に魔法を生み出せるのかということ。
ただクロノさんから聞いたコツの話で早くも試したい気持ちが昂っていた。
それにこのまま閉じ込められていては白瀬さんの隣にいられることはないだろう。
クロノさんは俺の暗い人生に穴を開けてくれた。
皆の、そして俺の期待に応えるために選択肢は一つしかなかった。
「いや、ぜひ行かせてください」
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