第7話 0と1

 その日から俺は引きこもりのような日々を送っていた。

 先日の魔法実習で起こった火のけが人、被害等は特にない。

 ただ俺が行った行動に問題があるとして一人別行動となった。

 主に竹田からの要望ではあったが、こちらからもそのようにお願いした。

 その方がきっと、彼らも、俺も……居心地がいいのだから。

 当然だが彼らに向かって魔法を放ったわけではない。

 煽りにむかつきはしたがそれ以上に何も応えられない自分にむかついたのだ。


「魔力……俺にもあるんだよな」


 少しほっとした。

 俺にも魔法という概念が備わっている。

 あの時魔法が発動していなかったらどうなっていたのだろうか。

 結果的に糾弾されることにはなってしまったけど。

 それでも可能性がないのとほぼないのとでは雲泥の差だ。

 まだ、彼女の隣にいられるかもしれない。

 それだけが俺の今を生きる、頑張る糧となっていた。

 ただ――。


「一回も発動しない……」


 あれから一度すら魔法を発動できないでいる。

 当然部屋の中で行うため安全かつ被害の無いものを想像している。

 暇さえあればあらゆる視点で空想し、時には大きく身体の動きをつけたり、同時に詠唱したりもした。

 それは現実で妄想をするのと何の差異もなかった。

 竹田に言われたように俺は客観的に見れば何も考えていないほど知能が未熟であるという説もある。

 自分でいうのはあれだが勉強の成績は中の上。

 得意な科目ならテストで全校生徒中一桁順位に入る時もある。

 趣味で書いたweb小説もそれなりにうけていて、好意的な感想を貰ったりしている。

 想像力がないなんてことはない、と思っているが……。

 そう頭を悩ませていると誰かがドアをノックした。


「――倉道さま。お食事をお持ちいたしました」


 豪華な食事の乗った台を持つクロノさんがいた。


「すみませんいつも……食事くらい自分で取りにいけますよ」


「これも私の仕事ですから。倉道さまは気にしないでください」


「――ですが」


「そうですね。そこまで気になさるのなら……」


 彼女は顎に手をし、「少し私とお話してくれませんか?」と小さく微笑んだ。


 食事を丸いテーブルに置くと、向かい合う形で座る。

 ――なんか前もこういうことあったな……。


「あ、あの。話って」


「お食事をしていただいた後で大丈夫なので」


 クロノさんは頬に両手を添えてにこにこしている。

 ――そんなふうに見られてると食べづらいんですが……。


「やっぱり――」


「ほら。早くしないと冷めちゃいますよ~」


 クロノさんに急かされるまま勢いよく食事に手をつけた。

 その間彼女はずっとにこにこしていた。

 食事は異世界の数少ない楽しみの一つだ。

 料理は不思議な事に日本料理がほとんど。

 恐らく過去に日本からの転移者が多かったということからだろう。

 こうして世界が変わっても母国の味を口にできるというのはこの上なく幸せだ。


「それで、話というのは」


「はい。お食事のすぐ後にこういうお話をするのはよくないのですが」


 そう言うと真面目な顔ですぐ隣で正座をした。


「な、何ですかね……?」


「先日の火属性魔法の件で、倉道さまをこのような目に遭わせてしまい大変申し訳ございません」


「いや! だからあれは俺の問題であって決してクロノさんのせいじゃ――」


「いえ、私が皆さまを魔法発動時に近づけさせたのが問題です。また、もしあれが火でなく水であればこのような事態を招いていなかったかと思います。私の提案で転移者の皆さま、特に倉道さまの人生に大きな傷を与えてしまったのです……本当に……すみません!」


 クロノさんは床に手を重ね深々と頭を下げる。

 確かに彼女の言うようにしていれば、今俺がこの部屋にいる未来は防げていたかもしれない。


「頭を上げてください。俺は全くクロノさんのせいとか思ってないですから」


「温かいお言葉感謝いたします。ですが私は皆さんの安全をお守りする立場です。それは魔法以外のことも含めてです。一日目の魔法に全く慣れていない御方に無理をさせる必要はどこにもなかった。転移者だからと心のどこかで勝手に期待していたんです。魔法を扱う身として自分が情けなくて仕方がないです……!」


 クロノさんは言葉を嚙み締めるように自分を責め続ける。

 普段優しくにこやかで正直な所掴めない部分が多かったが、こうした姿を見ると本当に俺たちのことを考えているんだなということがわかる。


「何より倉道さまが転移して間もなく、心細い状況であるというのに……。皆さまから距離を置かれてしまって……私が皆さまに魔法を教えている間もずっと一人で。もう――このまま元通りにならなかったらと思うと私…………どうすれば! 本当に、なんて取り返しのつかないことをっ……。ごめん……なさぃ……。ごめんなさい゛!」


 彼女はありのままに想いを吐露する。

 隠すようにしているが、重ねた手の甲にぽたぽたと雫が零れ落ちる。


「私は――私自身のことが本当に許せないッ……!」


 拳を固く握りしめ、俯き小刻みに揺れている身体。

 これほどまで正義感が強い人を見た事がなかった。

 傍から見れば俺が孤立し、まともに生活を送れなくなったのは大問題だろう。

 何せ今後の国を支える重要な転移者だ。

 俺に問題があるといっても彼女はきっと自分を許せない。


「正直嬉しかったんです」


「…………え?」


「あの時俺に基本魔法がいいんじゃないかって提案してくれて。数十分何もできていないのにずっと見守っていてくれて。だから火が出せたんです」


「それは私がいなくても――」


「あの状況でしか火は出せなかったと思います。あいつらの煽りで俺が本気になれたっていうのもあるかもしれないけど、でもずっと信じて見てくれていたから」


「……」


「クロノさん僕の人生に傷をつけてしまったって言ってましたよね?」


「……はい」


「傷なんて小さいものじゃないですよ」


「……え?」


「魔法という俺のいた世界なら誰もが夢見たものをもたらしてくれた。今まで塞がっていた糞底辺な人生にやっと光が見え始めた」


 どうしようもなく一人では活路が見出せなかった。

 それは白瀬さんの隣に立つための、俺が異世界を生き抜くために必要不可欠な最大の一歩なのだから。

 俺は彼女に感謝してもしきれない。


「あなたは俺のつまらない人生を壊してくれた人なんですから、もっと笑ってください」


「…………そんなふうに」


「?」


「そんなふうに言われたら笑うしかないじゃないですか……っ」


 彼女はこちらを向いて泣きながら笑う。

 ずっと隠していた彼女の表を知れたようで嬉しかった。


 落ち着きを取り戻すのを見てから俺はクロノさんが持ってきたお茶のポットをコップに注ぎ渡した。

 慣れない手つきだが彼女は無言で受け取り口にする。

 それは仕事上の関係ではなく、まるで友人同士のやり取りのように感じられた。



「……でも倉道さまと皆様の仲を悪くさせてしまったのは私の――」


「あ、それについては元から仲良くなかったので大丈夫です」


「?」


「すみませんこれについては僕のせいでクロノさんに誤解をさせてしまったのがあって」


「は、はぁ」


「あの件以前に僕ら仲が悪かったんですよ。それに仮に魔法で彼らを危ない目にさせてしまったとしても一回きりでこんな雰囲気悪くならないですよたぶん……」


「……まあ確かに、言われてみればそうかもしれないですが」


 うん、なんか普通に肯定されてしまうと悲しくなってくるね。

 でもそれだけ俺とあいつら――特に竹田と間中さんの仲の不穏さは客観的に見てもおかしいのだろう。


「それでもです。より関係をこじらせてしまったり、倉道さまが普通の日常を送らせることができない状況に私自身が許せないのです」


「本当に、クロノさんは真面目なんですね」


「だからもし倉道さまが何かをお望みなら、私の出来得る範囲で何なりとお申し付けください」


「……な、何でもですか?」


「はい。私のできること、にはなりますが」


 どうやら間違いないようだ。

 まさか人生でこの文言を言われる日が来るとは思ってもみなかった。

 しかも銀髪美少女に。


 俺がクロノさんにしてほしいこと……。

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