第6話 魔法実習
「――そんなこと誰が信じるかッ!!」
俺は白瀬さんに連れられて転移者たちが食事をしている部屋までやってきた。
昼間の出来事の謝罪、怪我をさせてしまったのは俺じゃないこと、井上さんと高橋くんには本当に申し訳なく思っていることを説明した。
予想通りではあったが、真っ先に竹田が反論した。
「まあまあ。とう―—倉道くんもこんなに謝ってるんだし」
どうやら皆の前では白瀬さんは苗字で呼ぶらしい。
変に思われるのも嫌なのでそちらの方が助かる。
「白瀬さんはその人を信じているんですか?」
昼間に俺の頬を叩いた間中さんは食事の手を止め質問する。
隣の白瀬さんのことを疑うような視線を向けている。
「い、いや」
「倉道さんはさきほどご自身でお認めになられてましたよね?」
「あ、あぁ……井上さんのことを傷つけたのは本当にすまないと思ってる」
「そうだ! 元はと言えばお前が元凶じゃねえか。 何を今更言い逃れようとしてんだ!」
「――言い逃れなんて!」
加熱しそうな言い争いを止めるようにパンパンと両手を叩く音がした。
「みんな落ち着こう。それにここは食事の場だよ」
その場を取りまとめるように新堂が諌める。
「この話は、倉道くんと竹田くんにしかわからないものだよね?」
「あ、あぁ」
「竹田くんもその高橋くんが階段から落ちた所は見ていないと」
「そうだけどよ……。でも! こいつが悪くないなんてことはねえだろ」
どうやら竹田は相当俺のことを憎んでいるらしい。
それもそうか。
確か高橋くんと竹田は普段から喋っていた仲だった。
「その点は確かに倉道くんも認めているので非があるだろうね」
「だろ⁉」
「ただ―—誠心誠意謝罪しているように見えた。白瀬さんが信じているのも彼が猛省しているように見えたからじゃないかな」
「形だけだろどうせ……!」
「それはわからない。でもここで彼をこれ以上痛めつけてどうなる? 問題の当人たちはこの世界にはいないんだ 」
「……それは……」
少し驚いた。
クラスでは頭も良く人当たりも良い新堂だったが、他人のことにはあまり関心がないと思っていたからだ。
真堂含めずっと他人のイメージを悪い方に決めつけ過ぎていたのかもしれないな……。
「だから一つ倉道くんに提案があるんだよ」
「提案?」
「倉道くんもこのままの関係は嫌だと思う。だから謝罪したんだろう。それでも現実世界に帰るまでに最低でも半年はかかるらしくてね。それまでは恐らく皆で過ごすことになる。だから、この異世界で率先して人の為になることをしてはどうかなと」
「人の為……」
「ようは悪いことをしたならその分良いことをするってことだよ」
なるほど。
でもそれだけで彼らが見方を変えてくれるのだろうか。
まあ嫌われたままでもいいのだがこれから共に行動するならある程度コミュニケーションを取れるに越したことはない。
「まあこれは倉道くん自身がどうしたいかだね。提案だなんて上からの言い方になってすまない」
「いやいや。 そこまで考えてくれて嬉しいよ。……分かった。俺に何ができるかはまだわからないけど―—がんばふっ!」
―—痛っ!
思いっきり舌を噛んでしまった。
反射的に口元を手で抑える、が今そんなことを考えている場合ではない。痛いけど。
「…………」
―—最悪だ。
さっきまで騒々しい空間が嘘みたいに静かになった。
陰を極めし者ならここでこれをしちゃまずいというのは何となくわかる。
その禁忌を犯してしまったのが今である。
まあそれを意識するあまりやってしまうのが陰なのだが。
クラスでならたとえ俺に友達がいなくても誰かがフォローをしてくれる。
しかしここにはそんな存在はいない。
むしろ嫌われているくらいだ。
白瀬さんは……後ろを向いて俯いていた。きっと笑っているに違いない。
「はっはっは! 噛んだね」
その日は何かと新堂に助けられた形になった。
***
翌日から本格的に異世界らしい生活が始まった。
といっても屋敷での暮らしが変わることはない。
転移者はその圧倒的な力故に様々なことに役立てられているらしい。
国の繁栄や文化の発展、経済成長に未解決事件や高難度クエストの攻略など多岐に渡る。
そんな貴重な存在をすぐ死なせるわけにはいかないとか。
従わずともいいらしいがその分報酬もあるし、安全を考えるとここにいたほうがいい。
信じすぎるのもよくないとは思うが、どの道まともに力を使えない状態では何もできないだろう。
転移者は分かりやすくいうと最強になる才能はあるがレベルは1。
いくら天才でも、使い方や敵、異世界などの情報を知らなければ危険というわけだ。
ということで早速魔法の実習で屋敷の外にいるのですが。
「皆さんさすがです! これならすぐに立派な魔法士になれますよ!」
あれ、おかしいな。
魔法実習に入る1、2時間ほど前、魔法とは何かや魔法を取り扱うための注意点といった簡単な講義を受けた。
魔法の実習が始まって五分。
周りの転移者は皆、各々がイメージする魔法を成功させていた。
「この木刀、すげぇ切れ味だな!」
竹田は地面にある土を手に取って土の刀をイメージしたようだ。
早速周囲にある草木を斬りつけていた。
「竹田様! あまり危険な真似は―—」
「大丈夫だって。テストだテスト」
イメージ通りというべきか初っ端の魔法から危険な香りがする。
あまり竹田に近づかない方がいいだろう。
その傍らで途轍もないことをやってのける人がいた。
白瀬さんだ。
近くにあったバケツの水を使い、水の塊を宙に浮かせている。
塊がふわふわと動いているのを見るだけでも楽しいが、それは一瞬にして三羽の小鳥に変容した。
自由自在に動き回る小鳥たち。
無色透明だが、見る角度や高さによって背景と混ざり合い色を変えていく。
飛び回るだけで色々な美しさを見せる小鳥は誰が見ても綺麗に映るだろう。
「白瀬さんすごいね! さすがは転移者の中で最も優れた才と言われるだけある」
「いやいや全然! そんなことないよー」
真堂に言われて白瀬さんが照れ笑いしている。
左胸辺りがチクチク痛み始めた。
何を勘違いしてるのか。ただの普通の会話だ。
それに白瀬さんは俺のことを好きって言ってくれただろう。
しかし―—。
「――倉道さま、は、まだお悩み中ですか?」
隣に来ていたクロノさんから声をかけられる。
「いや悩み中というかなんというか……」
「おうそうだ。お前なんかやれよ」
木刀を振り回すことに満足したのか竹田がこちらに向かってきた。
「……何をイメージしたらいいかわからなくて」
「そうだな……じゃあ―—俺が斬った植物元に戻してみろよ」
その為に斬ったのか、というわけではなさそうだけど。
「……元に戻す、ですか。元のように見せる魔法はありますが、今の皆さんのレベルでは難しいのではないかと」
「クロノさん、こいつは俺らと意識が違うんだ。やらかしてしまったことを償うためにこの異世界で頑張るってな。その頑張りを見捨てないでやってほしい」
「……し、しかし」
「わかったよ。やってみる」
竹田はニヤニヤした口元を隠さずにこちらを見る。
明らかに挑発であることはわかっている。
だが竹田の言う通りこれくらいの意識、力がなければ何をするにしても駄目だ。
それにこの上がっている口元を下げるくらいのことはしたい。
魔法はイメージだとクロノさんは言っていた。
理論ではなく感覚。
草木が生い茂るイメージをめぐらす。
「どうした? まだか?」
「ま、まだ」
さすがにそれだけではうまくいかないか。
魔法は恐らく術者と対象物があってこそのもののはず。
ただ生い茂るイメージだけではだめだ。
俺の身体の内から魔力を生み出して、それが痛んだ草木に伝わるように―—。
「…………」
何も変化がない。
「おいおい、何も起こらないぞ?」
「倉道さま。出来なくても大丈夫ですからもうこの辺で―—」
「いやまだやれます」
それから俺は色々なイメージを張り巡らせた。
傷つけられた草を拾いそれを生えているものと繋ぎ合わせるイメージ。
草木の成長を促すように根元から魔力を流し込むイメージ。
植物の時を戻したり進ませたりするイメージ。
しかしどれも変化はなかった。
草木に手を向けたり両手を合わせて身体のポーズを変えてみたりしても、植物全体ではなく単体を対象として生やすイメージでも変わらなかった。
「もういいわ。お前魔法の才能ないんじゃね?」
竹田は呆れたように皆のいる方へ帰っていった。
「大丈夫です! 初めからできるような魔法ではないですから」
「……すいません。意地になってしまって」
クロノさんに励まされながら元へ戻ろうとすると真堂がこちらにやってきた。
俺の肩をポンっと叩くと、痛んだ草木の前に立つ。
そのまま彼は手を開いた状態で片腕を前に突き出した。
するとみるみるうちに草木は伸び始め、気づけばその辺りだけ他よりも三倍近い高さで成長していた。
「おぉー! すげえな真堂」
「難しいと聞いたけど個人的にはそうでもなかったかな」
「ふっ。そこの奴とは大違いだな」
「まぁ魔法には向き不向きがあるみたいだし仕方ないよ」
真堂はこちらに向き直り、「草を生やすようなイメージでやるといいよ」と言ってきた。
そのようなイメージは既に何度もしている。
真堂の言う通りこの系統の魔法は向いていないだけかもしれない……が、まだ習い始めたばかりだ。
そう何かを決めつけるのには早すぎる。
「――倉道さん」
後ろを振り向くと間中さんがいた。
「まだ魔法を使っていないようですが―—具合でも悪いのですか?」
「……いやそういうわけじゃ」
「倉道さまは何をイメージしていいのかわからないようです」
「何も考えてないだけなんじゃねえの?」
考えていないわけがない。
何か一つでも魔法を扱えれば納得はさせられる。
異世界に存在する者は誰しも魔力が一定値備わっているとクロノさんから聞いた。
俺にだって魔力はあるはずなんだ。
「まあまあ。――そうだ、誰でも使える基本魔法を使ってみるのはどうでしょうか?」
「基本魔法……」
「はい。水か火を空間中に作り出す魔法です。それなら一番イメージしやすいと思うので」
「確かにそれなら」
「つまらんな」
竹田は退屈そうに背を向けまた木刀を振り回し始めた。
危ないからやめてくれ。
俺は火をイメージすると宣言し、周囲が燃えないように場所を移した。
早速手のひらを上にして、そこから少し上の位置に火を生み出すようイメージする。
「………………」
「――何しているんですか? 火、ですよ」
「あぁごめん。もう少しで……」
間中さんがため息をついた。
「………………」
「倉道さま、もしかして火をご存じない……とか」
「そ、そんなわけないですよ!」
クロノさんは冗談ではなく本気で心配しているようだった。
だがその後も、真堂や白瀬さんのアドバイスを受けても一向に火は出なかった。
火を生み出すイメージをしてから体感で10分は経過している。
「いい加減にしてください。私たちを馬鹿にしているんですか?」
「そんなつもりじゃ―—」
「――クロノさん、もしかして倉道さんには魔力がないんじゃないんですか?」
「そ、そんなことは……魔力がない人間は見たことがないですから」
「だからさっきも言ったろ。こいつは何も考えてないんだよ」
……。
「……信じたくはありませんがそうとしか思えないです。聞けば言葉もまだおぼつかない子どもでも魔法は使えるようですし」
「はははっ! 子ども以下ってなんだよそれ。お前そんなんだから落ちこぼれなんだよ」
…………ろ。
「みんな言い過ぎだよ! 倉道くんだってきっと頑張ってる。昨日あんなに謝って頑張るって―—」
「確かにそうだ。でも僕たちは魔法の力に期待されて呼び出されたんだ。別に従う必要はないけどこの世界で生き抜く彼自身のためにも魔法は使えた方がいいと思うよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「あーもうつまらん。こいつに付き合う理由がねえよ。先に帰るわ」
「何でずっと目を閉じて黙っているんですか? そんなに私たちと話すのが嫌なんですか?」
……もえろ……。
「かざりちゃんもういいっしょ。もう聞く耳持ってないんだから」
「……昨日の謝罪は何だったんですか」
「取り繕うのがうまいだけなんだよきっと。魔法が使えないならせいぜい屋敷の隅で引きこもりのように隠れとくんだな」
…………燃えろ燃えろ燃えろ。
「昨日あなたを叩いてしまったことは謝ります。私が勘違いしていたので。でも……頑張るんじゃなかったんですか……?」
「やっぱりお前が高橋のことを突き落としたんじゃねえの? 人とまともに会話できねえし」
「――そんなことあるわけないじゃん!」
「白瀬さんは善人過ぎんだよ。もう少し付き合う相手を選んだ方がいい」
―—燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ!
「……昨日私はあなたのこと―—」
「燃えろぉぉおおおおおおおおおおお!」
叫び声とともに手のひらの上でボッと小さく燃え盛る火がついた。
「……ぁ。で、できた……! できた―—」
しかしその瞬間手のひらの上の火が四散した。
思いがけない火の粉だったが周囲にいた人に当たることはなかった。
先ほどまで騒がしかったノイズが一斉に止む。
「……お前。何、してんの……?」
その時初めて竹田の慄く顔を見た。
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