第5話 いつまでも変わらずに
「また刀也くんと逢うために私、頑張ったよ」
あの日からユウキの中で何かが大きく変わったんだろう。
でなければクラスでひ弱だった子が周りをまとめあげるようなキラキラした人間にはなれない。
ただ一つ、そこには大きな誤解があった。
「本当にすごいと思う」
「えへへっ。素直に褒められると照れるよ……」
「うん。…………俺とは大違いだ」
「刀也くんはいつだって刀也くんだよ」
「確かにそうかもね。日陰に生きて日陰でしか生きられない。しょうもないやつだよ」
「刀也くんは私の―—」
「刀也くん刀也くんって。……俺はそんなできたやつじゃねえよ……」
「…………」
「白瀬さんが変わったみたいに俺も変わったんだ。昔の俺はユウキにとってかけがえのないものだったのかもしれない。でもそれは今の俺じゃない」
白瀬さんが俺のことをずっとそんな風に見ていたのは正直嬉しかった。
だがその期待の眼はいつしか失望に変わる。
暗闇の中学生活から脱却するために、高校へ、そして異世界にやって来れたのだ。
俺はもう今のままで十分なのだから。
「それに小学生の時も別に白瀬さんのために色々したわけじゃない。絵がうまくなりたかったから。周囲の目が痛いから逃れるために白瀬さんを利用しただけだ」
…………。
「ずっと仲良くしていたのもそう。孤立している白瀬さんといれば俺がクラスメイトの標的にされないで済むから。俺はずっと―—周りを気にしている臆病なやつなんだよ」
……そう。
「あの時だってそうだ。俺の絵がバラバラにちぎられたから怒っただけ。許さない、復讐してやるってことしか頭になかった。俺はずっと周囲を見下して、周囲に怯えて、白瀬さんをずっと利用してただけのただのクソ人間なんだよ」
…………本当に。
「俺はずっとずっとずっっと!! 自分が大好きで自分しか見えてない自分第一のどうしようもない屑――」
言い切ろうとした瞬間、白瀬さんの身体が俺の視界を遮った。
ほぼ同時に背中に優しく手が添えられる。
白瀬さんに抱きしめられていた。
「もうやめて。……心が痛がってる」
「だからなんで白瀬さんにわか―—」
「そんな苦しそうな顔で言われても説得力ないよ」
「……」
「私を―—いつも守ってくれるんだね」
「守ってなんか。……俺は君が期待してるような人間じゃない……」
「知ってる」
…………は?
知ってる?
知ってるって何だよ。
それじゃあ何のためにここまで話してきたんだ。
「刀也くんがそう思うってこともわかるし、私も自分の中で君のことを大きくし過ぎてるんだと思う」
「そう、そうだよ。だから、俺とは関わらない方が―—」
「それでも」
俺の身体に預けていた腕と身体が引き離されていく。
「――私は呆れるくらいに刀也くんのことが好きなんだ」
彼女はこちらの目を見て優しく微笑んだ。
「周りの目を気にしてるのも、最初私じゃなくて絵に関心があったことも、嘘をついて自信ありげに自慢することも笑顔もおかしくて話も上手じゃなくて―—変なとこも駄目なところもたくさん知ってる」
「……じゃあ」
「それ以上に、私を元気づけるために嘘をついたり、寄ってくる男の子たちを遠ざけるためにあえて気持ち悪い話をしたり、私が泣いているのを見て怒ってくれて、心配してくれて―—いいところもたくさん知ってるんだ」
「……」
「私、本当に嬉しかったんだよ。あのボロボロにちぎられた似顔絵を一つ一つ集めて貼ってあるノートを見て。あぁ、この人は本当に優しい人なんだって。……刀也くんは全然自分第一なんかじゃない、他人のために頑張れるすごく立派な人だよ」
白瀬さんを遠ざけるためだった。
輝かしい人生を歩めるような人が自分のような底辺に手を差し伸べてはいけないと。
今でもその考えは変わらない。
でも、そう……か。
ずっと自分を騙して。
俺は―—自分のことしか見えていないんじゃなかったのか。
だけど。
「でも中学の事件は俺のせいで……。俺が優しかったらあんなことには……」
いくら肯定してくれていても俺は俺のことが許せない。
もう犯してしまった罪は消せないのだから。
「確かに刀也くんにもよくなかったところはあるかもしれない。井上さんを傷つけてしまったこととか、勝手に決めつけて暴走するとことか、高校で再会しても全く私に気づかないとことかっ!」
「……うん、ごめん」
「でも、それでも―—可哀想だよ。最初から悪いように言われたら誰だってむかつくし言いたくないことだって言っちゃうよね」
「……」
「刀也くんは井上さんのお母さんのことなんて知らなかったのに。そんなの……無理だよね」
「……」
「それでもしっかり向き合って謝った。すごいこわいのによくがんばったね。誰でもできる事じゃない」
「……うん」
「でもやってないのに犯人扱いされて誰にも信じてもらえないって。……そんなのあんまりだよ……つらすぎるよ……」
白瀬さんは涙混じりにそう言った。
どれだけ思って話を聞いてくれていたのか。
―—そう。俺はずっと、誰かに、信じてもらいたかっただけなんだ。
彼女の想いに呼応するように一筋の涙が目から零れ落ちた。
「……だけど皆を……井上さんを、高橋くんを傷つけた。それはもうどうしようもない事実で」
「うん。でも、君は悪い人じゃない」
「どうして」
「悪いと思って謝ってずっと生きてきた。それは見てたら分かる。だからもういいんだよ」
「……よくないよ」
「ううん、私はいいの。刀也くんがよくなくてもそれでいい。刀也くんが悪いと思うなら私が全部肯定する。いっぱい褒めてあげる。じゃないと釣り合わないよ」
「どうしてそんなに」
「私が刀也くんのことを―—愛してるから」
―—どうして。
どうしてここまで思ってくれるのかわからない。
運動も勉強もできて、見た目も超絶美少女できっと言い寄ってくる異性も多いだろう。
どうして、なぜ、それだけが頭に残る。
だけど、違う。
自分にはどうせ、その考えはもうやめたほうがいい。
それはここまでしてくれた、涙まで流して本気で思ってくれた彼女を裏切る行為だから。
それは心を蝕み、何も生み出さないのだから。
ずっとそうしてほしかった、そう言ってほしかった、そばに居てほしかった存在。
もはや
―—
「……ほんとに……?」
「うん。再会したときに言おうと思ってたんだ。……それで、その……」
白瀬さんは途端に顔が赤くなってもじもじし始めていた。
「…………ごめん」
「………………」
「そ、そうだよねっ。 き、急にこんなこと言われても困る、よね……。ごめん今のは――」
「――まだ、なんだ」
「え?」
「まだ白瀬さんの隣にはいられない」
「私はそんなこと気にしない」
「ううん、俺が気にするんだ」
「……そっか」
「だから、もし隣にいられるくらい強くなったら、その時まで隣に誰もいなかったら―—俺から告白していいかな」
「! うんっ。待ってる……!」
白瀬さんは涙を流しながら笑顔を向けた。
「でも危ない時は私がそばにいて支えてあげるから」
「それじゃあ何の意味も―—」
「ここは異世界だよ! 強くなるっていうのはそういうことも含めてだよね?」
「ま、まぁ」
「それにここでは私すごい強いらしいからね!」
そう。
勇者召喚されて唯一周りを全員驚かせたのが白瀬さんだった。
その才は歴代勇者のものを凌ぐようなもので、俺とはまさに正反対だった。
あらゆる意味で大きな光を手に入れたのかもしれない。
「そしてもし元の世界へ帰れたときは、そのときは二人で井上さんたちと仲直りしにいこ?」
白瀬さんには感謝してもしきれない。
自分の良さも悪さも全部受け入れ、俺の―—倉道刀也の生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれた。
その上でこんなに素敵な女の子に好きになってもらえるなんて―—。
数年間暗くなっていた視界が一瞬で白く輝き始めていた。
「……うん。本当にありがとう……。そ、それから……これからよろしく」
恥じらないながら手を差し出す。
「うんっ! よろしく」
差し出した手を取ってくれた彼女はあまりにも眩しかった。
この日起きたことは何があっても忘れることはない。
これから俺の人生に何が待ち受けているかはわからない。
ただどんなことがあっても、強くなる。
白瀬さんを守れるくらいに。
そしていつか―—。
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