第2話 消えない過ち

「……眠れん」


 明かりもつけずベッドの上でぼーっとしていた。

 先ほどのこともそうだが、慣れない環境に突然来て、魔法やら転移やらで頭はパンクしていた。

 明らかに疲れが溜まっている。

 しかし、一番重要なものがない事に気が付いた。


「ネットがないってまじかよ……」


 現実世界では起きている時間の八割以上はネットに使っていた。

 楽しい事も、趣味も、勉強も、辛いことがあった時の処方箋も全部ネット経由なのだ。

 その上、気を紛らわせるものがこの部屋に何一つない。

 この部屋から出ようにも仲違いした彼らと出くわしたくはない。

 まさに四面楚歌。


「どうしろっていうんだよ……」


 そうして頭を悩ませていること数分、埒が明かないと思った俺は外へ出る為にドアを開けた。

 するとそこには白瀬さんが立っていた。


「び、びっくりした」


「ごめんね……?」


「どうしたの?」


「皆晩ご飯食べてて、倉道くんもどうかなって」


 もうそんな時間か。

 だけどこの状況で同じ場所で飯を共にできるはずがない。


「……ごめん。食欲がなくて」


「そ、そっか! 大丈夫だよ。クロノさんにそう伝えとくね」


「ありがとう。……じゃあ」


「……うん」


 ドアを閉めようとするが、「待って」と言う声とともにドアが再度開く。


「—―少し、二人で話さない?」


 俺たちは電球色のついた個室で丸いテーブルを挟み向かい合っていた。


「…………」


 気まずい。

 白瀬さんから話したいとのことだったが、当の本人は何かを躊躇うように俯いていた。


「あ、あの!」


「ひゃい!」


 突然の呼びかけに変な声が出た。


「さっきのことなんだけど」


「……うん」


「ほんとのことじゃないんだよね? 倉道くんはそんなこと……」


「ほんとのことだよ」


「嘘。そんな悪いことをするような人じゃないよ」


「なんで俺のことを知ったふうな—―」


「半年間同じクラスだったからわかるよ」


 ほとんど話したことがない、ましてや仲良くしている人もいないのだ。

 俺がいいやつかどうかなんてわかるはずがない。


「いつも自分より他の人を優先して、隣の人が教科書忘れた時もその人に渡して代わりに怒られてたし、自分の席がグループの人に使われてて座れなくなってる時も気づかれないように配慮してトイレで時間使ってたし」


 隣の人に教科書渡したのはその日やるであろう数学の問題を全部ノートに写してたからであって、怒られたのは何故かその日は最後らへんのページにあるまとめ問題的なところをやると思っていなかったからだ。

 自分の席が使われててどっか行ったのはグループに気を遣われるのが嫌だしいつでも自分の席に座りたい強情な奴だと思われるのも嫌だったからで……。

 ――というかトイレで時間使ってるの何で知ってるんだ!?

 え、こわい。


「それは……中学の時の俺とは別で」


「じゃあ話して」


「え?」


「話さないとわからないよ。竹田くんが言ってることが嘘かもしれないし」


「いや、俺が悪いんだよ……」


 白瀬さんは突然机をバンと叩いてぐいっと身体を前につきだした。


「そうやって勝手に判断するのよくない!」


「ご、ごめん」


 何故彼女がここまで俺に付き合ってくれるのかはわからない。

 でも俺の話に、言葉に耳を傾けてくれている。

 それだけで事情を話すのには事足りていた。

 たとえそれでどう思われようとも—―。


「わかったよ」


「それでよし」


 なんか言いくるめられたようで歯がゆい。

 それから俺は中学で起こしてしまったことについて話し始めた。



 ***



 当時、中学三年だった俺は今と変わらず学校生活をほぼ孤独で過ごし、陰キャライフを満喫していた。

 それでもたまに声をかけてくれる陰キャ寄りのグループがいたこと、人生において大きな失敗をした事がなかった俺は希望という光に満ち溢れていた。

 その結果、クラスで気になっていた清楚系美少女に告白したのだ。

 きっかけはオンラインゲームで知り合った男友達との罰ゲーム。

 一人では絶対にやる気にはなれなかった。

 だが経験はしておきたかったイベントだったのでちょうどいい機会だと思った。

 どうせ告白をしたところでクラスでの位置も上下することはない。

 ヒビが入るのは自尊心と今後の彼女との交流くらいだろう。


「ごめんなさい。私、その―—既にお付き合いをしている方がいるので」


 予想通りの日常。

 だけどどんな理由を並び立てても人から拒否されるのはどうにも悔しく堪えがたいものだった。

 それから翌日、始業前ギリギリで登校してきた俺は教室の雰囲気が少し違うことに気が付く。

 普段向いたことがない視線が四方八方から飛んでくる。


「なあ」


 突然隣から声がかけられた。一度も話したことがない男子だ。


「お前井上さんに告白したってマジ?」


「あぁうんそうだけど」


「知らないの? あの子高橋と付き合ってるって」


 なんだ? 誰かと付き合っていたら告白しちゃいけないとでも?

 いや俺が疎いだけで学生間の男女交際は特別なルールがあるのかも。


「知らなかったけど。でもそれが何か?」


「……いや別にいいわ。お前友達いないから知らないよな」


 明らかに不貞腐れたような態度だった。

 それを見て全身が熱くなるのを感じた。

 友達いないことでなんでそんなふうに言われなくちゃならないのか。

 俺が底辺だから社会的地位の高い人間と関わるなって?

 いくらなんでもそれはあんまりだろ。

 周りの反応を見る限り目の前の男子と同じ感覚なんだろう。


「告白なんて……」


「?」


 舐められたままでは許せなかった。


「――告白なんて本気なわけないだろ。罰ゲームだよ罰ゲーム。俺みたいなやつが告白してOK貰えるわけないことなんて分かってたよ。井上さんのことも別に好きとかじゃないから。興味ないし。それに俺は二次元を愛してんの。だから二人の邪魔するようなことはしないって」


 いつもは言われるがままのロボットだけど俺にだって意思はある。

 でもこれで十分だろう。

 俺は気持ち悪がられるだろうが一人の時と大差ない。

 井上さんと高橋のイチャイチャに邪魔者はいなくなった。万々歳だ。

 ――と思っていた。


 とある男がこちらに勢いよく近づき、ただ一言。


「倉道、屋上へ来い」


 有無を言わせない圧を感じ俺は高橋くんに連れて行かれた。

 俺の襟を捕み涙ながらに訴えた。

 俺のせいで井上さんは亡くなる直前の母親に会えなかったと。

 その日は昼から早退して見舞いに行く予定だったらしい。

 大事な話があると言ってから何度か俺に確認してきたのはその事だったのかと今になって思う。

 その話はクラスメイトなら誰しもが共有しているものだったようだ。

 しかし井上さんはクラスで浮いている俺の助けになりたいだとかで俺の用事を優先してくれた。

 そんな大事な用事を罰ゲームだと、好きでもないし興味もないと。

 そんなことで、そんな人の気持ちを踏みにじるような気持ちで告白していたのかと、高橋くんは泣き叫んでいた。


 それから俺は教室では腫れ物扱いされるようになった。

 俺はそのままでいいと思った。

 逆の立場ならきっと俺も俺のことを嫌っているから。

 それでも一つ大事なことをしなければならない。

 井上さんと高橋くんへの謝罪だ。

 どうしても謝らせてほしいと頼み、彼らを廊下へと呼び出した。

 そこには怪しいことをしないか他のクラスの連中もいた。

 俺は人生ですることは無いだろうと思っていた土下座をして、あの日の発言で不快にさせてしまった事、本当は井上さんが好きじゃないとプライドが邪魔をして嘘をついたことなど、本音でありとあらゆる罪を謝った。

 それでも許せないと思う人はいたが井上さんは優しい対応で許してくれた。

 高橋くんも彼女がそう言うなら、ということで受け入れてくれて、一連の問題は解決した――はずだった。


 皆が振り返り教室へ戻ろうとした時に突然隣から何者かに押されたのだ。


 全体重を後ろに預ける形になり―—

 俺の支えになった高橋くんは5mほどある高さの階段から突き落とされた。

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