それでも勇者は失わない
沖葉
第1話 希望と暗闇
「……今、なんて……」
「……大変申し上げにくいのですが、
あからさまに気を遣われている。
「でも大丈夫ですよ! 鍛錬を積めばきっとよくなる——はずです」
少し間があったのは何なのだろう。
俺――倉道刀也(17)は異世界転移して早々、実現してほしくない現実をたたきつけられた。
若くして現実を諦めネットに入り浸り、学校という檻から早くも卒業したいと思いつついつものように騒がしい教室の中ただ一人机の上で突っ伏していた。
それから何の前触れもなく突如白い光に包まれ、気付いたら屋敷の中にいた。
勇者として召喚された俺はどんな才能が与えられるのかワクワクしていたのだが……。
結果は現実の延長線上だった。
「そんな分かりやすく気を落とさないでください! 私がしっかり指導いたしますので」
目の前の銀髪美少女メイドは才能もビジュアルも底辺である俺に優しくしてくれる。
何を落ち込んでいるのか。
クールな見た目だが優しい振る舞いをしてくれる美少女がいるだけでも充分この世界に来た甲斐はあるじゃないか。
異世界ではもう陰に住む俺は封印だ。
そうして荘厳な白で包まれた協会のような空間から煌びやかな大広間へと移るや否や、一人の男にどうだったのかと声をかけられた。
「ま、まぁぼちぼちだったよ」
「へえ」
もう一つにして最大の実現してほしくない現実はここにあった。
異世界転移したのは何も自分だけではない。
同じクラスメイト二人と同じく高校生らしき二人が同時に転移されたのだ。
今この場でくつろいでいる四人はまさに全員転移者。
普段から周りを避けてきてようやく現実から解放されるはずだったのに。
この仕打ちはないだろ……。
「よし! 全員魔力のテストが終わったということで」
「お、じゃあやりますか」
「うんっ! 自己紹介大事!」
あの、自己紹介する前から仲良くするのやめてもらっていいですか。
周りの様子を見るに自分以外もれなく全員陽キャだということが分かった。
よし、とりあえずトイレに行って作戦を——。
「倉道くん、隣空いてるよ」
「はい」
もう皆座ってこれから仲良くしようという事が前提のようだ。
俺は白瀬さんの隣に座る。
他人は同類以外大抵苦手意識を持つ俺だが、この人は例外だ。
彼女は俺が浮いているということを理解しつつ、一人だと困難な行事、課題でも率先して手を差し伸べてくれることが多い。
まさに女神。
唯一の救いは彼女も転移者にいるというところだった。
「じゃあ早速自己紹介からやっていこうか、まずは僕から。僕は
同年代だったんですね~。初耳だ~。
「そこの白瀬さんと、くら……黒道くんとも同じクラスメイトで」
最初のでいいよ真堂くん。
それから趣味やら異世界に来てどんなことがしたいのかをそれぞれが自己紹介していった。
皆これから始まる冒険にわくわくしているようだった。
それもそうか。
この世界には魔王や魔族といった凡そ勇者がいれば確実にセットでついてくる敵キャラなるものはいないらしい。
その上、異世界から来た転移者は今までもいたようで、転移者は皆そこらの魔獣や冒険者に負けぬ程の魔法の才を与えられるという。
まさにチート。
そのチートに疑いがあるからこそ先のやり取りで俺は絶望したのだ。
「おーい黒道くん。具合でも悪い?」
「ぁ、いや大丈夫」
気づけば周りの皆は自己紹介を終えて自分の番になっていた。
自己紹介、といっても語ることはないんだけど。
「く、
「…………」
「それだけ?」
「あ、いや」
あれ、皆何言ってたんだっけ……やばいやばいど忘れした。
ふと隣から異世界に来てどんな事したいかと小声で助言をくれた。
白瀬さんまじで天使すぎる。
「えーと、異世界でどんなことしたいかというと——」
「倉道……? お前倉道刀也って言ったか?」
ふと左斜め前に座っていた男が口を挟む。
「は、はい。そうですけど」
そう言って彼の顔を確かめた。
…………は?
……な、なんで。
——なんでいるんだよ。
急激に吐き気が催してくる。
普段から人の顔を見ないせいで全く気が付かなかった。
穏やかに流れていた血液が急激に高速で循環し始める。
今起きていることを受け入れたくないかのように身体が強ばる。
——なんでどうして無理だ嫌だ。
心の内側で現実を拒絶するような声が止まない。
そんな様子をおかしいと思ったのか白瀬さんは皆が見えないところで優しく手に触れた。
大丈夫だから——そのような目をして微笑みかけてくる。
そう、だ。まだ何も起こっていない。
まだ、大丈夫。
二人は知り合いなのかと真堂は聞いてきた。
「ま、まぁ。中学の時に同じクラスで——」
「こいつは……こいつは! 俺の友達に大怪我させた糞野郎なんだよ‼」
「——ッ!」
当時の記憶が流れるようにフラッシュバックした。
手足が異様に震えその場に立っていられずに床に倒れ込む。
鼓動の音が耳まで届き腹の奥底から嫌なものが込み上げてくる。
息苦しい。
息切れを隠すこともままならず手元で口を覆うがどうしようもない。
それでも周りに心配させまいと地べたを這い距離を置こうとした。
「ちょ、大丈夫⁉」
俺の様子から事態が深刻であると感じたのか周りが騒がしくなった。
俺は体の異常を押さえつけるのに精一杯だった。
「——落ち着きましたか?」
気づいたらメイドのクロノさんに案内され別室へと移動していた。
「……はい、ほんとすいません」
脳は次第に正常な判断ができるようになった。
同級生、ましてや気になる女の子にさえドン引きされるレベルの醜態を晒してしまった。
挙句の果てに美少女メイドに背中をさすさすされ暖かい紅茶まで用意してくれて1人別室で看病されるという。
人によってはご褒美かと思われるシチュエーションかもしれないが、俺自身は呆れを通り越して精神が無に統一されつつある。
でも心は安らいでいる。
どんな状況であれ自分を思う人がいて助けてくれる。
それだけで、もう充分満たされた。
後はもう——大丈夫。
心の奥底で永遠に閉じ込めておきたかった禁忌。
それはどうしようもなく目の前で立ちはだかる。
中学で事件を起こしてから俺の居場所は現実から消えた。
それは別に事件が起こる前からも起こった後も、そして今もさほど変わっちゃいない。
優しい人たちに触れていればいつか現実の自分を救い出せる、そう信じていた。
でも無理なんだろう。
俺は何も変わっていないのだから。
もう痛い思いをするのなんて御免だ。
別室から大広間へと戻り彼らに近づいていく。
顔をしかめた者、こちらに鋭い視線を向ける者、じっと一点だけを見つめている者様々だ。
どうやらあいつから話は一通りされたのだろう。
覚悟は出来ていた。
「く、倉道くん……竹田くんの言ってたこと——」
「ほんとのことだよ」
「!」
皆がこちらを向いて驚いたような目で見てきた。
「何か事情があったんだよね? 何か言えない――」
「事情があって人を階段から突き落としてもいいってのか⁉」
「それは……」
「竹田くんの言う通りだよ。悪いのは全部……俺なんだ」
「………………」
静寂の中、一人の女子がこちらに歩み寄ってきた。
確か名前は——
「倉道刀也さん。認めるんですね」
「え? う、うん。俺の——」
視界が揺れるとともに左頬に強烈な痛みがやってきた。
「高橋さんは今も怪我で良いプレーができていないのですよ! あなたは他人の今後の人生も左右する事をやってしまったという自覚はあるんですか⁉ 」
「ごめん」
「……なんで彼が……。どうして、ですか」
「え?」
「どうしてそんな酷いことができるんですか……?」
間中さんはその場で倒れ込み泣き崩れた。
心を厚く着飾ってただ流れるようにこの時間を過ごすはずだった。
俺がやってしまったのはもう取り返しのつかないことだ。
でも、それでも。
俺の事を信じてくれる人はいなかったんだよ。
頭を下げ謝罪する。
周りを見ればその場には既に自分という存在は受け入れてくれていないようだった。
俺は屋敷に用意された個室のベッドへ、闇に紛れるように潜っていった。
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