第二章:準備。
悟ります。
自分の半生を振り返った時、大多数の人と比べれば十分に恵まれている方だという自覚はあった。でも私自身の評価をつけるのであれば、『妙にタイミングの悪い奴』だ。
私は地方でもそれなりに有力な貴族、ホープフィー家で四番目の次女に生まれた。仲睦まじい両親や六人もの兄弟達との関係は良好、一定水準の教養も与えられ、剣術を始めとした戦闘に役立つ技能も道楽の過程で触れることができていた。
自由な幼少期を過ごしていたけれど、それでも私は貴族の子。貴族の娘は親、はては一族のために有益な生き方をすることが当然だと教え込まれるのが世の常。
こんなに自由に暮らしているのだから、私にできることがあればと不満はなかった。それに私を愛してくれている両親ならば、悪いようにはしないだろうという信頼もあった。
長男は家督を継ぎ、次男はその補佐となり、姉は交友関係の深い貴族の跡取りへと嫁入りした。ここまでは良かった。次は私の番だと気合を入れていた日々もあった。
『マリュア、お前は自由に生きて良いぞ』
だが私の想像とは違う結果へと人生は進んでいった。ざっくりと言えば、嫁ぎ先がなかったのである。
私だけ微妙に周囲の貴族の跡取り息子達との年齢差があり、既に嫁をもらっているか、まだ結婚には早すぎるといった感じの男性しかいなかったのだ。
『ええ、私達のためではなく、貴方の生きたいように生きて良いのよ!』
少し年の離れた妹が、友好関係にある貴族のおぼっちゃんの許嫁になった日に、私は両親から呼び出され、そんなことを言われてしまった。
要するに、『良い嫁ぎ先ないし、見つける頃には婚期を逃しそうだから、好きにして良いよ』というわけである。
そのことについて、責める相手なんて誰もいない。両親が善意で言っているのは伝わったし、兄弟達は皆両親に言われた通りの人生、羨ましがられることはあっても憐れまれることはなかった。
そして私は私で、切り替えも早かった。貴族の娘として生きることができないのなら、貴族の娘にはできないことをしようと、リリノール騎士団の門を叩いていた。
特に秀でた才能もなければ崇高な使命なんて微塵もない。偶然催し物として披露されていた先輩達の技を見て、綺麗だと思い興味を持った程度だった。
それでも騎士団に入ったからには、仲間に迷惑を掛けないように、私のせいで団の評価が下がらないようにと努力は続けていた。
私よりも才能のある同期や部下はいた。私よりも強い意思や使命感を抱いて励む者達だらけだった。
だけど彼女達は皆、そういったものに縛られすぎて必要以上に自分を追い詰めてしまっていたのだ。
そんな悲壮感に満ちた表情で鍛錬する彼女達と、ただ取り敢えず淡々と鍛錬する私を見比べ、先代の騎士団長は私の方を評価してしまった。
『誇りを持って生きることは大事なことだ。だが誇りのために生きてはいけない。マリュア、私は君こそが私達の目指す理想の騎士と成り得る器なのだと思うよ』
もしも先輩がもう少し理想のために歩み続けていたら、後継者を決める前の任務で友を失わず、騎士としての心が折れていなければ、きっと先輩のような誰かが騎士団長に任命されていただろう。
卒なく生きていただけなのに、タイミングの悪さだけで私はここまで出世した。幸いにも部下達は、リリノール騎士団の使命に押し潰される様子を微塵も見せない私を尊敬してくれている。
押し潰されるわけがない。だって私は背負ってはいないのだ。皆が必死に背負って歩いている中で、一人転がしながら進んでいるようなものなのだから。
『いや、実に良い。君の自身に対する俯瞰した見方、私は大好きだよ』
しかもその結果、先輩に『関わらなかった方が人生を総合的に見て、幸せだったと断言できる変人』とまで言われた奴に気に入られてしまった。ちなみに総合的に見なくても、現段階で断言できてしまう辺り、先輩の見通しは甘かったと言えるだろう。
そして今、その変人のお使いで隣国に行き、想像の斜め上の三段跳びくらいの展開におかれている。
目的であったセイフ=ロウヤの弟子、アークァス=トゥルスターに出会うことはできた。多少道には迷ったが、偶然声を掛けた彼が目当ての人物だった時には内心『今回はツいているな』と喜んだことが遥か昔のことのようだ。
話のわかる好青年なのはありがたいが、彼はあのイミュリエールの弟、関わり過ぎたら彼女から殺される。なのでサクサクと用事を済ませて撤退しようと帰りの土産の購入プランまで計画していたのに……。
「――えっ、人間界滅びそうなの!?」
「えー」
なんか絶望的な予算での長期滞在を強いられる流れとなり、あまつさえ目の前には布団にくるまった全裸の女神から、人間界が滅びそうだという情報まで溢れてきた。
唐突に耳に飛び込んできたというより、耳の中に流し込まれているような気分だ。
「はっ、しまった。思わず反応を……」
「どうしますか、アークァス。この女、この世界の秘密を知りましたよ」
「お前が教えたんだろうに。まあいいや、飯だ飯」
「えぇ……」
この二人の会話のテンションを掴めない。さっきまで色々と重大な秘密を明かし続けていた自称女神ウイラスにツッコミを入れていたアークァスは、何事もなかったかのように食事を始めようとしている。
「待ってください。まだ食事には早いです」
「なんだよ」
そうだ。その通りだ。話はまだ終わっていない。この私の宙ぶらりんな立場をもう少しまとめてもらいたい。
「食事とは一緒に食べた方が美味しいと聞いています。私が服を着るまで待ってください」
そっちかー! いや、確かにその通りではあるが、一人で済ませる食事よりも、多人数で囲む食事の方が良いのはその通りではあるが、そうではない!
「なるほど、確かにな」
「あ、でも私をおかずにするという意味でならこのままでも――」
「じゃあ飯の間そこに突っ立ってろ」
「着替えてきますね」
すごすごと寝室らしき方へ下がっていく女神ウイラス。こう、肌に感じた神気とかを考慮するに、本物である可能性は非常に高い。だけどこの世界を創ったとされる女神があんなのだと納得することを心が否定している。
「……なぁ、あれは本当に女神ウイラス……なのだろう?」
「それを認めると、引き返せなくなるけど良いのか?」
「――セイフの件でここには何度か訪れることになる。その都度に小出しに情報を開示されていく展開が避けられないのなら……」
「……そうだな」
「避けてはくれないのか……」
アークァスは女神ウイラスとの関係を簡潔に説明してくれた。
女神ウイラスが邪神ワテクアと同一であり、敵視しあう人間界と魔界が互いに殺し合い過ぎないように勇者と魔王を定期的に生み出しているということ。
国同士の足の引っ張り合いや、不作続きによる人間界の総力の著しい低下。それに反比例するかのように歴代でも最高水準な魔界の現状。今すぐにでも魔界は人間界に侵攻が可能であり、そうなった場合に人間界は確実に滅ぶということ。
そしてアークァスは女神ウイラスに選ばれ、魔王として魔界の侵攻を遅らせる役目を担っているということ。
「なるべく噛み砕いて説明したが、頭には入ったか?」
「信じられるかという話はおいておいて、流れはなんとか……」
普通ならば荒唐無稽な話としか思えない内容だが、それを信じざるを得なくさせる証拠があるのだ。
実際にその発端となる女神ウイラスがつい先程まで全裸に布団をまとって目の前にいた。彼女がまとっていた魔力は人が持っているものとは明らかに違っていた。本物の女神でなくても、それに連なる存在であることは疑いようがない。
それに魔界の事情は知らないが、人間界の状態ならば騎士団長としてもそれなりに情勢には詳しいほうだ。
我が国でも不作続きで兵力の増強に二の足を踏んでいる状況。少なくとも人間界の総力が弱まっていることは否定できない事実だろう。
「確かに不作続きだとは聞いているが、街の様子を見る限りでは、そこまで致命的なようには感じなかったが……」
「そこは為政者達の尽力だろうよ。年々備蓄の確保を怠らなかったり、最悪の事態を想定とした対策を行っていたりとかな。人材としちゃ、そう悪い感じでもないんだろうな」
「互いに狡賢いからこそ、連携が取れずに人間界の総力が下がっているという形か」
「おまたせしました」
キリの良いところで女神ウイラスが服を着て再登場してきた。全裸に布団を纏っている姿と比べて、今はとても質の良さそうな衣装。その姿で出てきてくれていれば、もう少し信じられたのだが。
「服装で女神かどうかを判断しているようでは、詐欺師の格好の獲物ですよ」
「それもそうだな……って今――」
「ああ、そいつ当たり前のように人の心を読んでくるぞ」
「えぇ……」
じゃあさっきまでの私の心情も見透かされていたというわけなのか。見透かしていた上で、あれだけ好き勝手に場を混乱させていたということなのか。
「別に貴方が自分の半生を振り返りながら、無理やり達観した状態で現状把握しようとしていたことをとやかく言うつもりはありませんよ」
「……なんかごめんな?」
「慰めないでくれ……。もう女神ウイラスというのは信じて良さそうだな……」
「信じなくとも構いませんが、アークァスを魔王城へと転移させ、ワテクアとして魔界の領主達に魔王だと紹介できる程度の立場ではありますね。なんなら一緒に魔王城行ってみます? すぐそこの転移門からいけますが」
嘘ではないのだろうが、こう、現実味のない話ばかりを突きつけられると内容を実感することが上手くできない。
既にアークァス達の話を真に受けても良いと思い始めてはいるのだが、実感を得ないまま割り切って帰るのは色々と精神的によろしくないのではないだろうか。
「……私が行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫なのですか? アークァス」
「あ、俺に聞くんだ。領主達を呼び出さずに、魔王城から外の景色だけ見せれば良いんじゃないのか?」
「それもそうですね。では食事をいただいたら、食後の運動がてら魔王城にでも行きましょうか。それではいただきます」
「えぇ……」
二人はそのまま食事を始めた。なんか色々と聞きたいことだらけだったが、質問を投げかけると更に疑問が増えそうなので私も食事をいただくことにした。
あ、美味しい。質素な料理でありながら、食材ごとの下処理や加熱時間の調整など丁寧に考えられて調理されている。
「質素な料理ではありますが、食材ごとの下処理や、加熱時間の調整など丁寧に考えられて調理されていますね」
「人の家で食う飯を偉そうに批評するなよ」
「んぐっ」
「ん?水いるか?」
「あ、ああ。いただこう……」
「難しいものですね」
食事を済ませ、アークァス達とともに彼の寝室へといくと、彼は床に敷いてあったカーペットをめくる。
そこには魔法陣が刻まれており、本職ではない私にもそれが複雑な魔法を行使するためのものだと理解できる。
その中央へと移動しつつ、アークァスは指輪に魔力を注ぎ込みながらぶつぶつと言っている。
「誰も呼び出さない状態はっと……じゃあ心の準備は良いな?」
「ちょ、ちょっとまってくれ少し深呼吸をする」
今から魔王城へと転移する。勇者や魔王なんて、私が生まれる前の時代、それこそおとぎ話のようなものだ。そんな魔王の本拠地となる場所、魔界という人類の敵の総本山……。
目を閉じて深呼吸をする。現実味の薄さのせいか、そこまでの緊張はないのだが……一応騎士団長就任の式典くらいには緊張している。
「よし、良いぞ!」
「あ、ごめんもうついてる」
「えぇ……」
目を開くとそこは今までいた寝室とは異なり、異様な雰囲気のある部屋にいた。といってもベッドがあるので寝室には違いないのだろうが。
「一応着替えてくる」
「では私も」
「お前は外だ」
アークァスと女神ウイラスが一緒に衣装箪笥の中へと入ろうとし、女神ウイラスだけがつまみ出される光景を見た。
一瞬だけ衣装箪笥の中が見えたが、なんだか別の空間に繋がっているように見えたような……。
「男の方が衣装室を使うのはどうなのでしょうかね」
「あれって衣装室なんだ……ってなぜ脱いでいる!?」
少しの恥じらいもなく脱ぎだす女神ウイラス。リリノール騎士団でも団員達と一緒に着替えることは多いが、それ以上に堂々とした……いや、むしろ見せつけようという気概まで感じる脱ぎっぷりだ。
「一応魔王城の中を歩くわけですから。呼び出してはいないとは言え、ふらりと掃除好きの領主が魔王城を掃除にやってこないとも限りませんし」
「いるのかそんな領主……。それはさておき、私もなにか変装とかした方が良いのか?」
「んー、じゃあとりあえずこれでも頭につけてください」
そう言われて渡されたのは、なんだか魔物の角っぽいアイテム。どうやってつけるのかと聞こうと思ったら、目の前で似たようなものを装着されたので真似して装着。
「つくのか、これ……」
「あとはそうですね。ちょっと魔力の性質を弄りますね」
「性質を弄るって、なに……をっ!?」
彼女が私の肌に触れたかと思うと、その部分から私の皮膚の色が急激に色を失っていく。それは瞬く間に全身へと広がり、私の肌は死人のような色へと変色してしまった。
「とりあえず魔界の住人っぽい感じになるように魔力を弄りました。その状態ならば、第三者が貴方を見た時に魔族だと認識すると思います」
「そ、そうなのか……これ体に害とかはないのか?」
「魔界に滞在している分には、逆にそっちの方が体調を崩しにくいかと思いますよ。そのまま人間界で暮らそうとすると、色々崩れますが」
試しに魔力を操作し、肉体強化を行ってみる。いつもよりも全身が冷えているような感じはするが、特に支障はない。だが体の外に漏れた魔力は明らかに人のものではなくなっている。
確かにこのまま仲間達の前に姿を見せても、私に瓜二つの魔物だと感じる隊員はいるのだろうな。ケッコナウ様には多分通じないと思うが。
そして女神ウイラスもすっかりと外見が変わっている。完全に人の姿ではなく、感じる魔力も禍々しい闇の属性に満ちている。確かにこの外見ならば、邪神ワテクアと呼ばれても違和感はない。
こちらの着替えが済んだ頃、アークァスが衣装箪笥から姿を現した。軽装の鎧に無表情な仮面、角もしっかりと装着済みだ。
「待たせたな……。なんか雑な変装だな」
「ですが魔力を弄り忘れた貴方よりはマシですよ」
「確かに」
「えっ、弄ってないのか!?」
確かにアークァスの外見は人っぽくないが、感じる魔力は人間のそれだ。違和感はあるだろうが、それなりに腕の立つ者ならば彼が人だと直感するのではないだろうか。
「大丈夫ですよ。彼は完璧に人に化けられるインキュバスということにしましたので」
「おかげさまでな」
「インキュバスが魔王って、それって問題にならないのか?」
「満場一致で大反対だったな」
「ダメじゃないか!?」
「まあ適当に領主の一人を叩きのめして実力は示したんだ。試用期間を設けるまでにはこぎつけたさ」
「叩きのめしたって……」
信じられないと言いたいところではあるが、私にはアークァスの実力が分からない。強いとか弱いとかの判断ができないというわけではなく、強いのは分かるのだがどこまで強いのか見極めることができないでいる。
ただリュラクシャ出身であり、あのイミュリエールのお墨付きの冒険者だ。こうして私に色々と事情を平然と話せるのも、その気になれば私を簡単に殺せる程度に強いからという可能性もある。
「外って、どこからなら見えるんだ?」
「確かこっちですね」
「確かってなんだよ」
「この魔王城を造ったのは歴代の魔王ですから。昔ちょっとだけ案内してもらったくらいなのですよ」
そう語る女神ウイラスからは、妙な貫禄を感じた。邪神ワテクアでもあるのならば、歴代の魔王も知っていて然るべきなのだろう。人間界と魔界、その衝突の歴史の中心にいた勇者と魔王、その両方、しかも歴代全てを知っているというのは中々に興味深い話だ。
「人間や魔族が全てを託せるほどの力を与えられた存在です。自他共に比較をし、比較をされ、まともな人格になると思いますか?」
「それは……」
「――まぁピンきりですよ。貴方が期待しているような人格者もいなかったわけではありませんし」
「ロクでもない連中の方が多そうだな」
「特に弄っていない貴方も、キャラ的には負けてないですよ」
「なにおう」
歴代魔王に負けてないキャラって……。確かに普通の人に比べ、アークァスには何か違うものがあるのを感じる。
だがそれは、会話をしていて妙に話がトントン拍子で進んだり、言うところの『話のわかる奴』といったりする印象だ。女神ウイラスに対しての塩対応も癖を感じるが、あまり異常には感じない。
「それは貴方の上司がずば抜けて変人なのでは?アークァスからの評価も相当なようですし」
「い、否めない……っ!」
「ケッコナウの旦那以上の変人とか、歴史を通して探さないと見つからないんじゃないのか?」
「それも否めない……っ!」
特別な環境に慣れると、多少の異質さには気づきにくいものだ。そう考えると、多少でも妙に感じるアークァスは一般人視点では相当な変人ということになるのか?
いや、冒険者ギルドで彼のことについては軽く調べていた。基本的に人付き合いは薄いようで、話したこともない者もそれなりにいたが、彼と会話をしたことのある者達からの評価は、温厚で話しやすい相手だというものばかりだった。
そんなことを考えていると、展望室のような場所へと辿り着いた。部屋に入って真っ先に飛び込んできたのは、伝承等で聞かされていた魔界そのものの光景。
「空の色まで違って見えるものなのか……」
「空気そのものは同じですが、その中に含まれる魔力の質が違いますからね。これで実感は持てましたか?」
「あ、ああ……本当に魔界にいるのだな」
「お、この辺って結構断崖絶壁多いんだな。今度登ってみるか」
「それを目撃した魔族の反応を考えてください。それで、ここまでしたのですから、彼女の処遇は決めてあるのですよね?」
急に自分の判断の迂闊さを自覚し、喉が渇いていくのを感じる。アークァスと女神ウイラスの言葉は本当だった。私は今、この世界の真実、さらには世間的には秘匿すべき重大な秘密までをも聞かされてしまったのだ。
ここまで知ってしまって、何事もなく帰れるはずがない。良くて協力要請、悪ければ口封じもありうる。
今私がいるのは魔界、地理も分からない以上、ここから転移魔法を使わずに人間界まで帰ることは不可能と考えて良い。
「もう遅い時間だし、帰ってもらうけど?」
「えぇ……」
「全てを知られたまま、何もせずに帰すのですか?」
「マリュアの心を読んでいるのなら分かるだろ。そいつ、上に報告する気とか少しもないぞ」
「っ!?」
「……ええ、そうですね。どうせ話しても信じてもらえない、そんなことすら考えていませんね」
「じゃ、それでいいだろ。ほら、帰るぞ」
話は終わりだと言わんばかりにアークァスは歩きだす。その背中を見て、全身からどっと汗が流れるのを感じる。
女神ウイラスが時折私の反応を伺うように視線を向けていた時、私は心を読まれているのだろうなと、少しばかり複雑な気持ちになっていた。
だが、彼女が私の心を読むことはまだ分かる。女神なのだから、そういう存在なのだから、そういった超常的な力を使えても仕方ないと割り切ることもできる。
だけどアークァスはそういった力を使っている女神ウイラスと同等以上に、私の心の内を見透かしていた。そんな素振りは何一つ感じさせないままにだ。
違和感の正体が分かった。最初から私という性格を見抜かれていたのだ。彼を妙に話しやすい相手だと認識していたのも、彼がそうなるように会話を誘導していたからだ。
私だけじゃない、彼は冒険者ギルドにいた性格の違っている冒険者達からも共通の評価を得るように立ち回っていたのだろう。
『剣技はそこまでだけど、私の弟とか凄く『見』の才能があるわよ。マリュアが普段どんな鍛錬をしてきたのとか、どういう戦場を潜り抜けてきたのかとか、なんなら貴方が今日の朝食に何を食べたかさえも見極められると思うわ』
イミュリエールの言葉に嘘はなかった。いや、あの言い方ですら過小評価だったと言える。人の心を覗ける女神以上に、相手のことを掌握できる観察眼。一体どんな心境で、どれほどの観察を続ければそんなものが手に入るのか。
今なら彼がセイフ=ロウヤの弟子だと言うことに納得ができてしまう。
「――ま、待ってくれ」
「ん?」
「その……だな。ここまで知らされて、何もないまま終わらされると……それはそれで後が怖い。私にできる範囲のことで手伝えることはないだろうか……」
イミュリエールに殺される可能性が上がるようなことはしたくない。したくないのだが、アークァスの異常性を理解し、彼の背景にあるものの脅威がうっすらと見えてしまった。
今私が知ってしまった話とは、アークァスのような人物が必要とされているような内容なのだ。その規模はきっと私の想像を遥かに超えてくるのだろうし、そんなものに私は既に巻き込まれてしまっている。
自らの死期が肩を組んできているのを認識できてしまった。多分私はこのままだと長生きできない。そのうちアークァスが関わることにタイミング悪く巻き込まれ、命を落とすことになるのだと悟れてしまった。
「それは嬉しい申し出なんだが、泣きながら言われると、ちょっと引く」
「だってもう、なんか、もう……」
「事の重大さを理解して、色々限界になったようですね」
私が生きるためには、心強い味方が必要となる。事情を知り、ちゃんと助けてくれそうな人がだ。
光よりも速くケッコナウ様を除外し、他の候補も省いていくと残ったのはアークァスしかいなかったのだ。
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