予定の前に。その二

「~♪」


 鼻歌交じりで街を歩く。昨日の闘技場観戦からの鍛練で、心身共に絶好調。またちょっと還らずの樹海の面積が減ってしまったが、一度道を作ってしまったんだしもう誤差誤差。

 活力も得たことだし、減った金銭の補充がてら冒険者ギルドへと向かう。


「ん、アークァスじゃないか」

「よぉ、トルゼル。景気はどうだ?」


 冒険者ギルドの入り口でトルゼルとその仲間達に出くわす。服の綺麗さからして、これから冒険に出るところなのだろう。


「景気を良くするのはこれからだっての。そういうお前はギルドの出入りが減っているそうじゃないか。体調でも崩していたか?」

「すこぶる好調だとも。用事を消化していただけさ」

「そうかよ。ならキーリィにもそう言っておけよ」

「キーリィ……?」

「受付嬢の名前だっての。お前、俺よりも話してるだろうに……」


 そういえば彼女はそう呼ばれていたな。いや、こっちの名前は頻繁に呼ばれているけど、こっちから相手の名前を呼ぶ機会とか全然なかったしな。

 トルゼルはちょこちょこ絡んでくるし、周りの仲間がこいつの名前を呼ぶから覚えているんだが……正直トルゼルの仲間達の名前すら知らないんだよな。


「別に説明する必要はなくないか?」

「あるんだよ。前お前と話したあたりから、お前ギルドに通う頻度減っただろ。俺と話したせいだって思われてるんだよ」


 以前話した時……ああ、あの日に家に帰ったらウイラスがいて、そこから魔王業を始めたんだよな。

 話の内容は……低級依頼ばかり受けていたことに対する皮肉だったか。確かに受付嬢も聞いていたから、そう誤解された可能性は否めないな。


「まあ誤解を与えてしまっているなら、解いてやらないとな」

「そうしてくれ。露骨に態度を変えられると、地味に堪えるんだ……」


 こいつ普段から高圧的な態度だけど、意外と他人からの反応に敏感なんだよな。この前トルゼルに子供がぶつかって、泣いてしまった場面に遭遇したこともあるのだが、めちゃくちゃ本気であやしてたもんな。

 トルゼル達を軽く見送ってから、冒険者ギルドの中へと入る。これから戦いが控えている者達が集う闘技場に比べれば見劣りするが、多くの経験を積んできた冒険者達特有の空気は嫌いじゃない。

 まぁちょっとばかり真剣味が足りてないんだよな。依頼を受けたり報告したりする段階から必死になられていたら、それはそれで心配になるんだけど。


「あっ!アークァスさん、こんにちはっ!」


 俺の姿を見つけた受付嬢が元気な声で挨拶をしてくる。ここ最近妙に挨拶に力が入っているんだよな、この子。


「ああ、こんにちは。依頼を受けにきたんだけど、ある?」

「はい!こちらになります!……あれ、アークァスさん、剣はどうされたのですか?」

「ああ、ちょっと持ち帰るのを忘れてな。安物だったし、まあ良いかなって」


 このやり取りも互いに慣れたもので、細かく言わなくても低級依頼のリストを見せてくれる。そして最後辺りにはこっそりと良さげな案件の中級依頼が数件あるのだ。もちろん見なかったことにする。


「とりあえずここからここまで、十件ほど受けるか」


 あまり見ない新人の冒険者がこちらを二度見してくる。普通は冒険者が受け持つ依頼は一件、多くても三~四件だ。

 だが低級依頼はそもそも危険性がなく、かつ近場での採取任務などが大半なので一度にまとめて受けた方が色々と効率が良いのだ。


「わかりました……。あの、やっぱり最近依頼を受ける件数が少なくなっていますよね?」


 あまり見ない新人の冒険者がこちらを三度見してくる。これまでは低級依頼を理論上可能な範囲で受けていたが、魔王業のおかげでノルマを定める事ができるまでになった。これほどの余裕が得られるとは夢にも思わなかったからな。今ではあの癖の強い女神でも愛らしく感じるほどだ。


「知人に頼まれて、副業をやっているんだ」

「副業ですか?どんなことを?」

「道を作るために、木を切ったりとかかな」

「知人さんって木こりさんとかです?」

「バッサリしてるという意味ではそうかもな」


 流石に女神ですとは言えないし、言っても信じてもらえないだろう。依頼の詳細を確認し、書類にサインをしていく。


「――でも良かったです。アークァスさん、最近ギルドの仕事が嫌になったんじゃないかって心配になっていたので……」

「嫌になる理由なんてあるか?」

「ええと、報酬が少ないとか、低級依頼ばかりやっていることを揶揄されたりとか……」

「自由度の高い仕事として好んで受けているんだから、そんなことは今更だよ。まあ報酬が少ないことに思うところは全く無いわけじゃないけどな」


 依頼をする側も低級依頼は低級依頼として発注している。なので報酬も足元を見るように設定している場合もそれなりにある。

 高品質を要求したり、依頼期間を短くしたりしたものには相応の色をつけるべきなのだが、そういった苦労を考えない者も少なくはないのである。

 ちなみにこういった時に一番苦労をするのがギルドだ。冒険者のために、なるべく割りに合った依頼になるよう仲介料を減らしてくれているのだ。


「そうですよね……。その副業のお給料は良いんですか?」

「いや、時給換算だとこれくらい?」

「えぇ……最低賃金ラインじゃないですか……」

「歩合制だからな。空いた時間をつぎ込んだだけ、確かに入るから悪くはないんだよ」


 薬草を集める依頼などは、薬草を納品したことに対して報酬が発生する。最短で集めても、その間に悪天候で時間を潰されたりしても、報酬は変わらない。むしろ納品が遅れれば減額される可能性もあるくらいだ。

 そういう意味では完全歩合制の魔王業は働いた分が確かに返ってくるのだから、最低賃金でも魅力的なのである。


「収入を安定させる意味では悪くないかもしれませんけど……待遇が悪いようなら、きちんと報告した方が良いですよ?」

「ああ、わかっているよ」


 といっても、女神の斡旋した仕事の苦情なんてどこに報告すれば良いのやら。ウイラスの上に上司がいるのなら、交渉する術もあるのだろうけど。

 そんな雑談を交わしつつ、依頼の受注が終わった。頭の中でどの依頼から片付けていくかをシミュレートし、効率の良い段取りを決めていく。うん、特に問題なく消化できるだろう。


「それではこれで登録しておきますね。………ええと、そのこのあと時間とかってあります?」

「いや、来客があるから、早めに帰る予定だけど?」

「そうですか……。いえ、大丈夫です!それではまたのおこしをお待ちしていますね!」

「ああ、ありがとうな、キーリィ」

「っ!?はいっ!」


 本当この子、いつも元気でいい笑顔だよな。そりゃあトルゼルもこんな子に態度を変えられたら凹むだろうよ。

 冒険者ギルドを出て、市場で軽く食材を補充する。今日家にくる来客は言わずもがなウイラスだ。昨日も家にきたんだが、俺は闘技場観戦からの鍛練で丸一日自由に過ごしていたからな。何かしら話でもあったのだろうと察し、夕食でも誘いつつ話の場を設けようという考えで今に至る。

 外食も考えたが、出費も大きいし、そもそもあまりそういった店には詳しくない。下調べしても良いかと考えたが、あの女神相手にそこまで気遣いをする必要はないだろう。


「――すまないが、そこの冒険者。少し良いだろうか?」

「ん?」


 声を掛けられ、一瞬周囲の様子を確認する。俺以外に冒険者風の格好をしている人物はいない。つまるところ声を掛けられたのは十中八九俺だ。

 そして声を掛けてきたのは、小綺麗な鎧を着込んだ女の騎士。その浮いている格好は、間違いなくこの街の住人ではないことを示している。


「唐突にすまないな。私は今ある冒険者を探しているのだ。少しばかり時間を頂けないだろうか?」

「それは構わないが、リリノール騎士団の人がなんでまた」

「――情勢に詳しいのだな」

「鎧の装飾みりゃ分かるって」


 冒険者でも騎士風の格好をする人はいるし、女性の騎士も全くいないわけじゃない。どこかに所属する騎士ならば、装備品には関連する紋章がある。短い間ではあったが、ヴォルテリア国に滞在したことがある身としては、その国の騎士団の紋章を見間違えるようなこともない。


「そ、そうか」

「なんで少し嬉しそうなのさ」

「それはまあ、知られていることは……っと、いかんいかん。私の名はマリュア、マリュア=ホープフィー。リリノール騎士団の団長だ」


 体の重心の位置や佇まいからかなり強い人であるのは分かったけど、団長さんでしたか。つか俺とほとんど年齢差ないよな。かたや最低賃金の労働と低級依頼オンリーの冒険者、かたや騎士団団長……格差を感じるなあ。


「その立場ある人が、わざわざ隣国に単身で人探し?」

「色々あってな……。いや、本当に色々……」

「苦労してそうだな。ま、立ち話もなんだし、家まで来いよ。夕食くらいは馳走してやるよ」

「え……わ、私は口説かれているのか?」

「なんでだよ。俺、というか師匠に用事があるんだろ?」


 少しだけマリュアの周囲の空気が張り詰めていくのを感じる。驚きの最中でも、それなりの警戒を抱けるのは流石といったところだ。


「君がアークァス=トゥルスターか。なぜ私が――って、ちょっとまって、普通に歩き出さないで!?」

「立ち話もなんだって言ったろ。早く帰って夕食を作りたいんだ。ほら、キビキビ歩く」


 マリュアは困惑しながらも小走りで俺のあとについてくる。このまま会話に付き合っていたら、立ち話だけで結構な時間を食うのは目に見えているからな。聞きたいこともそれなりにあるだろうが、時間は有効的に使わねば。


「えっほ、えっほ……。なぜ私が、セイ――君の師匠に用があると分かったのだ?」

「リリノール騎士団の団長に単身で冒険者探し。そんな酔狂な任務を与えられるのはケッコナウの旦那くらいだろ。そんであの人が用事のあるパフィードの冒険者なんて、俺くらいなもんだ。ケッコナウの旦那と師匠は顔見知りだからな」

「アレと知り合いだったのか……」

「一応上司だろうに、アレって言ってやるなよ」


 気持ちは分からないでもない。ケッコナウの旦那はあの師匠をして『あいつ変人だから、あんまり近づかない方がいいぞ』と警告してくるような存在だ。直接話さない分では、見ていて飽きない人なんだけどな。って、妙だな。


「どうかしたか?」

「ケッコナウの旦那の依頼なら、俺の住処を調べやすいように冒険者ギルドに手配くらいしているはずなんだが」

「――いや、住所は聞いたのだが……土地勘がなくて迷ってしまってな……」

「えぇ……」


 わりと本気で恥ずかしそうにしているマリュア。演技でないことを確かめつつ、服の中に隠してあった暗器から手を放す。無駄に警戒して損したな。


「それで君の師匠だが――いや、まずは君の家に行くとしよう」

「そうしてくれ。話を聞いている奴はいないけど、往来の場で話す話題じゃないからな」


 師匠ことセイフ=ロウヤは世界的なお尋ね者だ。もちろんここパフィードにだって人相書きの一つや二つ貼ってある。違う人の顔なんだけどな。

 そんな師匠の情報は一部では高く売れる。俺も何度師匠の居場所を売って闘技場観戦の費用にしようと考えたことか。まあ今のところ自分で働く分だけで賄えているので、その必要がないのだ。


「――見事なものだな。重心のズレをまるで感じない。一介の冒険者とは思えないな」

「それなりに鍛えているからな」

「イミュリエールの話通り、鍛練には真摯に向き合っているわけか」

「えっ、姉さんとも知り合いなん?」

「ああ。ケッコナウ様の手配でな、リリノール騎士団の訓練としてリュラクシャを訪れさせてもらったことがある。そこで少しだけ君の話を聞いた」


 そっか、リリノール騎士団は女性だけで構成されている。男子禁制のリュラクシャでもツテがあれば入ることは問題ない。マリュア達からすれば、リュラクシャの皆は鍛練相手としてこれ以上にない極上の環境だっただろう。ケッコナウの旦那が考えそうなことだ。


「マリュア――さん、姉さんは元気だった?」

「呼び捨てで構わんぞ。イミュリエールはとても強かった。……あと少し怖かった」

「姉さんはいつも優しいけど、鍛練の時は甘くないからなぁ」


 姉さんとは定期的に手紙のやり取りをしているけど、やはり直接あった人から元気だったと聞けるのは安心できるものがある。姉さんの手紙、俺に心配を抱かせないようにすっごい前向きな話しか書いてこないからなぁ。


「そうではなくて……こう、君に手を出したら殺すとか、そんな感じの……」

「はは、姉さんらしい冗談だ」

「いや、冗談では……」


 姉さん、昔からはっちゃけたところあるからなぁ。聖剣の乙女になってからも、手紙の文体も変わらないし、婆さん達が頭を抱えているのが想像に容易いな。


「でもそんな冗談を言われるってことは、気に入られているんだな。マリュアは」

「本気かもしれないので、一応私と接触したことは伏せておいてもらえると非常に助かる」

「はは、分かったよ」


 手紙でやり取りをしている限りでは、姉さんは俺の周りの人の話には興味がないしな。姉さんの方からマリュアの話題が出たら返事に書くくらいで良いだろう。

 そんなこんなで簡単な話をしつつ、家へと到着。マリュアを居間に案内し、料理の準備を始める。ウイラスは――寝室から気配がするが、動きがないな。マリュアが一緒であることに気づき、大人しくしてくれているのだろう。もしくは人のベッドで寝ているか。

 野菜を切っていると、居間の方からマリュアの声が届いてきた。


「早速本題に入っても構わないか?」

「構わないけど、正直大した情報はやれないぞ?」

「……え」

「師匠とはたまに手紙のやり取りをしている。だけど基本的に師匠は居場所を転々とするからな」

「手紙のやり取りをしているのなら、居場所を知っているということではないのか?」

「師匠は使い魔を飛ばして手紙を届けてくるんだ。その使い魔はその日だけ滞在して、師匠の元に帰る。その時に手紙を渡せば届けられるといった感じだ」


 ちなみにその使い魔は非常に優秀で、各国の暗部でもその消息を追うことができないほど。俺でもたまに接近に気づかないくらいだ。


「こ、こちらから連絡を取ることはできないのか?」

「それができたら今頃俺は各国の暗部に拉致されて、拷問を受けているだろうよ」

「えぇ……」


 セイフ=ロウヤには弟子がいる。その情報だけならば各国の情報通は知っていることなのだ。ただ『セイフ=ロウヤは弟子との繋がりを辿る程度で尻尾を掴めるような存在ではない』という認識の方が強いため、わざわざ俺を探そうとする人物はいない。


「ま、ケッコナウの旦那から用があるって話を伝えられたら、もしかすれば反応はしてくれるんじゃないのかな。気まぐれな人だし」

「ちなみに、連絡はどれくらいの頻度で?」

「数ヶ月に一回だな。ちなみに先月に連絡が届いたばかりだ」


 内容は唾を吐き捨てる程度のものだったが、師匠は師匠で姉さんのように定期的に連絡を取ろうとはしている。面倒見が良い人ではあるんだよ。


「……つまり私がセイフ=ロウヤと接触するには、数ヶ月以内に君宛にくるセイフからの連絡を待ち、その時にその旨を返信してもらい反応があるのを祈れと」

「そうなるな」

「……一回ヴォルテリアに帰っても良いか?」

「あまりオススメしないぞ。あの人早い時には即日に反応することもあるからな。その時に対応できなかったら『じゃあもういいや』でなかったことになるぞ」

「その時までこのパフィードに滞在していろと?」

「まあそうなるな。路銀はどれくらい持ってきたんだ?」

「あと一週間は滞在できるな……帰り道のことを考えなければだが……」

「ご愁傷さま」


 ついでに用意できた食事を居間へと運ぶ。そこには椅子に座り、両手で顔を覆うマリュアの姿があった。実に哀愁があるね。


「アレの依頼だから、何かしら裏はあるとは思っていたんだ……。多少の危険や苦労だって覚悟していたのに……していたのに……こんな、こんな宙ぶらりんな任務だったなんて……。くそう、だから国を出る時、『可愛い顔でおねだりすれば、もう少しお小遣いをやろう』なんて挑発気味に言っていたのか……っ!」

「ケッコナウの旦那の嫌がらせって、基本的に相手の想像の斜め上を二段飛びしてくるからな」


 隣国までやってきて、やることが張り込みだ。しかもそうなることを伝えられていなかった。やるせなさは半端ないだろうな。


「本国への資金援助……は絶対にダメだ……。アレが調子に乗るのが目に見える……っ!」

「可愛い顔でおねだりしたくないのなら、適当に宿と働き口を見つけるんだな。数日くらいなら、物置を貸してやっても良いが」

「……ありがたい申し出だが、遠慮しておく。イミュリエールは君に変な虫がつかないことを心配していたからな。そんな話をした友人が、君の家に厄介になると知ったらと考えると……」


 マリュアは顔に手を当てたままぶるりと震えた。姉さんの冗談をそこまで真に受けるなんて、よほど鍛練の際に一方的にやられてしまったのだろうか。

 家に帰るまでの間、ある程度マリュアの体捌きなどは分析してある。正直かなり強い部類だ。殺し合いではなく、鍛練という形でならガウルグラート相手でも面白い展開になるかもしれない。流石に殺し合い且つ特異性ありともなれば、あっちの方が圧倒的だろうが。

 でもまあ、うん。姉さん相手じゃ何一ついいところないだろうとは思う。あの人化物だし。


「そこまで姉さんに義理立てしなくても。黙ってたらバレないだろうに」

「彼女には秘め事を隠し通せる気がしない」

「そりゃ確かに」


 リュラクシャ出身の連中は皆高水準の鍛練を積んでいる。その過程で相手を観察する技術も磨き、外見に動揺が現れるような一般人の嘘程度、簡単に見破れるのだ。

 その中でも群を抜いて才能に秀でている姉さんならば、読心術の技術も本職の詐欺師に負けていないほど。マリュア程度では両手に隠し事という大樽を抱えているようにしか見えないだろう。

 もっとも、その姉さんですら師匠は騙してみせるだろう。あの人と付き合う時は、常に騙されている自覚を持つくらいが丁度良い位のレベルだしな。


「雑談の最中ではあったが、君に迷惑を掛けないという約束を彼女としたのだ。あのクソ上司から君の名を聞かされた時、私はこの一件が終わったらイミュリエールのところに土下座しにいくつもりでここにきたのだ。生きて帰れるかはさておき」

「どれだけ姉さんを危ない人扱いしているんだよ。当人は多少じゃじゃ馬かもしれないけど、人付き合いに関しちゃ普通の範疇だぞ?」

「……いやいや。君に恋人でもいようものなら、その相手を斬り殺すくらいは平然とやってのけるぞ……彼女は――」


 こちら側に視線を向けようとしたマリュアの顔が途中でピタリと止まる。視線の先は寝室の方向、そこにはなぜか人様の布団にくるまった全裸のウイラスの姿がある。


「アークァス、もうご飯はできたのですか?おや、来客中でしたか」

「なんで全裸なんだよ……」

「服を着たまま寝たら、服に皺ができるじゃないですか。流石に寝間着持参でやってくるほど、貴方との関係が進展しているわけではありませんし」

「人の家で全裸のまま寝ている奴の言う台詞じゃねぇな」


 まあ女神だし、体が汚れているってことはないと思うから、別に全裸で寝られても良いけどさ。布団を引きずりながら移動するのはよろしくないぞ。

 しかしどうしたものか。流石にマリュアにウイラスが女神であることを説明するわけにもいかないし、どう紹介したものか。


「……隣の国のリリノール騎士団団長のマリュアさんだ。自己紹介してやれ」


 よくよく考えればこの女神、当たり前のように家にやってきているし、街の中も普通に観光している。ならば素性を隠す嘘の設定の一つや二つ用意しているだろう。下手に俺が嘘を付くよりも、ウイラスに任せておいたほうがあとあとボロも出ないに違いない。


「あ、どうも。女神ウイラスです」

「ぇ、女神――」

「うぉい!」


 やりやがったよこの女神。


「え、魔王業の斡旋をしていることも説明した方が良いですか?」

「逆ぅっ!色々隠せってことだよ!?」

「失敬な、ちゃんと恥部は隠しているじゃないですか」

「ちょ、ちょっと待て。女神ウイラス?魔王業?一体何の――」


 思考開始。このまま事情がバレると色々と面倒になることは確か。ならばどうにか有耶無耶にできないかを考えるべき。

 いきなり目の前の全裸女が女神ウイラスを名乗り、魔王業斡旋とかいうパワーワードを口にしたのが現状だ。これをマリュアが鵜呑みにするかどうか……するわけがない。

 俺もついそれっぽいリアクションをしてしまったが、まあそこはどうでもいい。ツッコミを入れさせた女神が悪いのであって、俺に落ち度はない。


「という冗談だ。ちょっとこの人頭がおかしい酔っぱらいでな。色々あって面倒を見ている形だ」

「いきなり失礼ですね」

「――冗談?」


 よし。とりあえずウイラスは昨日路上で拾った頭のおかしい酔っぱらいということにして、捨て置くのもどうかと思ったから、家に泊めてやったという流れで誤魔化そう。


「そりゃそうだろ。いきなり女神だって言われて鵜呑みにするのか?」

「いや、だが……全身に満ちている光属性の魔力に、神気まで帯びているし……」

「あ、寝起きだったので女神要素ダダ漏れでしたね」

「隠せよぉっ!」

「隠しているじゃないですか、恥部は」


 マジだ。この女神、いつも以上に光属性の魔力を感じ取れる状態だ。しかも聖剣とかが帯びている神気まで垂れ流して、なんなら初対面の時以上に女神オーラに溢れている。


「何がどうなって……っ!いや、私は何も見なかった。何も聞かなかった。これでいいな!」

「あ、唐突に事情のややこしさを察して、なかったことにしようとしていますよ、この人」

「それを察してやったんなら、お前は黙っていてやれよ……。何も考えずにポロポロ喋りやがって……」

「夕食がてら魔王業の話をする名目で私を誘い、その場に他国の騎士団長が同伴しているのですよ。滅びそうな人間界を救うための協力者を連れてきたのだなと考えることはおかしいことなのでしょうか」

「あ、はい。俺が全面的に悪いですね。すみませんでした」

「よろしい」

「でも全裸で人前に出るのはお前が悪い」

「えー」

「――えっ、人間界滅びそうなの!?」

「えー」


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