予定を立てる。

「それではこれより、暫定魔王軍定例会を始めるよ」

「待て、ヨドイン。なぜ貴様が進行を行っておる?そもそも暫定とはなんだ、暫定とは!」


 転移時に個別に呼び出すことができる機能を試すついでに、俺を支持してくれる領主達を集めての会議。ぶっちゃけ俺とガウルグラートとヨドインしかいないのに、成り立つのかこの会議。


「うるさいなぁ。ガウルグラート、カークァスさんは自らを仮初の魔王と名乗った立場だ。そのカークァスさんが自分を支持する者だけを集め、魔王軍の名を堂々と名乗れば不興を買うだけだ。外から見れば多少滑稽に見えるくらいの名称が良いんだよ」

「どうせ他の者はいないのだから、問題あるまい」

「君みたいな奴が、他の連中の前で失言しないための工夫なんだよ。わかる?」

「貴様――」


 最前線を駆け抜けるタイプと、最後尾で後方支援を行うタイプ、性格的にもかなり違いのある二人。このまま雑談をさせていてもいがみ合いにしかならないので、さっさと話を進めるとしよう。


「ガウルグラート、ヨドインにはヨドインの考え方がある。格式を重んじるのは、全てをまとめたあとで良い」

「し、しかし……」

「獣が舌戦に付き合うな。お前が黙して佇むだけで場の空気は整うのだ。お前にはそれだけの風格がある。安い挑発に口を開いては、お前の価値が下がるだけだ」

「……はっ、申し訳ございません」

「怒りは溜めよ。その末に剣を抜くのであれば、俺はお前を責めん」


 その言葉で落ち着いたのかガウルグラートは静かに呼吸を整えた。ヨドインの方はガウルグラートがただ窘められただけではなく、『限界になったら斬って良い』という許可を与えられたことに少しだけ複雑そうな表情を浮かべている。


「ヨドイン、お前達の比較は俺が自分でする。他者との優劣を語る暇があれば、自分の能を示せ」

「――わかりましたよ。当面の方針ですが、人間界の国々の監視から、光の加護を受けた者達……『旧神の使者』の捜索にシフトする予定です」

「旧神の使者か。安直な呼称を付けたものだな」

「敵を大層な名で呼んでも仕方ないでしょう?グランセル樹海に潜む狩人……通称『槍の潜伏者』は直接確認できていますが……他にも数名心当たりがあるとのことでしたよね?」


 ヨドイン、こいつ勝手に命名したりするの好きなタイプだな。まあ名乗り口上とか考えなくていいから良いけどさ。

 人間界に迂闊に侵攻を行えないようにとついた嘘、『旧神ウイラスの加護を受けた者達』。嘘を誠にするには相応の背景設定が必要となる。もちろんバッチリと考えてありますとも。


「ああ。まずはヴォルテリア国、ここを拠点としている弓術使いがいる」


 魔王カークァスとして剣を使い、槍の潜伏者とやらでは槍を使った。参考にする流派を変えれば同じ武器でもいけなくはないのだろうが、念の為にと使う武器種を変えて自演していく方針を取ることにした。弓ならば歩法やら色々立ち回りが違ってくるので同一人物とみなされる心配もないだろう。


「弓術使いですか……カークァスさん的に、その弓術使いの実力はどれほどだと?」

「お前からすれば、槍の潜伏者よりも天敵だろうな」

「カークァスさんが僕の実力を見誤るとは思っていませんが、弓矢程度でしたら呪いで十分叩き落とせますよ?」

「投擲された槍で喉を貫かれただろうに」

「あ、あれは武器を手放してくるという意表を突かれた形だからであって……」

「なら肝に銘じておけ。その弓術使いはお前の想定以上に当ててくるとな」


 ヨドインはこの前の戦いを思い出しているのだろう。自らが回避できなかった槍の一撃、それ以上に精密に狙ってくる矢を想像すれば、このように険しい顔にもなる。


「――その話は素直に信じておくことにしましょう。詳細は分からないのですか?」

「ああ。人間界を旅していた時、ヴォルテリアで数度姿を見た程度だ。わざわざ光属性の魔力を持った人間相手に、むやみに斬りかかるような野蛮さはないのでな」

「それはそうですね。というより旅をしていたのですか?」

「大した人脈もなかったのでな。自分の足と目で確かめた方が確実だろう?」

「なるほど……」


 もちろん『旧神の使者』の目撃情報は嘘だが、根拠もなにもない出鱈目な嘘というわけではない。

 師匠とともに過ごしていた時、各国を転々と渡り歩いていたことがあった。そのおかげで土地勘もそれなりにあり、噂話といったものも耳にしている。

 ヴォルテリアにはいわくありげな弓使いを連想できそうな噂がいくつかあった。ヨドインの部下が調べていけば、その噂話やらを嗅ぎつけ、ありもしない弓使いの像を浮かび上がらせてくれることだろう。


「他に場所に見当がついているのはイクスタシスだが……ヨドイン、通常の捜索では旧神の使者に繋がる手がかりは見つからないだろう。まずは各地に根付いている伝承や噂話について探ってみよ」

「伝承……噂話ですか」

「グランセルの槍の潜伏者、あれについてもいくつかの噂話があるのを聞いたことがある。樹海を徘徊する面布の男の噂話だ」

「っ!」


 ヨドインの頭の中では俺こと槍の潜伏者の姿が浮かんでいるのだろう。実際にこの噂はある。ぶっちゃけるとその噂の発端も俺なのだが。

 樹海の奥に質の良い薬草が生い茂っているスポットがあり、そこをちょくちょく納品依頼の際に利用させてもらっているのだ。しかしその場所に俺が向かうのが知られると、近隣の村人とかが嗅ぎつけるのではと思い、そこには簡易的な変装をして訪れさせてもらっていた。

 おかげで一時期新種の魔物が出たのではと噂になり、偵察依頼を受けた冒険者などが樹海に入り込むなど散々だったのはいい思い出。


「旧神ウイラスは自らの加護を与えた者達が表舞台に現れないよう、何かしらの手段を講じていると考えられる。だがその者達が各々自由に力を振るう以上、その異質さは痕跡として必ず残る」

「それで伝承や噂話から、その者達の情報を調べる切っ掛けを掴むということですか……。わかりました。どうせ各国の兵力情報などは既に集め終えていますし、情勢の監視のついでとして調査させましょう」


 各国の兵力情報が既に漏れているかー。ヨドインに方針転換してもらうのがもう少し遅れていた場合を考えると、人間界の崖っぷち具合が酷いな。

 あとはヨドインの部下が集めた噂話の中からそれっぽい旧神の使者を演出していけば、半信半疑の領主達への信憑性も上げられるだろう。


「人間界の情報については俺の方でも独自のルートで調べていく。あとは魔界の方だが……」

「カークァスさんが魔王として君臨するためには、他の領主達からの支持が必要不可欠ですからね。現時点でも何人か揺れているものはいそうですが、それでも最低限過半数の賛同は欲しいところです」


 領主は十三人、過半数となると七人は味方に付ける必要がある。残り五人、その揺れている数名を確保していく方針が良さそうだ。

 まあ、あまり早い段階で魔王として認められてしまうと、それはそれで人間界への総攻撃のカウントダウンが早まってしまうので、程々が良いと思われる。


「無理に従わせる策を考える必要はない。俺の能力を示し、納得がいく者を迎えて行けば良い」

「それもそうですね。二枚舌だけで従うような者は領主の中にはいませんから。最低でも何かしらの実力、実績を示してもらわないことには。かといって各領地は領主が定まり、安定してきている時期……問題解決を行って恩を売るなどは難しいところです」


 領主達にも意思はある。彼等に認めてもらうには何かしらの切っ掛けが欲しい。焦らずとももう少しすれば、いずれかの領主と一騎打ちすることになるのだが……誰もがガウルグラートのように叩きのめされたからといって従うとは限らない。

 となるとヨドインの時と同じように、価値のある成果を示す方が良いだろう。そのためには魔界にとっての価値を見極める必要があるわけで。


「ふむ……。そうだな、とりあえずは……ガウルグラート」

「はっ」

「後日お前の領地の案内を頼みたい。問題ないか?」

「そ、それは構いませんが……理由をお伺いしても?」

「お前達も知っての通り、俺は人間界で生きてきた外れ者だ。人間界についてはお前達よりも詳しいが、逆に魔界についてはワテクアから簡単な事情を聞いた程度だ。今後領主達との交渉材料を探す上でも、魔界のあり方を学んでおこうと思ってな」

「なるほど」


 立場的に言えば、俺は人間臭いインキュバスだ。そんな奴が単身で魔界を巡り歩いていては、悪目立ちすることになる。

 ガウルグラートと一緒に歩けば、多少目立っても領主であるこいつの方に目が行くだろうし、穏便に調査もできるだろう。


「カークァスさん、それでしたら僕等黒呪族の領地でおもてなしを――」

「既にお前の配下の練度は見させてもらっている。確認項目の多さでは先にガウルグラートの領地の方を見たい。黒呪族の領地についてはそのうちにな」

「そうですか……」


 兵士の練度もそうだが、ガウルグラートの領地を優先するのにはもう一つ理由がある。俺個人としてはそっちの方がメインなんだよな。


「還らずの樹海の維持については引き続き俺が行おう。訓練がてらやりたい部下がいるのならばいつでも言うと良い」

「いや、それはいないと思うけど……」

「そうか?無心で魔樹を狩り続けるのも乙なものだが」

「いやいや……」


 ヨドインは呪いを放って攻撃するタイプだからか、あまり肉体的な鍛練には興味を示さない模様。ガウルグラートの方は静かに一考している顔だ。

 鍛練として魔樹を処理することは大いに歓迎なのだが、道として綺麗に整備するとなると別に意識を使うからな。細かい整備についてはどこかのタイミングで誰かに任せたいところ。


「カークァス様、日程はいかがなさいましょう?」

「そうだな、現在埋まっている予定は……」


 この先に埋まっている日付を伝えていく。人間界も魔界も月日の数え方は一緒なので、認識としては楽で助かる。このへんはウイラスのおかげなのだろう。

 とりあえず闘技場で試合が行われる日は鍛練も兼ねているので全部埋まっていることにして、あとは冒険者としての依頼をこなす日も確保する必要がある。

 魔王としての活動を始めて、冒険者の依頼を受ける件数が減っている。普段受けられるだけ依頼を受けていた人間が突然人並みの依頼量になったのだ。おかげで受付嬢に体調を心配されてしまう程度には違和感を持たれてしまっている。

 歩合制で働ける魔王業の収入もありがたいが、闘技場通いを安定させるにはやはりいつもの収入源も確保しておく必要があるからね。


「――となると今月で空いているのは七日後か。調整はできそうか?」

「それは問題ありませんが……カークァス様、お休みは取られていないのですか?」

「睡眠時間はまばらだが、毎日きちんと眠っているぞ?」

「……」


 ガウルグラートとヨドインが顔を見合わせている。言いたいことも分からないわけでもないが、違うんだ。

 確かに冒険者ギルドの依頼を朝から晩までこなしているし、闘技場観戦の日はその前後に昂ぶった気持ちを抑えるために鍛練漬けではある。

 だが体力なんて一晩眠れば回復するし、なんなら闘技場の観戦中や冒険者ギルドの依頼をこなしている間には精神面だって回復できている。

 そう、俺は何もしない日がある方が落ち着かないタイプなだけであって、ワーカーホリックとかではないんだ。

 ほら、そもそも闘技場観戦と鍛練は給料が出るわけじゃないんだし、実質休日だって、休日。



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