他所の国にて。

「マリュア=ホープフィー、此度の遠征ご苦労であった」

「遠方での訓練も遠征に入るのですか?」


 ヴォルテリア国大臣、『両利き』のケッコナウ様は静かに笑い窓の外を見る。ちなみにこれは余裕の笑みではなく、言葉に困った時のリアクションだと私は知っている。


「――騎士団の集団行動なんだし、遠征って説明した方が格好良いとは思わないか?」

「思いますけど。川とか水のせせらぎを堪能しながら語られると、それなりに不快です」

「心にゆとりがないな。騎士団長の役目はそれほどまでに君の心を荒ませるのかね?」

「いえ、貴方との会話が基本的に疲れるのです」


 ケッコナウ様は立場的には上司。リリノール騎士団の運営や政治的立場を影で支えてくださっている大恩ある御方だ。本来ならばこういった物言いは御法度なのだが……先輩達の教えで程々に塩対応をしなければ無限に調子に乗ると注意されている。

 最初は半信半疑だったけれど、こうしてリリノール騎士団の騎士として接触を繰り返すうちにそれが揺らぎようのない真実であることを理解できた。

 事情を知らない部下からは、あんまりじゃないか、怒らせてしまうのではないかという声も上がるのだが……そこは心配ない。


「――ふふ、そうか」


 この男、今の対応で少し嬉しそうに顔を赤らめているので色々と救いようがない。顔も良いし、大臣としての能力も傑物クラスなのだけれど、本当に人間性が残念過ぎる。

 もうね、最初にあった頃に惚れかけた私の過去が黒歴史認定になるほどなのよ。


「それで、帰ったばかりで疲れも抜けていないのですが、もう次の任務でしょうか?私はさておき、騎士団の皆は数日動けませんよ」

「そうか。流石は伝説の地、リュラクシャだ。忍耐力だけは見習おうと、他の騎士団も裏では認めているリリノール騎士団をそこまで追い込むとはね」

「できれば表でも認めて欲しいところですね」

「そこはほら、凝り固まった男達の見栄というやつだよ。薄給で命を賭して働く彼らにとっての貴重な原動力だ。内心で舌打ちしながら大目に見てやってほしい」


 誇り高さ、格式ある伝統、この人はそういったものの価値を理解していながらも、心酔していない。有益に事を運ぶための材料として利用するリアリストだ。だからこそ、私達リリノール騎士団の価値を活かすことができ、守ってもくれる。

 そして当人にはその本懐となる志が欠けているので、表立って動こうとはしない。理想の上司ではあるのだが、だが……!


「話を戻しましょう。任務ですよね?」

「そうだね。これは君個人の任務だ。ちょっと単独でグランセルに向かってくれ。その間、部下達の面倒は私が見るので、心配は要らない」

「心配しか……いえ、ありかもしれませんね」


 私の部下の中にはこの男に惚れている子も数人いる。さっさと現実に引き戻してもらった方が、色々と後で面倒にならない気がする。

 リリノール騎士団に有りもしない幻想を抱く者がいるように、この男に夢を抱く部下の目を覚まさせるには良い機会だ。


「君のような人材が増えるのは私としては非常にありがたい。君付き合い悪いからね」

「貴方相手に付き合いの良い人物がいたら紹介してください。近づかないようにしますので」

「そうだね、まず陛下が筆頭だろうか」

「陛下は抜きで」

「――さぁ、君に課す任務の話に戻ろうか」

「いないんですね」

「セイフ=ロウヤという詐欺師の名は聞いたことがあるね?」

「いないんですね」


 セイフ=ロウヤ。世界で指名手配されている詐欺師、もちろん騎士団長である私の耳にもその名は入っている。

 全ての国が仲良しというわけではない。なのにこのセイフという者については全ての国から追われているという立場だ。余程の悪事を働いているのだろうが、不思議とその罪状が不鮮明なのを覚えている。


「セイフ=ロウヤはいるとも。私の友達と同じくらいの数がいる」

「友達一人しかいないんですか。陛下抜きの話ですよ」

「――君という親友もカウントして良いかな?」

「親友とは相互の認知があって初めて成り立つ関係ですよ」

「っ!そうか、すまない。私としたことが……君は親友だよ?」

「貴方の認知が欲しいという意味ではない。もういいです。それで、私にその人物を捕まえろと?」

「いや、君には無理だ」

「じゃあどうするんですか、その人物と親友にでもなれというのですか」

「――ありだな」

「嘘でしょ」

「セイフだが、奴はこの国からある重要なものを奪った。それを取り返してほしいのだ」


 セイフがこの国の重要なものを奪った?そんな話はこれまで聞いたことがない。そういった話なんて、せいぜいこの前に商館に入り込んだ盗人のことくらいだ。その盗人はもう捕まっているし、盗まれた金品も返ってきている。


「何を奪われたのですか?」

「それは秘密だ」

「何を奪われたかも知らないまま、取り戻せと?」

「そうだ。だから君個人に依頼をするのだよ。私が知る限り、君が最も様々な事柄を割り切ることができる人材だ。私自身が身を以て確認できているからね」

「でしょうね」


 詳細を聞き出したいところではあるが、私個人への依頼をする理由を考慮するに本当に内容を伏せたい案件なのだろう。

 普通の騎士ならば、信用がないのだと憤る。普通の冒険者ならば、依頼の内容そのものを訝しむ。暗部に依頼をしないのは……派閥的な理由か。


「これは私が陛下直々に与えられた任務だ。私以外の吐息が掛かっている者には任せられないのだよ」

「吐息言うな。貴方にも掛けられたこと……何度かあった……」

「背後への警戒が甘く、耳の弱い君が悪いのだよ」

「たたっ斬りますよ。いえ、毎度たたっ斬ってますけど」


 ただこの男、『両利き』の異名は伊達ではない。最初は何そのふざけた異名と思ったものだが、本当に色んな面で両利きなのだ。

 利き腕が両腕なのは当然として、内政外交共に優れ、武術にも嗜みがあり、ついでに男にも女にも言い寄る。

 一度動揺のあまり本気でたたっ斬ろうとしたのに、清々しい笑顔のまま剣が防がれた日には、本気で強くなろうと決意した日もあったくらいだ。今ならワンチャンで斬り殺せるのではないだろうか。いやでもこの人、私の剣の師の一人でもあるからなぁ……。


「再度任務の内容を説明しよう。君はセイフ=ロウヤと接触し、我が国ヴォルテリアから奪われたあるものを奪還してほしい。手段は問わない。戦闘の末に拘束するのも良し、話術で交渉するのも良し、色仕掛けで誘惑していくのもOKだ。ただその場合は詳細の報告を頼むよ」

「報告は不要と。了解しました」

「色仕掛けでいくのかい?」

「いかねーです。ほら、話進める」

「奪還そのものはそこまで難しくない。おそらく本人に接触し、返せと言えば返してくれる」


 そんなに簡単に返してくれるものなのに、その正体を私にも伏せる理由とは一体なんなのか。ここまでくると推理というよりなぞなぞだ。あいにく私の不得意分野なので考えないことにする。


「……そこまで言うからには、何かしらの問題要素もあるんですよね?」

「察しが良いね。私のことを頭から足先まで、性格から性癖まで隅々と熟知しているだけはある」

「気持ち悪い言い方しないでください」

「まあ単純な話だよ。世界中で指名手配されている男だ。接触することそのものが最難関なのだ」

「え、でもグランセルに行けと……」

「そこにセイフはいない。いるのはそのセイフの愛弟子だ」

「愛弟子?」

「そう、私と君の関係のようなものだ」

「最悪の関係ですね」

「照れるな、照れるな。あと剣を抜くな」


 深呼吸をしながら剣を収める。この人との会話はいつもこうだ。塩対応してもそこから話がブレ、先に進まなくなる。かといって従順に聞いていると、それはそれで面倒な感じになる。

 遠方帰りだからと今日は午前で仕事上がり、なので午後に色々と予定を立てていたけど、ケッコナウ様に呼ばれたことで全ての予定を白紙にした。理由はこの人と話をしたあとは精神的に疲弊し、色々とやる気が削がれるからだ。


「その愛弟子と接触すれば、セイフに繋がるということですか」

「そうだ。セイフは神出鬼没な男ではあるが、その愛弟子とは連絡を取る手段がある」

「……でもその話が真実なら、世界中の者達が利用するのでは?」

「愛弟子がいることと、連絡を取る手段があること、その両方を知っているのが私くらいなのでな」

「なんで知っているのですか……」

「セイフから聞いた」

「聞いたんだ……」


 ケッコナウ様と世界的指名手配犯のセイフが繋がっている……もうこれ以上の深入りはしない方が良いと本能が言っている。正直セイフのことは知りたくはあるけど、ケッコナウ様の秘密はこれ以上何一つ知りたくないのが本音。


「ちなみに唐突ではあるが、私の腹筋の右上には黒子がある。これは私と君だけの秘密だ」

「その黒子引き千切りますよ、この野郎」


 腐り尽くしても大臣、表情から私の気持ち程度読み解けるのだろう。読み解いた上でこの行動なのだから本当に救いようがない。


「まぁ頑張りたまえ。ちなみにその愛弟子は男で、ど田舎の出身だそうだ。案外色仕掛けでいけばサクっと落ちるかもしれんぞ?」

「いかねーですってば。そのセイフの弟子の情報、他にあるのですか?名前とか、職業とか」

「おや、君の乙女チックな部分が運命の相手のことを気になり始めたかい?おっと、良い突きだ。あと少しで喉を抉られるところだった」

「はよ、情報」

「その人物の名はアークァス。今はパフィードで冒険者をしているはずだ。住所ならばギルドの方に問い合わせれば入手できるだろう。根回しはもう済ませてある」


 友好国とはいえ、他国の冒険者ギルドにまで根回しができる大臣って……。しかしそこまで用意が整っているのであれば、その弟子と接触すること自体は簡単なようだ。

 世界規模で指名手配されている大詐欺師、セイフ=ロウヤの愛弟子……きっと一筋縄ではいかない相手なのだろう。

 ただ自他国問わず、三級以上、通称ゴールドクラスの冒険者の名前は全て覚えているはずなのだが……アークァスという名には聞き覚えがない。

 そうなるとその人物はシルバー以下ということになる。腕っぷしの方はそこまで高くないのではないだろうか。

 油断できない相手とは言え、腕力で勝てる相手ならばまだやりようはあるというもの。腐った上司はいても、これでも私はリリノール騎士団団長なのだから。

 しかしパフィード、冒険者、なんだかつい最近会話に出てきたような気がするのだけれど……はて。


「そうですか。ではさっさと行ってきます。これ以上話していると疲れるだけですから」

「このあと一緒に食事、ついでに一夜を共にでもと思ったのだが」

「ついでで浮気しないでください。奥方に言いつけますよ」

「とうに諦められているとも」


 ケッコナウ様の奥方とは何度かお会いし、話したこともある。奥方はケッコナウ様の話題になると、穏やかな表情で遠くを見つめ、『置物として見ていれば、素敵な方なのよ』と語っていた。


「でしょうね……。あ、ファミリーネームってなんですか?」

「そんなことも知らなかったのか。マエデウスだ」

「それは貴方でしょ……。アークァスですよ、アークァス」

「ああ、そっちか。トゥルスターだ。アークァス=トゥルスター」

「……えっ」


 何気ない質問のおかげで、先程の疑問の正体がハッキリと顕になったのだった。

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