実力を測る。その四

「――楽しかったなぁ」

「なに幸せを噛み締めているんですか。この恐怖の槍男は」


 ヨドインを見逃したあと、更に半日以上掛けて色々とお仕事を頑張ったというのに、ちょっと余韻に浸るだけでこの言われよう。


「普段使わないような槍術や歩法とかで頑張ったんだぞ?」

「なんで普段使わないような槍術や歩法で、あんな不気味な強さが発揮できるのですか」

「真似だよ、真似。確かな実力者から学んだ技だ」

「あんな動きの人間が貴方以外にいるのですか」

「探せばいなくはないと思うが」

「いたら怪談として語られているかと。しかしその言い方ではいないかのような言い回しですね?」

「学んだのは一人からじゃないからな。相手を追い詰める猟師としてのノウハウは当然猟師から学んだし、槍術は闘技場で見た奴の中から樹海での戦闘に向いた奴の技を参考にした」


 別に一人の真似だけをする必要はない。自分で学んできたことを複合させ、一つのスタイルを作り出すことも武の道を歩む上では重要なことなのだ。


「なるほど。そういう意味では引き出しが多そうですね。……ところであの滑るような歩法とか、誰から覚えたのですか?」

「大道芸人」

「なるほど」


 いや、あの人達凄いんだよな。戦闘面のことはほとんど考えていないけど、人の目に不思議なものとして映るような技をいっぱい編み出しているんだから。不気味さとか独創性を表現する上では非常に助かっております。

 今回もそういった人達の技の複合で、あの謎の猟師を演出することができた。実戦でやるのは初めてだったが、洗練された一騎打ちとは違った楽しさがあって満足です。


「それに良い収入にもなったしな」

「どこの猟師が中隊規模の軍隊を奇襲して、全滅させた挙げ句に身包みを剥ぐというのですか」

「皆殺しにするよりはマシだろ?」


 下手な怨嗟を残したくなかったので今回は誰も殺してはいない。ただ奇襲をしておきながら、人的被害が出ていないのは流石に不自然すぎるから、目的を設定する意味で追い剥ぎを行わせてもらったのだ。

 気絶させた黒呪族は数人以外四肢の腱を切断し、身包みを剥いで還らずの樹海の近くに放り捨てておいた。魔力強化さえしていれば十数人単位で運べるとはいえ、樹海の中を何往復もするのは中々良い鍛錬になりました。


「鼻歌を謡いながら気を失った兵士達を運ぶ光景は、傍から見たらホラーでしかありませんでしたよ。しかも目を覚ましそうな兵士がいたら、再度絞め落としていましたよね」

「そりゃあ運搬中に起きられたら面倒だったからな。ま、全員生きて帰れたんだから、儲けものだろうよ」


 流石に再編成されたヨドインの軍が人間界に再突入してくるのは困るので、負傷兵全員を問題なく救助できるようにして、ヨドインにその情報が伝わるようにしておいた。

 村を襲い直すことよりも、二百人近い負傷者の救助の方を優先させる狙いだ。ヨドインもまさか全員生きているとは考えていなかったようで、救助後は再度撤退することとなった。

 そして今、ヨドインが村への侵攻を再開する前に領主達をまとめて魔王城に呼びつけて、ここ魔王控室に至る。


「さっき貴方の思考を読んだので、このあと領主達に何を話すかは概ね察しましたが……よくもまあそんなでまかせを広めようと思いましたね」

「仕方ないだろ。人間界の各国の国力とかとっくにバレてるっぽいんだし。とにかくお前は不機嫌そうに立っていれば良いからさ」


 着替えを済ませ、玉座の間へと向かう。あいも変わらず不機嫌そうな領主達、元気が良さそうなのはガウルグラートくらいのものだろうか。

 そしてヨドインはというと、あれから数日は経過しているだけあって負傷や疲労等は見られない。ただ俺に対して、非常に何か言いたげな顔をしている。


「ちゃんと全員いるようだな」


 今回は俺ではなくウイラスに招集を行わせた。闇属性に変化させたウイラスの魔力で通知を行うと、その違いが現れるらしい。

 俺が呼びつけても何人かは無視しそうだったが、正直これからの話は全領主に共有させておきたい内容なのだ。

 満足気に頷いていると、ヨドインが前に出てきた。言われる前に動くとは、感心感心。


「――カークァスさん、貴方に問いたいことがある」

「もちろん答えよう。その話をするための招集だ。だがその前に、ヨドイン=ゴルウェン。お前が他の領主達に説明を行え」

「……分かったよ。皆は以前の話を覚えているよね?僕はカークァスさんに軍の練度を示すために、還らずの樹海を通り、人間界への侵攻を試みた。還らずの樹海にはカークァスさんが個人で切り拓いた、大隊規模までなら問題なく移動できるほどの道が用意されていたよ」


 その話に一部の領主達の雰囲気が変化した。新たな侵攻ルートが存在することの価値を知っているからこその反応と言えよう。


「その道を僕は中隊、工作兵込で二百の兵を連れて移動を行った。そして還らずの樹海を抜け、人間界にある変哲のない樹海へと入り……面布を付けた槍男と遭遇した。その男は僕等の隊に襲いかかり、結果全滅することになった」


 先程とは違う領主達の反応。こういう反応の違いを見ていると、好みとかわかりやすくていいな。


「どういうわけか、その男は僕等の隊を行動不能にするだけに留め、身包みを剥いで僕等を還らずの樹海の近くへと捨て置いた。……カークァスさん、あの男は一体何者なんですか?」

「ただの猟師だ」

「そんなわけないでしょう!?ただの猟師が魔界の軍勢、中隊規模の精鋭に襲いかかって追い剥ぎを働くわけがない!できるわけがない!」

「落ち着け、ヨドイン。『ただの』とは、立場的な意味での話だ。あの男の実力の話は含まれてはいない。そのへんもふまえ、お前達全員の間違った認識を正しておこう」

「……間違った認識?」

「この中で人間界の戦力を調べた領主はヨドイン以外にもいるな?そして得た結論はこうなのだろう。『今の人間界は過去に見ない脆弱さだ。どの国もまともな兵力を持たず、自分の軍だけでも容易く人間界を制圧することが可能だ』と」


 実際はその通りなのだが、その認識のままでは領主達の気まぐれで明日にでも人間界が終わってもおかしくない。

 少なくとも俺が魔王としてしっかりと全権を握れるようになるまで、ある程度の抑止を働かせておく必要がある。


「人間達が僕等に偽の情報を掴ませていると……?」

「いいや。お前達の調査は正しい。俺も人間界で外れ者として生きてきたからな、それなりに人間界の事情には詳しい。今の人間界は弱い。それに対しお前たちは創生の女神ワテクアの奇跡の恩恵を存分に受けており、力の差は歴然だ」

「――ワテクア様の奇跡の恩恵……」

「各地の領主は歴代最高、何年にも続く大豊作、領地同士の争いの回避の成功、他にも恵まれた状況はいくらでもある。そんな恵まれたお前達に問おう。女神ワテクアはこれほどまでに顕著に環境を整えてくれた。ならば、旧神ウイラスは一体人間界に対していかなる奇跡を与えたと思う?」


 展開する論は、魔界の恵まれた環境がワテクアの起こした奇跡ならば、それに対抗するウイラスもまた何かしらの奇跡を起こしていなければおかしいというもの。

 領主達が確認できているのは、人間界の各国の兵力が著しく低下しているという事実だけだ。

 それも当然。当の本人は偶然の重なりに頭を抱え、こんな男を最低賃金で雇う程度。自分では何一つ奇跡を起こしていないのだ。


『他にも根回しくらいはしてますよ』

「では……あの面布の男は旧神ウイラスの……?」

「ヨドイン、お前はまだ皆に共有すべき情報を話していないな?今お前は俺の言葉に納得をしている。その理由を明かしてみろ」


 いきなりこんな話をしても普通ならば信じられない。だけどヨドインはこの説明を一つの仮説として考えた上でここにいる。その仮説に至るように工作をしておいたのだ。存分に種明かしをしてもらわねば。


「……あの男は僕等を襲っている際、自らの魔力を抑え込み、探知魔法すら掻い潜る潜伏技術を用いていました。ですが一部の部下は、倒される際に奴の魔力を感じ取ることに成功しています。……光属性を多く含む、忌々しい魔力であったと」

『あれって、ただの変装目的じゃなかったんですね』


 ウイラスがワテクアに着替える際に自らの魔力の属性を変化させたやり方で、今回は俺の魔力を光属性に弄ってもらっていた。

 純然たる闇属性を持つ魔族は存在しない。だからこそ彼らはワテクアをワテクアとして認識することができる。

 ならばその逆、光属性を持つ魔力を持った存在を見れば何と考えるだろう。しかもそれが、異常なまでの強さを見せつけてきたとすれば。


「そういうことだ。女神ワテクアが魔界を万全の状態に仕上げたのに対し、旧神ウイラスはどこの国にも所属しないような者に干渉を行った。あの猟師はその一人だ」


 余談ではあるが、光属性になったからといって体調にそこまでの変化はなかった。違いがあるとすれば、魔力を使う技とかに多少の違和感があるくらいだろうか。

 ウイラス曰く、体の魔力の属性が変わると、魔法の構築そのものが結構変わってしまうそうなのだが、あいにくと魔法には縁がないので支障はない。


「……カークァスさんはあの猟師のことを知っていたのですか?」

「無論だ。還らずの樹海に道を造っていた際、人間界の方にも足を運んだことがあった。そこであの猟師とは戦ったことがある。まあ数合打ち合った後、逃げられたがな」

「どうしてそのことを僕に黙っていたのですか?」

「二百そこらの隊を返り討ちにするような、旧神ウイラスの加護を受けたただの猟師が徘徊しているから注意しろと言って、お前は信じたか?俺が言わなかったから油断していた、なんて言い訳はしてくれるなよ。俺はお前に完璧を求めたはずだ。不測の事態を込みとした上でな」

「それは……」


 俺はヨドインに対し『考えうる限り完璧な形で』と条件を示した。ヨドインはそれに応え、斥候を始めとした部隊の編成を徹底して行っていた。信じがたい情報を言われていなくとも、警戒は最大限に行っていただろう。


「ここにいる連中もそうだ。俺の言葉を何割信用するか、分かったものではないからな。ヨドイン、お前には今の人間界の状態を、身を以て体験し報告してもらうことにした。俺の言葉は信じずとも、お前の言葉ならば他の領主も耳を貸すだろう?」

「……ガウルグラートを抑えた理由もそれでしたか」


 ガウルグラートは既にカークァス派。そのガウルグラートが語った事実には俺に都合の良い内容が含まれている可能性が大いにある。そう領主達が認識しないためにも彼には大人しくしてもらったわけである。


「そうだな。あとあの猟師は魔獣くらいなら普通に狩って食らうからな。人間の姿に酷似している黒呪族ならまだしも、牙獣族では食われていた可能性がある」

「魔族を食う……っ!?」

「アレは人間と獣の区別くらいしか見分けを付けない。お前らが追い剥ぎに遭うだけで済んだのは、食い物として認識されなかっただけだ」

「……」

『え、食べるんですか。ちょっとドン引きなのですが』

『食べねぇって。役作りだっての』


 猟師を演出するに当たって、俺はヨドイン達を狩りの獲物として認識しながら襲っていた。魔物だからと嫌悪や憎悪の感情を抱くよりも、そちらの方が襲われる立場として新鮮に感じるだろうと考えてのことだ。


「もっとも、アレは厄介な相手は殺そうとする。お前だけはその対象として認識されていたようだがな」

「――っ、そうですか。……カークァスさん。貴方は先程、あの猟師のことを『その一人』とおっしゃいましたよね?他にもあのような存在が各地にいると?」

「目立った組織に所属していない強者ならば、あと数名は知っている」

「……あんなのが他にも各地に潜んでいるというわけですか」


 各国の有名人とかはそこまでパッとしないけど、探せば人間辞めているような人ってそれなりにいるしな。姉さんもそうだし、ある意味では師匠もそうだ。


「魔界とは逆に、人間界はこれまでにないほどに脆弱になっている。だがそれが旧神ウイラスの仕業だと考えれば、その危険性は分かるだろう」

「人間界の繁栄を限界まで抑え、その対価として生み出した存在……というわけですか。ウイラスの加護を受けた人間といえば、やはり勇者……」

「アレが勇者なら、大した問題ではないのだがな」

「大した問題ではない……ですか」


 いや本当。俺が勇者だったら魔界楽勝だよ。平地とかで正面から数の暴力で攻められたら、流石に俺一人じゃどうしようもないし。二百の軍勢相手を全滅させることができたのも、ヨドイン達の軍が樹海の中で猟師に襲われた時の訓練を行っていなかったからだしな。


『普通そんなニッチな訓練しませんよ?』

「過去の歴史でも魔王軍は旧神ウイラスの加護を受けた勇者によって、何度も阻まれ続けている。質は高くとも個に過ぎないと侮るようなことはしないことだ。人間界に潜む光の加護を受けた者達、その全貌を掴むことがより確実な勝利に繋がると俺は見ている」

「その意見には賛成ですね。ああいった存在は、作戦の前提を後出しで覆してきますからね」

「ではその調査の役目は任せたぞ。ヨドイン=ゴルウェン」

「……えっ」


 ヨドインはキョトンとした顔でこちらを見ている。あとついでにガウルグラートも。


「光の加護を受けた者達の調査をすること、その重要性を領主達の中で最も理解しているのはお前だ。人間界での調査のノウハウもそれなりにはあるのだろう?」

「そ、それはありますけど……」

「それにお前は俺に示してみせたからな」

「……示した?」

「そもそも先日の一件は、お前の実力を測るためのものだと言っていただろう。ヨドイン=ゴルウェン、お前はあの猟師に襲われている最中でも、恐怖に飲まれることなく、自分にできる最善の行動を取り続けることができた。俺はお前のことを十分評価している。剣を投げたくなる程度にはな」

「――っ!……わかりました。その役目、謹んでお受け致しますよ。……借りの方は後ほど必ず。奴にも……貴方にもね」

「そうか、利子は期待しておこう」


 ヨドインは自分がとどめを刺されそうになっていた時、それを妨害するために飛んできた剣が俺のものであることを理解している。

 これ見よがしに手ぶらで現れたんだから、察していなかったらどうしたものかと考えていたが、その心配はないようで何より。

 死にかけた恨みだけを持たれちゃ困るからね。ちゃんと助けた恩義くらいは感じてもらわないと。


『助けたのは私なのですがね』

『いや、元々トドメ刺す気なかったし』


 ちなみに剣を投げたのはウイラスだ。勇者と魔王への干渉しかしないと言うのであれば、俺に剣を投げるのはセーフだよな理論で説得した。わりと良い速度で飛んできたんだが、まあ良しとしよう。


『ですがせっかく命を助けたのですから、もう少し強く支配することもできたのでは?』

『ヨドインは誰かに完全服従するようなタイプじゃないよ。都度恩を売っておけば、その分だけ返してくれるさ』


 ヨドインは自らの有能さを示すことに強い拘りを持っていた。

 自分が優秀なのは当たり前として、自分の周りにも完璧を要求しようとする。ただその完璧とは、ヨドイン自身が導く結果なのだ。

 価値あるものを価値のままに扱うことを美徳としていて、部下の成功も失敗も自分の匙加減次第だと自負している。たとえ役に立たないまま倒れた部下がいたとしても、そのことを自分の責任だと悔やめるのだ。

 部下達を見捨てることに強い憤りを見せ、あとで助けようとする意思さえも見せていた。だから彼の部下達はヨドインに恐怖の感情を抱きつつも、彼のために命を張ることができている。

 これでもう少し部下思いな性格を表に出せていれば、理想的な部下と上司の関係になれたのだろうが……そこは黒呪族の長としての立場。下の者達に寝首を掻かれないための処世術なのだろう。

 黒呪族は陰湿な性格が多いと聞いていたが、ヨドインの性格はジメジメしていながらも、その熱意は高い。

 俺が魔王として有能であることを証明していけば、その下に就く者として、しっかりとサポートしてくれるだろう。

 変に性格を縮こまらせ、従順にするよりも、そのジメッとした熱意を活かした方が良い働きをするに違いない。


「カークァス様!その調査でしたら、是非吾輩も――」

「人間に変装もできない獣風情が何を言っているのかな?これは僕が請け負った任務だ。失敗の種を混ぜるようなことはしたくないね。ああ、全裸で四つん這いになれば愛玩動物として同行させてやることくらいはできるかな?」

「このっ……言わせておけば……っ!」


 ただ協調性の無さはどうしようもないな。こいつはなるべく個人で使うようにしておこう。



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