実力を測る。その一
「それでは本日の魔王座学を始めていきます」
「待って、とりあえず段階的に説明しよう?」
鍛錬を終え、ひとっ風呂浴びて寝室に入るとそこにはウイラスがいた。なんだか知的そうな服装に眼鏡を装備しているのだが、形から入るタイプというのがわかっているのでスルー。
というかもうとっくに就寝時刻なのだ。時間帯というものを考えてほしい。
「この時間にしか家にいない鍛錬中毒者がよく言いますね」
「すみません」
魔王座学ということはアレか。魔王としてやっていく上で、魔界の諸事情を色々学ぶ必要があるということで、人間界にいる内に座学形式で学習の機会を設けようという話なのだろう。
大方牙獣族という脳筋種族の領主を支持者に加えることができたから、次はちょっと根暗な感じの知将とかを仲間に入れましょうとかなんだろうな。多分黒呪族とかそのへん。
黒呪族、その名の通り黒魔法や呪いを得意とする種族だ。別に黒魔法や呪いが専門だからそう呼ばれたのではなく、彼らの特異性がその系統であり、自らの特異性に合致しているジャンルに強いという話。
一般的にはダークエルフと呼ばれる肌の焼けたエルフのような魔族がよく挙げられる。
因子は外見にも影響を与える。ウイラスがワテクアとして肌の色を黒くしたように、彼らの持つ因子が魔力に影響を及ぼし、肌に色を付与したのだろう。
性格は陰湿なものが多いと聞く。人間界での発見例もそれなりにあるが、直接肉弾戦を仕掛けてくるような行為はほとんどない。他の知性の低い魔獣をけしかけ、安全な位置から黒魔術や呪いなどを使用し、場のコントロールを得ようとしてくる傾向が強い。
「……本日の授業はこれまでです」
「あ、ちょっと拗ねてる」
「なんでブロンズ冒険者がそんなに魔物事情に詳しいのですか」
「そりゃまあ、師匠の影響だ。あの人、魔物の出没情報聞くだけで詐欺るチャンスだって出向く人だからな」
人の不幸は蜜の味、実際に金を稼げる要因の一つ。魔物の被害はその魔物の種類によって異なるので、詐欺のプロである師匠はそういった知識も豊富なのである。
「入れ知恵をしようと思ったら、既に吹き込まれていた気持ち、わかりますか?」
「わからなくもない。黒呪族に関しちゃ、元々狙いを定めていたところだ。情報の認識に齟齬がないことが確認できたことはありがたいぞ」
「本当なら各領主の情報を教えてあげたいところなのですがね。遠見の魔法対策とかしっかりされちゃっていますので」
遠見の魔法は、使役した動物などを遠隔で操作を行いつつ、情報を集める事ができるものだ。人間という個を認識される生物よりも、有象無象とみなされる鳥やネズミ、そういったものの方が重要な場所に発見されずに潜り込める。
昔はこういった手段で情報を奪い合っていたそうだが、今ではある程度の対策は当たり前。
散々重要な情報を盗まれていれば、当然といえば当然なのだ。
女神としての干渉が勇者と魔王だけという制約上、女神アイテムにも期待はできない。要するにコレ以上の情報収集は自分の手でやれという話になる。
そういう意味でも黒呪族のような連中を仲間につけることは大いに役立つ。
「問題はどうやって支持を得るかだが……まあ多分それも大丈夫。向こうから動きそうな感じはあったしな」
「おや、牙獣族との戦いにハイになっていたくせに、周りの魔族を観察する余裕はあったのですね」
「降参宣言のあとは冷静になれたもんで」
「賢者タイムというやつですね」
「よくわからんけど、その言い方はやめろ。頼んでおいた名前のリストもらえるか?」
ウイラスから各魔族の領主の名前、種族、精密な似顔絵が描かれている羊皮紙をもらう。これ、手書きじゃないよな……女神アイテムとかだろう。まあそんなことよりも黒呪族……っと。
あったあった。黒呪族領主、ヨドイン=ゴルウェン。詳しい情報はないが、歴史的には目立った戦いもなく領主の座についている。つまるところ、武勇以外の方法で領主の座を勝ち取れた能力があるということだ。
魔界の領主達は基本的に魔王が誕生する周期に合わせて代替わりする。まずは領土内で確固たる地位を確立し、その後他の種族間の優劣を競うというのが例年通りの流れというものらしい。
しかし今回は各領土での領主の決定がどこも迅速に決まり、その異様さに気づいた領主達が互いに『これはワテクア様の加護だ、無駄にしてはいけない』と争うのを止めてしまった。
本当はただ領主達の手際が良すぎただけなのだが、偶然も山程重なれば奇跡を疑う。実際に人間界からみたらはた迷惑な奇跡なのだからたまったものではない。
「ヨドインは領主達の中では比較的、貴方に対する興味が強く感じられましたね」
「そだな。値踏みするような目で見られていたのは覚えている」
利己主義な奴ならば、得があることを納得させれば引き入れることは簡単だ。だが簡単に価値の下がる得では効果が薄い。ここは劇的に印象づけるような方法を考えておく必要がある。
あれだけ値踏みの視線を向けてきたのだ、どこかで何かしらの提案を持ちかけ、こちらの値踏みを行ってくるだろう。それに上手く乗っかってやれば最低限の信用は稼げるはず。
ま、いきなり人間界を攻めに行きましょうとか抜かしたら、先日思いついた軽く後悔するプランでもご案内してやるのだが。
◇
魔王候補であるカークァスとの二度目の謁見。今回はワテクア様のお姿は見えない。そのせいもあってか、周囲の領主達から漂う気配もどこか緩んでいるように感じる。
もっとも、一人だけは前回以上にやる気を出しているわけだけど。
「さて、揃っているな。今日はワテクアもいないし、魔王候補でしかない俺のために決まりを守る必要もない。当面の進行はガウルグラート、お前に一任する」
「はっ!ありがたき幸せ!」
魔王への報告を行うにあたり、領主達の中から進行役が選ばれる。年の日数を十三で割り、その余りの数に一致する序列の種族がその日の進行役となる。
これは各領主達が魔王と対話する機会を均等に設けるための措置だ。だけどカークァスは魔王候補、魔王として扱う必要がないと本人が言った以上進行役を好んで行いたい領主はガウルグラートくらいのものだろう。
「それで、俺の試用期間はどれくらいになった?」
「それが……各領主で話し合った結果……二ヶ月と。……吾輩の力不足です。申し開きもございません」
期間が短ければ短いほど、自らの実力を示す機会は失われる。反対派揃いの領主の大半は短い期間を設け、中には試用期間すら不要、即刻排除すべきだと言い出す者もいた。
その中で肯定派のガウルグラートは十分な試用期間を設けるべきだと熱弁していた。ガウルグラートは武人脳だけど馬鹿ではない。現段階でカークァスを支持しているのが自分だけということを理解した上で、ワテクア様に対する誠意を形として見せるべきだと説いたのだ。
どれほど不満があろうとも、カークァスがワテクア様の選んだ存在であることは確か。その有能性を確かめもせずに拒絶することは、ワテクア様を拒絶することにも等しいと。
「二ヶ月か。領主としての立場、ワテクアへの誠意、言い訳を通すには十分な期間だ」
「しかし……」
「どうせ一ヶ月辺りでまとまる話を、お前が二ヶ月にしてくれたのだろう?それで十分事足りる。なに、どうせ俺に挑んで勝てる者がいなければ、いくらでも延長は可能だ。俺に不満のある者はせいぜいこの二ヶ月で牙を磨いておけ」
仮面の向こうではカークァスが邪悪な笑みを浮かべているように感じる。武術の手合わせでガウルグラートに勝利したからと強気になっているというだけではないようだけど……。
カークァスの魔力量は明らかに低い。洗練された武術もその素質の低さを補うためのものだというのは想像に容易い。魔法や特異性ありき、奇襲なども含めれば僕でも十分に勝機はあるだろう。
だからこそなのか、他の領主達からはカークァスをどこか格下に見ているように感じられる。
二ヶ月後、必ず誰かがカークァスに挑むだろう。それが誰になるか、賭けにしたら一稼ぎくらいはできそうだ。
「それではカークァス様、今後につきましては……」
「反対派の中には俺を値踏みしようとしている者もいるのだろう?話し相手になってやるから、前に出ろ」
おや、そう動くのか。このままずるずるとガウルグラートと仲良し会話を続けるのならば、割り込んで提案の一つでも出そうと思っていたからありがたい。
カークァスも魔王として認められるには、領主達とのやり取りを経なければならない。口も聞こうとしない領主達よりかは、僕のような相手との対話を求めた方が手っ取り早いと理解しているようだ。ならお望み通り、僕が課題を出してあげるとしようじゃないか。
「では僕、ヨドイン=ゴルウェンが」
名乗りながら前に出る。先に前に出ていたガウルグラートが不服そうな顔をしているが、そんなことは知ったこっちゃない。
「黒呪族の領主か。俺を試す良い案でも考えてあるのか?」
「ええ、勿論です。カークァス……さんと今はそう呼ばせていただきましょうか。我々が貴方に求めているのは勿論、我々の軍を統べる魔王としての器。個の戦闘能力など軍略の前には意味を成しません」
「ふむ。それは軍師としての実力を見せてみろと?」
「はい。黒呪族の兵、魔族と魔獣合わせて百万ほど。それを使い、人間界への侵攻の指揮をとってもらいたく」
全軍の数割ではあるけども、そもそも現時点で人間界の戦力の下見は済ませてある。斜め上の馬鹿でもない限り、総攻撃だけで前線の確保は容易に完遂できるだろう。
その先の進軍ともなれば、相応のリスクはあるけども、そこは僕が判断し指揮権を回収すれば良い。
あとはその手腕を見極め、能力の有無を測る。先陣を黒呪族が切り、人間という資源を確保する基盤も先んじて造れる。
勿論これは手柄を黒呪族が独り占めする手段。当然反対の声は上がる。特に全軍を提供できるガウルグラートとかは黙っていないわけだ。
「ヨドイン。貴様っ、そのような提案通るとでも――」
「ガウルグラート。別に否定する分には構わないんだよ?だけどね、指揮能力を確かめるために自らの軍をカークァスさんに貸し与えるなんて真似をできるのは僕と君だけだ。でも君は既にカークァスさんの支持者、協力を惜しまない立場だ。全力で介護された魔王の功績をここにいる誰が認めると思う?」
ガウルグラート、牙獣族の協力を得ればカークァスが人間界の侵攻で成功を収めるのは容易いだろう。それこそ僕と違って全軍を投じれるわけだし、ガウルグラート本人までついてくるのだから。
だけどそれは牙獣族の手柄でしかない。カークァスへの評価は決して上がらない。ガウルグラートが派兵の数を調整しようとも、精鋭を含めるなどして身内贔屓の可能性がある限りは評価の対象に含めることはできない。
「ふむ。とりあえずはこの話、今締め切る形で良いな?他の者も加わるのならば今だけだぞ」
コレは好都合。この場で話が進んだ場合、成功失敗の程度が読めてくる。利口な領主ならば、展開によっては加わろうとするが、話を進める前に参加を締め切ってくれるのであれば、これは賭けとなる。
ここで第三者が僕と同じように派兵すると言うのであれば、その時は分け前を折半する形で委ねれば良い。しかしこの提案はカークァスが実績を収めてしまえば、支持する側に回らなければならないものだ。今ここにいる領主達の中でそこまで腰の軽い領主はいないだろう。
「無論牙獣族も――」
「要らん。これは俺の信用を得るための話だ」
「し、しかし、人間界へと侵攻を行うのであれば……」
「他にはいないようだな。では話を進めていこう」
カークァスは人間界で生きてきた外れ者。なら人間界の現状にはある程度詳しいと考えていい。僕が行っている偵察とそれ以上の情報を知っているのならば、今人間界の兵力が相当に低いことも理解しているだろう。
僕の百万の兵でも問題なく勝てる状況で、わざわざ評価を下げるガウルグラートの兵を取り入れる必要はない。
ただの戦闘狂かとも思ったけど、最低限頭は切れるようで何よりだ。あとはその采配の程を確かめていけば――
「それではヨドイン。まずはお前の能力から試させてもらおうか」
「――はい?」
「人間界に侵攻させることで、俺の手腕を確かめる。その案は構わない。だが、吹けば飛ぶ雑魚を百万集められても困るからな。最低限、お前の軍の力は見せてもらわねばな」
この男はどうやら僕が思っている以上に慎重な性格なのか。魔族一人と他九十九万九千九百九十九の魔獣で構成すれば確かに百万の軍勢だ。低級の使役虫ばかりならば炎魔法一撃で半壊しかねない。この男は僕がワザと弱い軍勢を貸し与え、失敗することを狙っている可能性を危惧しているということか。
「心配せずとも通常編成と見なせる百万の軍ですよ?貴方が思っているような姑息な真似はしませんとも」
「勘違いするな。そこを疑うつもりはない。俺は単純にお前の、黒呪族の兵の練度を見たいと言っている」
ああ、なるほど。黒呪族の兵士の練度や戦闘での使い方を確認しておきたいという意味か。おかしいな。普段ならこんな先走った勘違いはしないのだけれど、話が好調に進みすぎて少し勇み足になってしまっていたかな?
「そういうことでしたか。勿論構いませんとも。ですが私が先に侵攻を行ってしまえば、カークァスさんの出番はなくなりますよ?」
「大規模な侵攻をさせるつもりはない。お前には人間界の村を一つ落としてもらう。手段や人数は問わない。結果だけを見て見極めさせてもらおう」
人間の村を一つ?無理難題どころか、随分と簡単なお題を出してきたものだ。いまいち狙いがハッキリとしない。どうもこの男相手だと普段の思考が噛み合わない気がする。とりあえずは話を進めて確認していくとしよう。
「村……ですか?」
「そうだ。山奥にある小さな村、人口はおよそ百。近くの街との連絡も年に数度あるかどうかの寂れた村だ。そこをお前が考えうる限り完璧な形で落とせ。その結果をお前の能力として評価させてもらう」
大体読めてきた。これは僕個人のやり口を分析するための試験なのか。人口百にも満たない村相手に数多くの兵を出すわけにもいかないし、かといって時間を掛けすぎてもいけない。
結果だけを見るということは、ただ皆殺しにして村を焼き払うのも程度が知れる。
面白い試みだ。確かに僕のように百万の軍勢を貸し与えるよりも、ずっと指揮者としての能力が問われる内容だ。
「ええ、わかりました。私の流儀を見せろということですね。それで、どの村を襲えば良いのですか?」
「人間界の地名は解るのか?」
「密偵に多少は調べさせていますからね。辺鄙な田舎村なら名前を把握していないこともあるかもしれませんが、国の名と近くの街、そこからの方角等を教えていただければ対応できます」
「そうか。村の名前はピリト。グランセルド国にあるパフィードという街、それよりもいくらか魔界に近い場所にある村だ」
ピリトという村の名に聞き覚えはないけど、グランセルドとパフィードについては知識に入っている。だけどそこは確か――
「そこは還らず樹海の先にある土地。まさか僕等にあの樹海を抜けろと言うつもりではないですよね?」
「なにか問題でも?」
あるに決まっている。還らず樹海は植物型の魔獣を使役できる樹華族ですら管理を放棄した狂える樹海。
闇属性に満ちた魔界と光属性に満ちた人間界。その境界線の多くは互いの属性の反発により異常気象や異常現象が多発している。還らずの樹海も、かつては樹華族と袂を分かった魔獣の成れの果てだが、そこからは魔族は一人として生まれていないと聞く。
軍での突破は当然不可能。少数精鋭での突破は可能ではあるが、それならば危険性の少ない地帯を隠密で抜けた方がまだ確実だ。
この男、人間界に暮らしていて魔界の地理を何一つ知らないのではないか。いや、流石に還らずの樹海の名を出した時の反応を見るに、知っていて提案していると考えるべきだろう。
「私の軍は牙獣族とは違い、肉体的な強さに秀でているというわけではありません。戦闘能力は保証できますが、過酷な土地を強引に抜けていくのには向いておりません。よもや無理難題を押し付けて、お茶を濁そうとしているわけではありませんよね?」
「ふん、吾輩の軍ならばたとえ還らずの樹海とて――」
「ガウルグラート。口を挟むな。進行下手くそか、お前」
「――ッ!?も、申し訳ございませんっ!」
今ガウルグラートが自然な流れで罵倒されていたな……。自分を支持しない種族には寛容な態度を見せるわりに、支持者には厳しい言動をするのには何か意図があるのかな?
「ヨドイン。還らずの樹海を何の対策もないまま通過できれば、村を襲えるということで問題ないな?」
「それは勿論ですが……」
「では明日、村の簡易的な地図を含め、資料を用意する。お前は一週間、計画と徴兵を行え。道はこちらの方で用意しておく」
「は、はぁ……」
この自信。何かしら還らずの樹海を抜ける手段を知っているというのか?この期に及んでハッタリを言うことはないだろうけど、それなら興味のある話ではある。
還らずの樹海は死地だ。歩兵は勿論、空を飛んで移動することすらできない。あの樹海の植物は空を飛ぶ魔獣達を誘い込む花粉を空にばら撒いている。鳥や虫はおろか、空の覇者である天竜族ですら嫌悪して迂回する場所なのだ。
それにしても、一週間で用意するというけど、まさかあの無限に再生する樹海を斬って道を切り拓くというわけではないよね。いやいや、いくら剣術に優れているからって、そんな無茶な話はないだろう。ははは。
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