顔合わせ後、これから。
牙獣族の領主、ガウルグラートが想像の斜め上で懐いてくれた。それなりに戦えるところを見せて、並のインキュバスとは違って骨がありそうだと思われるくらいのつもりではあったのだが、やっぱり獣っぽいやつは単純なんだろうか。
「それなりにどころか、肉弾戦最強格の一人を圧倒してたじゃないですか。しかもあの異様なハイテンション、ほとんどの領主がドン引きしてましたよ」
「いやぁ、楽しくてつい」
ガウルグラートの強さは本物だった。あんな逸材、闘技場でもそうそう見れるようなものじゃない。
俺自身が戦いながら、相手の積み重ねてきた経過を把握できるほどだ。手合わせであることを忘れ、つい相手の全力を見たくなってしまっていた。
その結果熱くなり、ちょっとばかり口が達者になってしまったのだが、結果オーライということにしておこう。
いやーあんな逸材と手合わせできたってだけでも、もうこの話受けた甲斐あったなー。もういつ辞めてもいいや。
「就任初日で円満退職しないでください」
とりあえず顔見せも、実力も示したということで、魔王城の方は一旦解散。後日俺がいないところで試用期間の話し合いをしてもらう形となった。
今は俺の家へと戻りつつ、ウイラスにお茶を淹れて今後の相談中だ。
「出だしとしては悪くありませんね。領主の一人が支持を宣言し、他の領主にも貴方の力を示した。この調子でいけば魔王軍を統べることも、そう難しくないのでは?」
「なわけないだろ。脳筋を力で懐かせただけだ。各地を支配する領主が、腕っぷしだけで俺を魔王と認めるかよ」
実力を見せた一番の目的は、実力行使や暗殺への抑制だ。いつまでも貧弱な淫魔扱いでは、いつ寝首をかかれるかわかったものではないからな。
ガウルグラートのような根っからの戦闘民族には狙い以上の成果が出たが、他の領主達が俺に向けていた視線にはまだまだ負の感情が込められていた。
ただあれくらいに戦えることを見せておけば、他の領主も下手な真似はしてこないだろう。
「それもそうですね。猛将もいれば知将もいますからね。領主を皆殺しにすれば済むという話でもありませんし」
「物騒なことを言うなこの女神。領主クラスの特異性相手に、真正面から殺しにいけるかよ」
技や魔法は才能と努力によって取得することが可能な力だ。だが魔族にはそれとは別に特異性という特殊な力があるとされている。
魔族が自らの内に持つ因子、その因子を活性化させることで使用可能になる必殺技のようなものだとか。
当然魔族としての格が高ければ高いほど、体内に宿る因子は強く、それにちなんだ特異性も強力なものとなる。
ガウルグラートの発言からして、あいつの特異性は獣としての本能を解放する類のもの。単純な身体強化系といったところだろう。
だがガウルグラートほどにもなれば、シンプルな特異性でも奥義足りうる効果を発揮できるのは想像に容易い。
もっともシンプルなだけなら、いくらでも対応はできる。問題は呪いを掛けたり、不可思議な現象を引き起こしたりする類の特異性だ。場合によっては初見殺しのようなものもあるのだから、不用意に領主クラスを襲うのはナンセンスなのだ。
「ちなみに領主達の特異性は把握してないんだよな?」
「堂々と公開している者だけですね。心を読むことも、単純な感情の揺らぐ程度までしか読めません。それ以上探ろうとすると、探っていることに気づかれます」
「なら直接手を下すのはなしだな。返り討ちや思わぬ反撃を受けたくはないし」
「仮に殺せても、その配下が素直にこちらに加わることもないでしょうしね」
「それな」
天才揃いの領主達を抜きにしても、魔界と人間界との間にある力の差は埋めがたいものがある。
領主を殺せれば、魔界の軍勢は確かに弱体化するだろうが、その時はそれぞれの種族が俺の指揮下から離れ、独断で行動することになるだろう。
戦力差で言えば、十三の領地のどれか一つにでも本気で人間界に攻め込まれたら、人間界は取り返しのつかない大打撃を受けてしまうことになる。
領主を殺したあと、領民を扇動して仲間に加えることもできなくはないのだろうが、失敗や手間のリスクを考えると領主個人を味方に引き入れた方が御しやすい。
「まあうまいこと時間は稼げているようなので、この調子でお願いします」
「そのつもりだけどな。でも時間稼ぎって実際どれくらい稼げば良いんだ?」
「……さぁ?」
「さぁ?て……」
「私の部下に多少の根回しはさせているのですが。波を起こさずに波を立てろと言われている状況ですから」
ウイラスの言い分も分かる。そもそも現状のままでは人間界は強くはなることはないのだ。
魔王軍の侵攻が始まれば、団結くらいはしてくれるのだろうが、その侵攻開始だけで詰みというのが現状だ。
女神としての直接干渉ができず、間接的な手段しか取れないのだから見通しなど立つはずもない。
「魔界側でも上手いつつき方を考えなきゃな」
「そうですね。魔王としての業務時間に含めますので、色々頑張ってみてください」
「おう。ちなみに業務時間ってどういうふうに集計するんだ?」
「それはこちらを。通称女神給料箱です」
ウイラスがテーブルの上に置かれている金属の箱をポンポンと叩く。小さな金庫のようだが、上部には水晶から加工された板のようなものが貼り付けられており、その板にウイラスが魔力を通すと、板の中に文字が浮かび上がってくる。
「勤務時間……二時間と十八分……十九分に変わったな」
「貴方が魔王としての活動中に時間が加算されていき、累計一時間ごとにこの箱の中に給与が転送されます」
給料箱のつまみをウイラスが弄ると、箱の上部の蓋が開く。中にはこの国の最低賃金、二時間分程度の硬貨が入っていた。
仕組みはさっぱりだが、俺の行動を把握しつつ、それらを自動で集計してどこかの空間から貨幣が転送されるらしい。
「ほー。……この箱を各国にある大規模な組織に売れば、大儲けできるよな?」
「その発想は正しいですが、これはオーバーテクノロジーというやつでして。この世界の人間が自力で辿り着くには数百、数千年は掛かる技術です。魔王である貴方にだけ特別な措置というやつです」
この女神が見せた道具はどれも世間では見かけないものだ。世界の中から条件に適した者を見つけ出す道具、転移魔法を使用できる魔法陣で任意の場所に合図を送る指輪、異空間に繋がる衣装箪笥……正直これらを使うだけでもそれなりの悪巧みを思いつける。
それこそあの任意で着脱可能な角だって、情報を偽って使わせるだけでも中々面白いことが――
「悪い顔をしていますが、私から与えた道具は貴方個人の範疇だけ使ってくださいね。規約にも書いてありますよ」
「覚えてるって」
道具の一つ一つの説明はなかったが、『女神との会話の内容は原則他言無用』とあった。要するにウイラスが丁寧に説明したことについては、他人に話すわけにはいかないのだ。
ぶっちゃけアレだ、俺周りの扱いに自分の手間を掛けたくないから、そこだけ女神にしか使えない力を使って楽しようって魂胆だよな。
「別に二十四時間、貴方の動向を真横で監視しても良いのですよ」
「それは勘弁。便利な物を便利なままで使えるのなら、不満はないさ」
給料箱の中からお金を取り出し、本物であることを確かめる。特に不審な点はない。というより若干使い古されている貨幣だ。出処はいったいどこなのやら。
「ご安心を。私の私財、血で汚れていない綺麗な金ですよ」
「その言い方がちょっと不穏なんだが」
「ほら、たまに私の像と共にお布施をする場所とかあるじゃないですか」
「健康祈願とか、恋愛成就とか祈る泉的な?」
「はい。そこに放り込まれた貨幣を部下に回収させたものです。私に捧げられたお金なのですから、私が使っても問題ありませんよね」
普通そういうのって、国とか教会とかが回収して公共施設の維持費とかに回すものじゃないんですかね。傍目から見たら泥棒なんじゃ。
「小さな子供が、親御さんの健康を祈って投げ入れた硬貨だと思うと、ちょっと使いづらいな」
「お望みでしたら、不埒な願いで放り込まれた硬貨限定にしても良いですが」
「それはそれで嫌だ。何も言わずに寄越してくれ」
こういうのはあまり深く考えちゃダメだ。どうせ闘技場の観戦費用に流れるだけなんだし、気兼ねなく使ってしまおう。そうしよう。金は天下の回り物、使ってこそなんぼなのだ。
「それとこちらをどうぞ。魔界の簡易的な地図です」
渡された地図には魔界全土の様子が描かれており、どの領地がどの種族の管理下にあるのか、また還らずの樹海などの名のある場所の情報などが書かれていた。
「なんというか、人間界の地図に比べカラフルだな」
「人間界に比べれば四属性の魔力の乱れが激しいですからね。特異な地形も多いですよ」
「この印が入っているのは?ここって例の還らずの森の近くだよな?」
「一応その地図、そこの転移魔法陣と連動していまして。移動できる魔法陣には印が浮かび上がるようになっています。そこは貴方のことを調べた際に、還らずの樹海を視察に行った際に刻んでおいた魔法陣ですね」
なんで魔法陣を刻んだのだろうかと少しだけ考えたが、多分俺がしらばっくれた時にここに連れて行って、何かしらの証拠とかを見せつけるつもりだったのだろう。
還らずの樹海の内部には、俺が拵えた小さな活動拠点もあるからな。そのへんを突きつけられたら知らないふりはできないし。
「聡明ですね。貴方が素直に認めてくれたおかげで手間は省けましたが」
「抜かりのない女神だこと。新しい修行地とかは……まあ流石にまだ転移紋は用意できていないよな」
「どこが貴方にとって好ましい修行地になるかなんて、興味すら湧きませんからね。ただ私が同伴するのも面倒なので、近い内貴方個人で転移紋を刻める道具とかを用意します。自分の足で探して刻んでください」
「ま、それくらいはお安いご用だ」
修行地を自分で探すのは、鍛錬における醍醐味の一つ。特に不満などはないし、一度良い場所を見つければ、その後は時間を掛けずに移動できるのだ。そもそもこの女神が同伴していては、心置きなく修行できるかも怪しい。
「魔界での行動や修行等も魔王としての活動に含まれますが、あまり修行の方に専念し過ぎないようにしてくださいね」
「……何?」
「貴方が魔界の地を知ることも、実力を高めることも、魔王の活動として有意義ですからね。ちゃんとお給料は出しますよ。食事や休憩、睡眠時はカウントされませんが」
「……女神かお前」
「女神でしかないですよ」
こんな美味しい話があって良いのだろうか。転移魔法があるおかげで修行地への移動時間が省け、その時間を鍛錬や魔王勤務の労働に充てることができる。
これまでは人気のない樹海の奥まで移動したりするなどで、修行よりも移動時間の方が長いときもあったくらいだ。起きている時間を全て価値ある時間にできるのはかなり大きい。
しかも魔界で修行するだけで賃金が入るのだ。俺は今、人生の幸運の全てを使い切ろうとしているのではないだろうか。
「最低賃金しか出していないのに、そこまで感極まれると変な罪悪感が湧きますね。ですがちゃんと本命の仕事は果たしてくださいね。あまりに度が過ぎると判断されたら、その限りじゃなくしますので」
最初は詰んでいる状況をどうにかさせられる貧乏くじを押し付けられるかと思ったが、この高待遇なら言うことはない。むしろこの環境を維持できるというのなら、魔界の足くらいいくらでも引っ張ってやるとも。
「おう、任せろ!それじゃあ早速還らずの樹海に転移して鍛錬してくるか!」
「そこが機能しなくなったら人間が困ると言ったでしょうに」
「大丈夫、自然回復分だけだから。これ以上は広げないから」
「この責任の感じなさ、魔王に相応しいといえば相応しいですね……」
◇
「し、失礼します!」
小隊長への就任初日、私は上司からある場所へと向かうようにと指示を受けた。そして今、その場所の空気の重苦しさに、声が震えている。
今私がいるのは黒呪族を束ねる領主、ヨドイン=ゴルウェン様がいらっしゃる執務室。
「やぁ、いらっしゃい。ニールエル小隊長。時間通り……いや、少し早いかな?まあそこの椅子に掛けると良い」
ヨドイン様は私の入室を確認すると、ゆっくりと立ち上がり、朗らかな笑顔と優しい声色で私を出迎えてくださった。
私は言われるままに席の傍へと移動し、一礼をしてから静かに座る。その椅子は自分のような下っ端が座るようなものとしては勿体ないほどの良い椅子で、座るだけで体が沈み込みそうな感覚に陥った。
「良い椅子だろう?僕はお喋り好きでね。ついついここに来た部下と長話をしてしまうんだ。そんな彼らを長時間立ちっぱなしにさせるのは忍びなくてね。少しだけ待ってもらえるかな?今飲み物を用意しよう」
「い、いえお気遣いなくっ!」
「ニールエル小隊長、これは気遣いじゃないんだよ。僕はね、この部屋に訪れた者には必ず飲み物を与えるんだ。噂くらいは聞いたことあるんじゃないのかな?」
その言葉に、入隊時に聞かされたヨドイン様の噂話が脳裏によぎる。
黒呪族の領主、ヨドイン=ゴルウェンは過去に何度も不要と判断した部下を自らの執務室で毒殺している。
その時がいつなのかを悟られないために、自らの部屋に来る者には必ず飲み物を出してもてなすのだと。
ヨドイン様は小さく鼻歌を歌いながら、お湯を沸かし、焙煎された豆を機材で挽いている。香ばしい匂いが部屋中に満たされる。まるでこの部屋がこの御方の意思と連動し、私を包み込もうとしているかのようだ。
「いえ、その……」
「自分が普段から飲み物を淹れる道具で毒殺だなんて、後片付けが大変だとは思わないのかな。君はどうかな、相手を毒殺した道具で食事や飲み物を作りたいと思う?」
「……思いません」
ヨドイン様は小さく笑い、手際よく私の飲み物を用意してくださった。出された黒い液体は見た目こそ不安を感じるが、その表面からは心を溶かし込むような優雅な香りが漂っている。
ヨドイン様は同じものを自分の容器にも注ぎ、口をつけながら私の前へと座った。そして少しだけ自分の飲み物の器を眺め、テーブルに置かれていた角砂糖を一つその中へと落としてみせた。
「今日は一つの気分かな。苦いのが苦手なら、そこの角砂糖を一つか二つ入れると良い。匙はそのためのものだ」
「は、はい」
言われるままに角砂糖を一ついれ、ゆっくりと匙で回す。角砂糖が熱い液体に溶ける速度は想像よりも早く、まるで早く飲めと急かされているかのような気分だ。
ヨドイン様の動作は常に見ていたが、毒を混ぜるような不審な動きは見られなかった。今この御方が口につけているのは完全に自分と同じものだ。
先に唾を飲み、覚悟を決めてゆっくりと飲み物を口にする。
「味はどうかな?」
「――お、美味しいです」
口に含んだ瞬間、漂っていたものよりも何十倍もの濃さの香りが口内と鼻を駆け巡る。焙煎された豆の苦味と、砂糖の甘さが絶妙な味の調和を引き起こし、芯の内側から心を解されているようだ。
「飲み物を振る舞う理由の一つはね、少しでもこの飲み物を美味しく淹れる練習がしたいからだ。自分のためだけに淹れると、どうしても雑になりがちでね。こうして機会を利用させてもらっているのさ。ちょっとしたワガママというやつだね」
「な、なるほど……」
「そして君のような小隊長になりたての者を呼びつけた理由だけど、これも僕個人のワガママだ。僕はね、自分の配下のことを少しでも正しく把握しておきたいんだ。その者の性格、能力、好み、できる限りのことを、だ。僕の未来のために働いてくれる者達のことを何も知らないというのは失礼なことだろう?」
「は、はぁ……」
皆のヨドイン様に対する恐怖心、それが私にも伝播し、必要以上に警戒心を持ってしまっていたのだろう。
ヨドイン様は几帳面な御方なのだ。少しばかり神経質にも感じられるが、人の上に立つ領主として下々の者のことを把握しようとする努力を怠っていないだけの話。
「だからね、ニールエル小隊長。僕は君のこともしっかりと調べてある。君が普段隊でどのような功績を収めているのか、どういう状況で失敗をしてしまったのか。仲間からの評価も含め、どうすれば君の能力を最も発揮できるのか……」
「きょ、恐縮です……。わ、私はヨドイン様のことを誤解しておりました。根も葉もない噂に惑わされ、恐ろしい方だと――」
「噂に嘘はないよ?僕はもう何人も毒殺している。ちょうど今君が座っている椅子に座っていた者を、ちょうど今君が使っている器に毒を入れてね」
「え」
もう一口と口に付けていた手が止まる。今この人はなんと言った?聞き取れなかったわけじゃない。言った言葉の意味に理解が追いついていない。
「ああ、心配しなくても今君の飲んでいるものの中に毒は入っていないよ。きちんと洗浄してあるし、そもそも小隊長になったばかりの君を殺す理由もない」
「……」
「後片付けは大変なんだけど、面白いんだよね。皆様々な反応を示してくれるんだ。自分に負い目がある奴とかは特に、さ。この前、黒呪族の情報を他の種族に流そうとしていた奴を毒殺してね。その仲間を探す時に、それらしき連中に同じように振る舞ったものだよ。『裏切り者は、ちょうど今君が使っている器に口を付けて死んだんだよ』って。お仲間はすぐに見つかったよ。だって、自分が毒殺されるって思い込んでいるわけだからね」
「そう……ですか」
「心配しなくても、僕が調合する毒には味がない。今君が美味しいと感じてくれた味のままだ。最後に口にするものとしては素敵な味だろう?君がまともである限り、この味は楽しむためだけのものだ。また昇進したら、その時は一杯ごちそうさせてもらうよ」
同じ笑顔のままなのに、同じ感情のまま話しているはずなのに、ヨドイン様の顔を見るのが怖い。今はもう口にしている液体の味も香りも、全てが分からなくなっていた。
◇
蒼い顔のニールエル小隊長が去ったあと、部屋に潜んでいた暗部の部下が食器の片付けを始めた。
でも僕自身の分には手を付けさせない。やはり自分のことは自分でやらなければ気がすまないというものだ。
そんなわけで自分の食器を運んでいると、暗部の隊長であるハルガナが隣に現れた。
「ヨドイン様、先程の者はどのように?」
「あれは自分からは裏切らないタイプだね。ただ周りの意見に流されやすく、影響を受けやすくもある。良くて中隊長止まりだろうし、適当に寡黙気味な上司の下に付けてあげて」
自分で言うのもなんだけど、黒呪族は陰湿な性格の者が多い。それこそ我欲のためならば、家族だろうが平然と売るような種族だ。
だけどそれが悪いことだとは思わない。自らの地位を高められるのであれば、蹴落とせる相手はどんどん蹴落とすべきだし、裏切っていくことも立派な手段だ。
我欲が高く有能ではあるが、隙を見せれば躊躇なく裏切ってくる。そんな陰湿な黒呪族を束ねるには、徹底した個の把握が必要となる。
出世欲のある者は全て僕自身の頭で把握しておく。先に相手のことを調べ尽くし、僕の地位に迫る器かどうかを見極めておく。
使える間は存分に役立ってもらい、もしも分不相応な我欲を抱くようならば、それが芽吹く前に摘み取る。
大多数は出世欲よりも生存欲を優先するのだから、御し方を理解していればそう扱いの難しい種族ではない。
「ではそのように。ところで、ヨドイン様。先日の領主会談ではどのような取り決めに?」
「とりあえずは二ヶ月様子見ってことになったね。本当は一ヶ月の予定だったんだけど、ガウルグラートが無駄に吠えてね」
カークァスが去って数日後、領主達だけによる会談が行われた。内容はもちろんカークァスの試用期間の決定を含めた、今後についての話し合いだ。
「ヨドイン様もやはり、ワテクア様のご決定には反対で?」
僕は黒呪族の領主という地位で満足している。魔界を意のままにしたいという我欲はあるが、それは魔王として君臨したいという意味ではない。
身内だけでも気を張らなければならないのに、話の通じない脳筋の獣や、悦楽に浸ってばかりの淫魔のような連中にまで神経を割きたくはない。
やるならば魔王に上手く取り入り、裏で操るようなポジションが好ましい。そのためには現状で調べ尽くしている現領主達の誰かが魔王になってくれた方が都合良い。
「僕は他の領主ほど聞き分けが悪いわけじゃないよ。カークァスに魔王としての働きができるのなら、喜んで支持するさ」
だけどカークァスという男は不明な点が多過ぎる。一から調べようにも、悪魔族の領主でさえ知らない外れ者のインキュバスときた。人間界にあの男の情報を探りにいけば、色々と足がつきかねないだろう。
不確定要素の多い存在を魔王として認めるのは、僕個人の性格としてありえない。
だけど反対の意思をわざわざ示すつもりもない。カークァスは少なくともガウルグラートを正面から捻じ伏せるだけの強さがあることを証明してみせた。それだけの力があるのであれば、使い道は当然あるのだ。
「つまりは、お試しになると?」
「うん。そうだね。彼が魔王として相応しいかどうか、それを見極めておく必要はある」
不確定要素が多いのならば、測ってやれば良いだけのこと。他の領主共々、御しやすいのであれば支持することもやぶさかでないし、もしも僕の立場すら脅かすのであれば排除も視野に入れる必要がある。
「承知致しました。何かあればお申し付けください」
「さて、どう測ったものかな。うーん……よし!ちょっと人間界を攻める提案を出してみようかな」
元々魔王が決定した際に、すぐにでも人間界へと侵攻する用意を整えていた。手柄が欲しいと言うよりは、先んじて人間を捕獲したかったからだ。
人間は食料にもなるし、飼いならすことで何かしら役立つものだと考えている。だが天竜族や樹華族が先陣を切ってしまえば、その後には人間だった何かが残る程度だろう。
侵攻を提案し、カークァスがどのような采配を見せるのか。魔王の適性を測るのであれば、十分な提案と言えるだろう。
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