最終話 きみにくるくる
「しゃしゃしゃーす」
放課後、あいさつなんだかよくわからない言語を発しながら部室へ入ってきた大戸に、先にいたカズヒトと環は目をやった。
「ああ、大戸くん、いいところに来た」
環が大戸にそう声をかける。大戸は「なになに?」とうれしそうに応じる。
「まえに、お願いされていた発明があったろう。セッ、セッ、あのあれだ、部屋のやつ」
「ああ『セックスしないと出られない部屋』ね」
こともなげに発音する大戸を、カズヒトはじろりとにらむ。
「おまえはなにを頼んでんだよ」
「いやいやちがうよ!? 実際はセックスしないと出られない部屋じゃなくて、なんだっけ、進展しないと出られない部屋、みたいなやつ。セックス限定じゃなくて、手つないだりキスしたりとか、なんかそういうので出られるみたいなそういう感じのよ」
「そうそう、それだ。かなりアイデアを出すのに苦労してね。部屋といったって、改装するにしろプレハブ小屋みたいなものを建てるにしろたいへんな労力がかかるし、一定程度の強度を確保しないとちからずくで脱出されてしまうおそれもあるし、どうやってその部屋に入ってもらったらいいかの問題もあるし、なかなか現実的じゃないなぁと思ったんだ。
そこで、本質的には『ふたりの行動を制限するもの』であればいいんじゃないかと発想を転換したわけだ。それがこれだよ」
環はふふんと胸をはって、手にもった手錠をかかげて見せた。
「……手錠ですね」
「そう、手錠だ。これなら、手につけるから脈拍をはかるのも容易だし、部屋にぶちこむよりカチッとはめるだけだからお手軽だし、部屋であることで生じていたあらゆる問題を解決するコペルニクス的転回といってもいいほどの発想だ。大いに称賛してくれたまえ」
しゃべりながら環の鼻がぐんぐんとのびていく。カズヒトはあきれていたが、大戸はうれしそうに手にもって聞く。
「うおー安達ちゃんやっぱすごいわ! さすがやでぇ! これ、どうやってつかうの?」
「ごくかんたんだよ。自分と相手の手首にそれぞれはめるだけだ。まあ『進展』の定義づけがむずかしくて、両者の心拍数があがって、距離感などから進展を測定するごく簡易的なものだが、手をつなぐとかキスするとかぐらいなら判定できるだろう」
「えーと、つまり、ドキドキした状態でなんかすればオッケーってこと?」
「まとめられすぎて少々シャクだが、平たく言えばそんなところだ。あと、むりやりのケースでつかわれないよう、『やめて』とか拒否するしぐさを認識して解除されるようにもしてある」
「はー、なんかすごいんですねぇ。でもありがとう! これで彼女との仲を進めてやるぜぇ!」
大戸は満面の笑みで手錠を受けとると、とつぜん「あっ!」とさけんで窓のそとを指さした。
「えっ、なに?」
カズヒトは、環とともに思わずそとを見る。すると「よっ」という軽快な声を発しながら、大戸がカズヒトと環の手首に手錠をかけた。
「えっ、おまえ、なにしてんの?」
「じゃあおれは帰るんで、あとは若いもんどうしでごゆっくり。また今度貸してね~」
手をあげながら、大戸は部室を去っていった。なにをしてるんだあいつは。思ったカズヒトは、ふたりをつないだ鎖を握りながらガチャガチャと手首を引っぱってみる。おもちゃみたいな感じだろうと見立てていたが、思ったより、頑丈にできている。
「えっ、これ、マジではずれないの?」
「いや、さっきも言ったように、解除するのはかんたんだ」
環もあきれているのか、大戸が去った方角をながめながらこたえる。
「ああ、なんか、言ってたな。やめてとか言えばいいんだっけ――」
しゃべっている最中で、環がカズヒトにくちびるを重ねてきた。「ピー」という音が蒸気を発しながら鳴り、「お熱いですねぇ」という機械音声がして、手錠がはずれる。
「ふたりに進展があれば、このようにすぐはずれる」
背を向けながら、こともなげに言った環の耳はやはり赤くなっていた。
とっさのことで、ドクドクと、心臓の脈打つ音が耳のなかでひびく。
くちびるにそっとふれて、はじめてのキスの感触を、指でなぞった。
ちらと見えた環の横顔が、美しくかがやいて見える。
その環はカチコチのしぐさで、帰りじたくの準備をはじめ、ぼうぜんと机に腰かけたままのカズヒトのことを見もしない。ブリキのロボットみたいに歩きはじめたと思ったら、すぐ机にぶつかってよろめく。
カズヒトは思わず笑ってしまった。
――おれはあの日からずっと、きみにくるっている。
「カズくぅん! なにをしてるんだ、帰るよ。はやく来たまえ」
入口のところで、環が壁のほうを見ながらそわそわと待っている。きょうは快晴で、強く、あきらかな光が環の足もとを照らした。
カズヒトは、カバンを手にして、にこやかにたたずむ環のもとへ走る。
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