僕の見ている景色
少年がその現場に着いたのは、夜十時頃だった。夏の星座が空に張り付いている。彼は、星があまり好きではない。
少年は、淡々と過ぎる日々に飽き飽きしていた。取り立ててつらいことがなくても、未来が面倒で、朝が来るのが鬱陶しかった。これといって成し遂げたい夢もない。目的もない。居場所もない。いつ死んでもまあいいか、と少年は思っていた。
夜の散歩中、少年はとあるアパートの前で立ち止まった。カーテンが開いて中が丸見えになっている。よく見れば窓ガラスに血が飛んでいる。
押し入れの戸がずるりと開いた。少年は肩を強ばらせる。セーラー服の少女が、震えながらゆっくり這い出てきた。長い黒髪を肩から垂らした美少女で、恐怖に蒼白した顔は作り物のように美しい。
少女は部屋を見渡して呆然とし、垂れた髪を耳にかける。美しい顔に不似合いな大きな傷が、こめかみに見えた。
少女がそっと部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。手に包丁を持っている。少年は息を殺して観察を続け、やがてカメラを構えた。なんて好機に遭遇したのだろう。慎重にシャッターボタンに指を当てた。
少年の見える角度から、少女の姿が消えた。再び戻ったときには、手に持っていた包丁が血に濡れ、少女の息遣いが荒くなっているのまで見て取れた。
ピピッ、パシャ、と少年のカメラから小さな音がした。
この日よりさらに、十数年前。とある詐欺事件で、容疑者の男が刑務所内で死亡した。あとになって判明したが、これは警察が事件を早めに収束させるために、取調べで恫喝して、自白を強要した冤罪事件だった。真犯人の大槻隆彦は、のちに自殺している。
刑務所で死んだ男の妻には、残されて生きる希望を見出せなかった。幼い息子と共に心中を図り、寝ている幼子に手をかけた。その後、建物の屋上から身を投げて死亡したが、首を絞められたはずの息子はまだ息があり、のちに保護された。彼に残ったのは、父親の遺品のカメラが一台。
それを知って以来、少年は興味に取り付かれた。
自ら命を絶った人は、その家族にまで手をかけた人は、なにを思ってそうするのだろう? 世界がどんなふうに見えていたのだろう? 最期に見る風景は、どんな景色なのだろう?
夢も目的も居場所もない少年にとって、生きている理由は、この興味だけだった。
少女の写真を収めたカメラを持って、少年は音を立てずにその場を離れた。明日のニュースが楽しみだ。少年はニヤリと口元を綻ばせて空を見上げた。夏の星座が嘲笑うかのように、地を這う人間共を見下ろしている。
人は所詮、星にはなれやしない。
少年は口の中で呟いた。
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