小さな儀式

 祖母の葬儀は、とてもささやかなものだった。

 十六年前の少女は一人前の大人の女性に成長し、祖母ひとりを静岡に残して、東京で働いていた。祖母の身体の調子が悪くなってから度々見舞いには行っていた。ついに最期を看取り、ついに彼女は肉親を全て失ったのだった。

 他に親戚はいない。通夜や葬式等は、彼女が準備したとても小さな儀式となった。

 通夜の晩、ひとりの老婆が彼女に声をかけた。

「この度はご愁傷様でした」

 顔を見ても、誰だったか思い出すまでに、少々時間を要した。

「大きくなったわね。一緒に遊んだのは小さい頃だったから、覚えてないかしら。ほら、おばあちゃんの友達よ」

 ああ、そんな人もいたな、と頭を下げながらぼんやりと思い出す。老婆は少し気まずそうな顔をした。

「ええと……こずえちゃん」

 だったわよね、と、彼女は小声で付け足した。こずえちゃんと呼ばれた女は、きょとんと目を丸くした。

「え、こずえ?」

「あ、あら。そうよね。ごめんなさい。失礼したわ。喪主と施主の名前だってちゃんと見たのに。こんなときに人の名前間違えるなんて……」

 老婆は慌てて頭を下げ、逃げるようにその場を去った。

 女は、老婆のやや丸まった背中を見つめながら思った。


 なにを言っているのかしら。

 私の名前は椿なのに。

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