大好きなもの
「椿がいなくなって、もう一週間も経つのね」
少女の祖母は、春先の庭を眺めて言った。少女は、こくんと頷く。
「そうだね。寂しいね」
少女が祖母の下へやってきて半年。彼女はまだ、どこか死んだ目をしていた。
来たばかりの頃に比べれば、まだ表情は豊かになった。しかしそこに貼りつく無理やり作った愛想笑いに、祖母は度々胸を痛めた。少女を受け止めて献身的に支えていたつもりだった。だが、それだけでは大切な孫を救えないと知った。
どうしてあげれば、この子はまた以前のように笑えるのだろう。考えて考えて、辿りついた結論に、もう戸惑いはなかった。
「なかったことにしよう」
「おばあちゃん?」
「あなたはなにも知らないの。事件になにも関係ないのよ。死んだ人は全くの他人だったの。あなたはなにも悪くないのよ」
祖母の皺だらけの手が、少女の肩を撫でた。
「忘れられないよ……だって、私は、あの男を……」
瞳に涙を溜めた少女を、祖母はきつく抱きしめた。
「忘れるんじゃない。知らなかったのよ」
できるわね、という静かな声が半透明の音で少女の耳を擽る。
少女は目を泳がせ、やがてなにか決心したように、無言で頷いた。一度こくんと下げた頭を、祖母は大事そうに丁寧に撫でた。
「全部切り離そう。いっそなにもかも新しく、一から作り直してしまいましょう」
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