正義の味方と嘘吐き少女

 両親を失った少女は、警察署で事情聴取を受けた。

「ええと、篠宮こずえちゃん、だね」

 四十代中頃くらいのその男は、丸い坊主頭を掻きむしって少女の前に座った。蝉の声が喧しい。少女は息を止めて奥歯を噛んでいたが、恐る恐る頷いた。警察官が頬を緩める。

「緊張しなくていいよ。君のお父さんとお母さんを殺した犯人を捕まえるために、ちょっとでも情報が欲しいだけなんだ」

 それでも少女は肩を強ばらせていた。警察官は、少女が落ち着くのも待たず、聴取を開始した。

「お母さんの体には、見えないところにたくさんの打撲痕があった。君、なにか知ってる?」

 いきなりの問いに、少女がびくっと跳ねあがる。

「あっ……えっと……」

 言葉を詰まらせる少女に、警察官はまた、作り物っぽく笑った。

「うんうん、焦燥しきっているところへこんな事務的な聴取をするのは気が引けるのだけどね、君のお父さんとお母さんを殺した犯人、捕まえなくちゃならないからね」

 先程と同じ言い回しを繰り返され、少女はより、体を硬くした。

「……お母さんは、お父さんに殴られてました」

「そっか。お父さんは君の本当の父親ではなかったよね。君は、新しいお父さんが憎かったかい?」

「わ、私は……」

 疑われている、と、少女は思った。頭がぐるぐるする中、彼女は祖母の言葉を反芻した。

『あなたはなにも悪くないのよ』

「私は……」

 肺が苦しくなってくる。手の中に、父親の胸にナイフを刺したあの感覚が、戻ってくる。少女は、声を絞り出した。

「私はやってません」

 一度それだけ口にすると、途端に箍が外れた感じがした。たどたどしくも、はっきりと供述していく。

「事件の日は、静岡の祖母の家にいました」

「そう」

 警察官が乾いた声を出す。

「ところでこずえちゃん。君の部活は?」

「美術部です」

「中学校の先生に、部活で学校に来ていなかったか、聞いてみようか」

「コンクール作品を仕上げてから、祖母の家に行きました」

 自分でも不思議なくらい、少女は滔々と答えていた。一度嘘をついてしまうと、もう、二度も百度も変わらない。

「そうですかあ」

 警察官はまた、丸坊主の頭を掻いた。

 事件は大きく報道され、少女の家庭を知りもしないもの立ちがあれやこれやと憶測を交わしている。世論の中で、少女は被害者として哀れまれ、誰ひとりとして彼女を疑わなかった。

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