ふたりだけの秘密

 祖母の口癖は、「あなたはなにも悪くないのよ」だった。

 初めてその言葉を口にしたのは、少女が警察の聴取を受ける直前だった。

 事件の内容を聞いた祖母は、静岡の地から大慌てで東京にやってくると、魂が抜けたようにぼうっとしている少女を抱きしめた。

「怖かったね、かわいそうだったね、頑張ったね……」

 溢れんばかりの言葉をかけても、少女はフランス人形のような目をして押し黙っていた。何度も何度も少女を撫でていると、やがて少女は口を開いた。

「死にたい」

 事件後に祖母と顔を合わせ、最初に言った言葉が、これだった。祖母はこみ上げてくるものを堪え、力強く言った。

「大丈夫、おばあちゃんが守るから」

 少女の艶のある黒髪を撫でる。

「なにも心配しなくていいのよ。おばあちゃんが、全部なんとかする。あなたが怖いと思うもの、私が全部消してあげるから」

 涙のひとつも流さない少女の肩を強く抱き、そしてはっきりと言った。

「あなたはね、事件の夜は静岡の私の家にいたのよ。夏休みは毎年来てるから、今年もそうだったのよ」

 祖母は少女の肩に手を置いて、少女のぼうっとした目をまっすぐ見た。少女はかくんと小さく首を傾げる。

「行ってないよ、今年は中学生になったから、部活があるから……」

「行ったの!」

 祖母の大声に少女はびくっと肩を弾ませた。祖母は肩に置いた手に力を込めて念を押す。

「私が今言ったことは全部本当だから、警察官にどこにいたか訊かれたら、そう答えるのよ」

 祖母の強い眼差しに、少女は考えることもせず、ぼんやりと頷いた。

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