再会

 それから楓からは何の音沙汰もないまま12月に入り、年末に向けて世間も気忙しくなってきた頃に、栞里のスマホに楓から写真が添付されたメールが届いた。開いてみると、

『松島です、ほら松島です、松島です』というメッセージと、大小さまざまな島が浮かぶ松島湾の写真がでてきた。

『丁寧な芭蕉かよ。じゃなくて、この写真、いつの?』

『さすが栞里。ありがとう』

『今、どこよ?』

 

 楓は、精密検査を受けた帰り、気が付いたら宇都宮から仙台行きの新幹線に乗っていた。検査の結果はまだ分からないが、不安な気持ちが衝動的な行動に移させた。夫には、気分転換に栞里に会ってくると嘘をついた。

 

 仙台駅に着いたのは、午後8時を過ぎていた。大きなビルが建ち並び、驚くほど近代化された駅前の光景は初めての地に等しく、圧倒された。とりあえず、車中で駅前のビジネスホテルを予約できたので、駅構内の店で総菜を買い、ホテルに入った。

 翌朝、楓は一人、松島に向かった。12月の平日の早朝の松島は、土産物屋もまだ開店前で閑散としていた。30年以上前のできごとを思い返しながら、ゆっくりと歩いた。

 5分ほどで円通院に着いた。門をくぐり、拝観料を支払うとすぐ、縁結び観音が見えた。周りには願い事が書かれたたくさんのこけしが、所狭しと置かれていた。3人で来た時に願い事を書いた記憶はなかったが、昔も今も縁結びの神様は人気だな、と微笑ましく思った。せっかくなので、楓もこけしを一体買ってみたものの、縁結びの神様に願うことが思いつかず、そのまま石庭に向かった。

 休憩所の丸窓の向こうに、枯れ木が見えた。一瞬鮮やかな紅葉が見えたように思ったのは、30数年前の記憶がフラッシュバックしたのかもしれない。


 学生だった楓にとっても社会人になりたての伸一にとっても、新幹線代は負担が大きかった。会えない分は手紙や電話で気持ちを伝え合ったが、やはり距離に負けてしまい、いつの間にか二人の関係は終わってしまった。

 そんな儚く淡い恋を、引きずってきたわけではない。ただ楽しいだけで良かった時代を引きずっているのかもしれなかった。

 園内をゆっくり散策してから、マジックを借りて『栞里との腐れ縁が一生続きますように』とこけしの表に書いた。奉納する石棚に置きかけた楓は、ふっと小さく息を吐くと、もう一度マジックのキャップを開けると『伸一さんと再会したい』と、こけしの背に書き込んで、良縁を願うこけしたちのど真ん中にねじ入れた。

 円通院を出ると、そのまま駅の方に戻った。途中、松島の景色をスマホに収め、栞里に写メを送った。すぐに届いた栞里の返信を見て、懐かしいフレーズに少しだけ、涙が浮かんだ。


 次の電車まで20分ほど時間があったので、松島海岸駅の横の観光案内所でいくつかパンフレットをもらった。風も冷たくかなり寒かったが、楓はホームに上がって電車を待つことにした。高台のホームから海側の景色を望めるようにベンチが置かれていたので、そこで待ちたくなったのだ。

 風にさらされながら遠くの景色を見つめていると、無になれた。今は、何も考えずにいられることが何より心地良かった。

 仙台行きの電車が到着し、入り口脇の席に座った。空いた車内で、駅でもらった観光案内のパンフレットをパラパラと見るともなくめくっていた。タウン誌のような冊子のページをめくった時、楓は一つの記事に目が釘付けになった。


【緑の丘プロジェクト 活動報告⑩】

 震災後の復興支援の一環として始めた、緑の丘プロジェクトも五年が経ちました。被災地の周辺の住宅地や学校、道路、津波ではがされた山や森の緑化と再生を願い、たくさんのボランティアの方々の力で、少しずつではありますが緑を増やすことができています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・今後ともご理解とご協力をお願い致します。

             (緑の丘プロジェクト・ボランティア代表 乾 伸一)


 記事の横には、ボランティア全員の集合写真も載っていた。小さくても、すぐに伸一の姿を見つけることができた。ちゃんと生きていてくれた。変わらずに強くて優しい人のまま。楓は人目もはばからず、涙をこらえることができなかった。震災を乗り越えてきた地では、泣いている楓を、怪訝そうに見る人はいなかった。


 一旦、楓からのメールの返信が途絶えたので心配していたが、その日の夜に、直接栞里に電話がかかってきた。昨日、検査の後、急に仙台に向かっていたこと、今朝、松島に行ったこと、円通院で願い事を書いたこと、栞里の芭蕉の突っ込みが嬉しかったこと。二日間のささやかな出来事を話す楓は、この間会った時より明らかに声に張りがあったので、栞里は心底からホッとした。

「でね、最後にすごいもの見つけたの」

「何?何?」

「今、写メ送る。おかげで、私、余命1年でも余命20年でも、ちゃんと生きられる気がする。栞里にも本当に感謝してる。ありがとね」

 少しの間があって、すぐに楓からタウン誌の1ページの写真が送られてきた。さすがの栞里も、一瞬言葉を失った。

「・・・信じられない。偶然見つけたの?すごい再会過ぎて、ちょっと言葉がでてこないけど。でも、楓にしては大胆だった。頑張ったわね!」

「うん、行って良かった。こけし様の威力、恐るべし」

「聞き忘れてたけど、お土産は?」

「もちろん買ってきました」

「もしかして?」

「当然」

「いぬいしんいち?やった!」

「けんこんいち、ね」


 年が明けると、栞里の元に、

『精密検査の結果、余命20年以上になりそうです。今年は絶対一緒に旅行に行きましょう』と書かれた年賀状が届いた。


(一度、思い切ったことをした人は強いな。今年は、乾坤一擲けんこんいってつ、私の番かな)

 新しいレシピを考えながら、栞里は、松島の写真が印刷された楓の年賀状を、指でピンと弾いた。


< 了 >

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乾坤一擲(けんこんいってき) 樵丘 夜音 @colocca108

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