第12話 レッドホットチリペッパーズ
生物にとって最も重要な感覚器官とは何か。
生物が外部環境を識別するために発達させた感覚機能には、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の5つがある。
いわゆる、【五感】だ。
そのなかであえて順位をつけるとすれば、生物学的に一番重要だと考えられる感覚は【嗅覚】ではないだろうか。
その理由として、嗅覚は『こちらからコンタクトしなくてもその存在が確認できる』という点があげられる。
たとえば視覚であれば、対象物が自分の視野に入ってはじめて認識することができる。
暗闇や遮蔽物などの環境に大きく左右されてしまう点は、センサーとしての機能の不十分さではなかろうか。
触覚は、精密なセンサーとしては非常に優れている。だが、当然であるが対象に触れなければならない。猛獣を撫でくり回して、「これはライオンですね」などと言っていては命がいくつあっても足りない。
味覚の場合は、対象物を口に入れる、というこちらからの積極的なコンタクトが必要になる。これはある意味最もリスキーだ。毒物なんぞは口に入れただけでアウトな場合もある。
聴覚は比較的優秀な感覚器官と言えなくもない。音ならば、遮蔽物などに遮断されることが少ないからだ。対象と直接的に接する必要もない。
しかし音とは瞬間的なものだ。音源から発せられたその一瞬を聞き逃してしまうと、その存在を認識できなくなってしまう。
それらを踏まえて、では嗅覚はどうだろうか。
嗅覚は、相手が見えなくても、接触しなくても、一瞬を逃してしまっても、そのにおい物質が空気中を拡散して伝われば、その存在を認知できるシステムになっている。
遠くても、遮蔽物があっても、時間が経っても、対象物を感知することができるのだ。
危険を察知する上での
そして、嗅覚の重要説を裏付けるものとして、においの『レセプター(受容体)』について触れておこう。
生物は各対象に対応したレセプターを持ってはじめて、対象を感知することができる。
人間は、味覚であれば甘味・苦味・酸味などを感知するレセプターを5つほど持っていて、その組み合わせによって味を判断している。
視覚・聴覚・触覚も同様で、それぞれを感知する数種類のレセプターでそれを認識しているのだ。
嗅覚はというと、人間のにおいレセプターの数は、少なくとも数百種類もある。
人間の遺伝子が2万数千種類であるのに対して、その全体の数パーセントを、においに関する遺伝子が占めていることになる。ここまでたくさんの数の遺伝子を用意している組織は、ほかにない。
これらのことから、人間にとってどれだけ嗅覚が大切かがお分かり頂けただろうか。
さて、なぜオレがこんなにもにおいと生物の関連性について滔々と語っているかというと、とどのつまりは現実逃避だ。
「ジョの字! 目を覚ますずら!」
まあ、肉が臭くて食べれないのは、いいのだ。
そういった事情で肉食の文化が発展しなかったのであれば納得がいく。
「おい、異邦人。冗談は顔だけにしないか。一寸の虫にもゴブの魂という御仏の言葉を知らんのか。小さな虫にもゴブリンと同じ魂があるという意味だ。つまり……どうでもいいってことだな」
許せんのは、散々と肉食禁忌宗教論を展開させておいて、結局は肉が臭いから食べられないだと?
「違うヨ!
400字詰め原稿用紙10枚分くらいを使った末に、あんなくだらないオチが待っているとは……!
「やめるだジョの字! それ以上近づけたらその妖精さんが燃えちまうだぁよ!」
「それ以上はいかんッ。妖精とはいえ殺生は看過できん!」
「熱い! 熱いヨ! これ以上は冗談じゃ済まない! 羽が燃える~!」
木の棒の先に括り付けたティン子を焚火で炙りながら、オレは今後の算段を思案することにした。
人が文明を生み出した原点は、火だ。
火は猿同然だった原始人に冬に凍えぬ温かさと、生食に適さぬ様々な物を食す術をもたらした。それによって原始人は栄養摂取のバリエーションが広がり、厳しい自然世界において生存競争に打ち勝ってきたのだ。
つまり人は火を自由に作り出すことによって、猿から人へと進化したと言っても過言ではなかろう。
物を加熱して食す。つまりは調理だ。
文明の誕生である。
つまり今後の算段とは、こうだ。
「つまりはティン子よぉ! オメーを丸焼きにして食えるかどうかを試してみてよぉ! クセェもんが本当に食えたものになるかを試してやろうって寸法だぁ! オレは文明人だから、しっかり炙って試してやんよ! あと散々遠回りさせた腹いせだぁ!」
「いかん! この異邦人、錯乱している!」
「ジョの字! 目を覚ますだ!」
「た゛へ゛な゛い゛て゛よ゛~!」
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【ゴブリン】
緑色の皮膚をした小柄な魔物。
異世界でもゴブリン×猫人の薄い本は鉄板である。なかでも『ゴブリンひげ抜き50連発』は屈指の名作として名高い。
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