第11話 吐き気を催す邪悪

 オレたちは畑に戻ってきた。

 相変わらず、そこは畑が広がる田舎の長閑な景色であった。

 前と違うのは、村人たちは壊れた柵や荒れた畑の修復にてんてこ舞いなところか。肥溜めでも壊れたのか、どこからか糞尿のような異臭が漂っている。


 オレが屠った暴れウシ鳥は畑のど真ん中に放置されていた。

 さもありなん。村人たちはこいつが暴れたおかげで修繕に大忙しだ。死んだ害獣の処理なんぞ後回しにもなろう。


「(ぽりぽり)ジョの字よぉ。(ぽりぽり)なして獣の肉なんて食おうとするんだべか? (ぽりぽり)オラのカボチャじゃあ満足できねえだか?」


 黒ネコのタンゴが炒ったカボチャの種をポリポリ食べながらオレに問うた。緊張感の欠片もない。

 こっちが一所懸命に肉を食う算段をしている横でこの呑気さ。可愛い黒ネコちゃん姿でなければ張り倒しているところだ。だがネコチャンカワイイネェだから許す。


 しかしこの黒ネコ、さっきまで大暴れしていて、自身の命を危機に晒した猛獣を前にしてこの態度とは、案外肝が据わっているな。


「母の言う通りだぞ異邦人よ。(ぱしーん)仏の教えである五戒を知らぬのか。信者が守るべき五つの戒め、不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒の五つのうち、殺生は最も重き過ちだぞ。(ぱしーん)ゆえに殺生肉食なぞもってのほか。(ぱしーん)大日如来様より使命を帯びて渡来してきたにも関わらずそのような事も分からぬとは、到底信じられぬ」


 白ネコのトロが尻尾をぱしーんぱしーんと不機嫌そうに揺らしながらオレに吐き捨てた。言葉の端々がトゲトゲしい。

 こっちが一所懸命に肉を食う算段をしている横でこのトゲトゲしさ。可愛い白ネコちゃん姿でなければ張り倒しているところだ。


 しかしこの白ネコ、さっきまで大暴れしていて自身の命を危機に晒した猛獣を前にしてビビり倒していることに、オレは気づいている。視線がキョドっているし、耳がペタンと倒れている。オマケに母ネコの背中に隠れているし。ビビるネコチャンもカワイイネェ。


 そして今更だが、オレはある重大なことに気付いた。

 白ネコのトロが言う『大日如来様より使命を帯びて渡来してきた』とは、あの自称神様のボケジジイによってオレがこの世界に渡ってきたという意味だろう。


 『大日如来=ボケジジイ』説爆誕。

 つまりは……。


「つまりは最初っから全部アイツのせいじゃねえか! 自分で殺生肉食を禁止しておいてどの口が『お願いじゃー! ワシに肉を食わせてくれー!』とか言いやがる!」

「まぁ落ち着きなよ。神様だって人類がこんなに素直に言う事を聞くなんて思ってなかったんだし。弘法も筆の誤りだよ」


 ティン子がまるでセリフが用意してあったかのように、スラスラと言い訳がましいことを言ってくる。まさか、


「ああぁん!? さてはティン子てめえ、ハナからあのボケジジイが原因だって知ってやがったな!?」

「はてなー!? なんのことだかボクはワカンナイなー! ぜんぶ秘書がやったのかもねー! キオクにございませんヨー!」


 コイツ全然政治家に不向きッ。北島康介ばりに目が泳いでいやがる。


「ちなみに異邦人よ。弘法も筆の誤りの『弘法』とはいわゆる弘法大師、つまり大日如来を祀る真言宗の開祖・空海のことだ」

「そらみろ! 疑惑の点と点が線で繋がったじゃねえかッ! これもう空海通り越してあのジジイが筆を誤ってるだろうが!」

「いやソレは偶然、言葉のアヤだヨッ。ホント偶然って怖い! てゆーか何で異世界で弘法や空海がすんなり理解されてんのさ!?」

「うるせえ! こうなりゃ生意気なメスガキはとことん分からせる必要がある! おいタンゴ、さっきのマンチニールの枝(猛毒)もってこいッ。こいつの×××に〇〇〇して夜通し●△□だッ!」

「ひぃ~ん!」



※※※※※※※



 あー、いい汗かいたぜ。

「どうだ。気が済んだか?」

「おいトロ。お前完全にオレのこと『事あるごとにやらないと気が済まないヤツ』だと思ってるだろ」

「違うのか?」


 トロが軽蔑した眼差しで、ぴくぴくと痙攣してねばつく汁を垂れ流すビンビンなオレのティン子を流し見た。その目つきに思わずティン子の先端に血流が集まり、いっそうと赤黒くビクつくその様子は――


「変な誤解を招く表現やめてヨッ。『恥ずかしがって頬を染めた』って素直に言えばいいじゃないカ」


 ぐったりと横たわるティン子が抗議の声を上げた。やめろ、オレの心を読むんじゃない。

 まあそういう訳で、さっきは勢い余ってマンチニールで夜通し●△□の刑にすると言ったが、アレは嘘だ。流石にそこまでしなくてもいいだろうと思いなおした。

 だから情状酌量の結果、全裸にひん剥いて全身くまなくの刑に処してやった。途中でタンゴが面白がって参加してきて余計に盛り上がりもした。

 むちゃくちゃしてやった、後悔はしていない。


「お嫁にいけないヨ……」

「気にするな。森の妖精は元々お嫁にはいかない」

「ひんッ」


 哀れな妖精は捨て置くとして。

 さて、結局のところ、肉食文化が育まれない原因は肉食がタブーであるという宗教上の理由であることが分かった。

 しかも発端があの天国ジジイというオマケ付きで。

 なんというマッチポンプ。


「てことは、肉食を広めるためにはこの世界の宗教的な戒律を改めさせなきゃいけない訳だ」

「そうだネ」

「もしくは新たに肉食オッケーな宗教を布教して人々を改宗させなきゃいけない訳だな……」

「それでもいいネ」


 オレはガシッとティン子をワシ掴みにした。思い切り振りかぶる。


「……で」

「デ?」

「……で」

「デ?」

「できるかそんなモ「ジョの字よぉ」おおーーん!?」

「ギョエ!」


 ティン子をお空の果てまで投げ飛ばさんとする直前に、ひょっこりとタンゴが顔を出した。

 慌ててブン投げる寸前のティン子を握りしめた。すまんティン子、中身飛び出してないか?


「急にどうしたタンゴ。退きなさい。いまからこの妖精をお空に還さなきゃ逝けないんだ。いや、返さなくちゃいけないんだ」

「ナンカ不穏な誤字ッ」

「いやぁ、ジョの字よぉ。さっきから聞いてっけどなァ。もしかしてオメエはこの暴れウシ鳥を食いてえのか?」


 そう言って、タンゴはおもむろにどこからか鉈のような刃物を取り出した。

 いやホントにどっから取り出したんだ?


「もしかしても何も、始めっからそう言ってるんだが……」

「そうかぁ。それはスマンかったべ。オラ達にはあんまりにも考えられなかったモンで、いまいちピンと来なかったんだぁ。ヒゲがピンとなぁ」


 ちょっとよく分からないネコ語の例えを出されて困惑するオレをヨソに、タンゴは暴れウシ鳥の短い手羽みたいになっている前足を持ち上げた。

 そのまま手羽にむかって鉈を振り下ろす。


「ニャエーーーい!!」


 ドンッと良い音を響かせ、タンゴは見事に手羽を切り落とした。愛くるしい見た目に寄らず、なかなかの腕前!


「ほれ、ジョの字。これ食ってみるべか?」


 差し出された手羽を受け取る。

 暴れウシ鳥の手羽は、巨体のわりには小さくはあるが、それでもオレの腕ほどの大きさだ。


 大きい。大きくはある、が、おおきい、おお、きい、おおぉ


「オぉエエェ~ッ! こいつはくせえッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!! こんな悪臭には出会ったことがねえほどなァーーーッ。宗教で肉食禁止になっただと? ちがうねッ!! こいつは生まれついての激マズだッ!」


 確かにこんなん誰も食いたいと思わんよなァ!




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【ネコ語】

『ヒゲがピンとこない』

梅雨時期にヒゲが曲がってしまい感覚がくるってしまうところから転じて、物事を上手く理解できないようなことを表す。


『尻尾をまく』

犬が尻尾を巻いて逃げるさまから転じて、大きな者でも苦手なモノをみると尻尾が曲がってしまう様子を表す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る