第9話 深淵を覗く時、深淵も、また(を)覗く

「「それを食べるなんてとんでもにゃい!」」


 二人のネコちゃんの悲鳴がユニゾンでシンクロした。

 阿吽の呼吸で、瞬間・心・重ねたことによって共鳴がレゾナンスした結果のハーモニーだ。


 ……ちょっとオレ自身も何言ってるか分からない。


「ちょっと何言ってんのか分かんねぇな」

「自分がだよね!? 自分自身にツッコんでる人初めて見たよ!」


 なんでだよ。ノリツッコミとかあるだろうが。

 そうやって過剰に騒ぐティン子とは対称的に、ネコちゃん達は先程から顔面蒼白だ。

 まさかこの世界では『肉食』がそこまでタブーなことなのだろうか。


 だとすると厄介な事になるな。

 宗教だとか慣習だとかが理由だとすれば、それは肉食を根付かせるのが高難易度のパターンだ。

 肉食文化を広めるには人々の意識改革、果ては宗教改革まで必要になる一大事業な可能性が……。


「ジョの字、オメエなんてことするだぁ!」

「馬鹿者! お前は何を齧ったか分かっているのか!?」


 突如フリーズ状態から再起動したように猛然と騒ぎ立てる二人。

 すごい剣幕だ。


「おいおい、いったいどうしたってんだ? 齧るって何のことだ?」


 喚く二人の視線はオレの持つ生木の枝に釘付けになっていた。

 さっき齧った、祭壇から持ち出した枝っ切れ。

 もしやこれは宗教的に大切なものだったのだろうか。


「ああーっ、早くペッてするべさ!」

「それよりも、いや胃洗浄だ!」


 うがい? 胃洗浄?


 状況が飲み込めずポカンとするオレの横で、ティン子が何かに気づき、素っ頓狂な声を上げた。


「ああっ!? これマンチニールの枝だよォ!」

「まんちにーる?」

「猛毒だヨ! !」

「そういう意味なんかーい! ってオイ! オレ齧っちまったぞ、どうすんだ!?」


 そして、なぜか毒というティン子の言葉を聞いた途端に、猛烈な眩暈と動悸がオレを襲った。喉の奥が焼けるように痛み、酷く息苦しい。

 ぐうっ。いかん、これマジなヤツだ。

 まさか、これがあの、スパシーバ、効果……!


「それを言うならプラシーボ効果だね! でも今回は思い込みじゃなくてホントに毒だからそれは誤用だヨ!」

「オゴー、ティン子……。スパシーバ ザ アブチェーニエ……!」


 わぁ、ティン子……。教えてくれてありがとう……!(日本語訳)


 そう言い残し、オレの意識は泥沼の闇へと沈んでいった。

 これで三度目だからもう慣れっこなまである。



※※※



 都合三度目ともなれば、覚醒さえも慣れっこである。スッキリと目覚めることが出来た。


 意識を取り戻したとき、前回と変わらずネコちゃん達は謎の儀式をしていた。

 まあこれに関しては、次からは医者を呼べと言わなかったオレにも落ち度がある。致し方なし。


 祭壇の上でわずかに目を開けると、ティン子が寝ているオレの胸の上に立って熱心に真言マントラを唱えていた。


「ギャーテイギャーテイ ハーラーギャーテイ ハラソーギャーテイ ボジソワカ!」


 どうやらオレが目覚めたことに気付いてないようだ。


 一心不乱に経を読むティン子をこっそり下から見上げる。

 丈の短いパーティドレスのような装束のおかげで、スカートのその奥、脚の付け根までしっかりと見て取れた。

 ふむ、こやつデリケートゾーンの処理を――


「バカタレー! なんちゅー事をんだヨ! キミはいま、ボクの超えてはいけない一線を越えた! これはもう戦争だヨ!」

「いやいや。そんなに言うならキチンと処理をだな」

「死んじゃえー! えいっ!」


 ティン子の持っていた小さな金剛杵こんごうしょ(両端が三又などになってる短い杖)がオレの目ン玉めがけて一直線にダイブ!

 痛いっ!


「バカ野郎! 失明したらどうすんだ!」

「そんなエッチな目は失明した方が世のためだヨ!」


 ティン子が文句をギャーギャー言い、オレが涙をボロボロ流していると、トロが声をおずおずと掛けてきた。


「どうだ? そろそろ気が済んだか?」

「おい。人のことを、『事あるごとにやらないと気が済まないヤツ』、みたいに言うのやめろ」

「違うのか?」

「違うわい!」


 誰だ、要らん風説の流布をしたヤツは。

 オレはアウトローなヤクザ者な筈なのに。まったくコイツらに関わってると調子が出やしない。


「さぁて、もう終わったズラか?」

「ばかな。タンゴまでらぬ風説を信じてるのか!?」

「なんのこったべ? オラは護摩行は終わったかって聞いたんだべさ」


 そっちか。安心したわ。

 もしタンゴにまで誤解されてたら、諸悪の根源である神様ジジイの目ン玉を金剛杵でほじくり出さんと気が治らんとこだったわ。


「あぁ母さん。いま終わったよ」

「良かべぇ。んだば晩メシにするべぇよ。ジョの字も遠慮せずに食ってってけろ」


 そう言ってタンゴが取り出したのは、見覚えのあるちゃぶ台だった。

 その上に、これまた見覚えのある歪な椀を並べる。そこへ焼いたカボチャが乗せられた。

 そして白湯の入った湯呑みが出される。


 これは紛うことなき神様セット!


 まさかあの白髭ジジイ、あの時からこうなることを予知していたのか?

 計り知れぬジジイだ。神の力というものを少々侮っていたかも知れん。これは貰うもん貰ったらしっかりとジジイを始末しないと安心できんな。


「わーい、食べよ―食べよー。モグモグ……。わー美味しー!」


 コイツ礼儀ってもんを知らんのか。

 オレの心配をよそに、小並感漂う食レポをしながらティン子が無遠慮にカボチャにかぶりついた。


 その様子を見て満足そうな笑みを浮かべたタンゴもトロも食事を始めた。フォークのようなものを使ってパクパクと口に運んでいる。


 なんかここで食べないと、オレの方が礼儀知らずになりそうじゃないか。

 また毒が入ってなきゃいいが……。

 




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ】


哲学者ニーチェ大先生のお言葉。

決してスカートの中を覗いてノーパンかどうかを確かめる時に使っていい言葉ではない。

いわんやデリケートゾーンについての言及に用いるなどもっての外である。





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