第8話 オーン。笑声金剛よ。祓い給え、浄め給え。

オ……、キ……、……タ……

……ン、……テイ、ハ…………


 知らない声に揺さぶられ、闇の淵から覚醒した。


……オン キリキリ バザラ ウン ハッタ……

……オン キリキリ バザラ ウン ハッタ……


 思考は泥沼に沈んだように鈍く、体は鉛のように重い。


「……オン アミリテイ ウン ハッタ……!」

「「……オン アミリテイ ウン ハッタ……!」」


 藻搔くようにまぶたを開ける。

 そこに見えたのは、


「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ・トロトロ・チヒッタチヒッタ・マンダマンダ・カナカナ・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ!」


 見えたのは、知らない……


「「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ・トロトロ・チヒッタチヒッタ・マンダマンダ・カナ――」」


「長えよ!! 長え、とにかく長え! 『知らない天井だ』って早く言わせろよ!」


 我慢出来ずに飛び起きてしまった。


 ここはどこなんだ?

 見知らぬ部屋だ。

 オレは何やら祭壇らしき所に寝させられていたようだ。

 部屋の中心に大きな篝火のようなものが焚かれ、室内には熱気が充満している。


 その篝火の向こう側で、白ネコちゃん、黒ネコちゃん、ティン子がオレを見つめていた。

 いったい何の儀式だ?


 オレの視線に気付いた黒ネコちゃんとティン子が同時に口を開いた。


「「――カナ・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ!」」

「最後まで言い切るな! まったく、結局なんなんだソレは」

真言しんごんだ」

軍荼利明王ぐんだりみょうおうだべ」

「軍荼利明王の真言だヨ」

「急に素直だなオイ、真面目か!?」


 せっかくポエミーに目覚めたかと思えば、馬鹿な真面目軍団のお陰で台無しだ。

 オレがガックリ項垂うなだれていると、白ネコちゃんが前に進み出た。


「無事に目覚めたようだな。異邦人よ」


 そして白ネコちゃんは見た目に沿わず堅苦しい言葉遣いでオレに話しかけてきた。

 ギャップ萌えだ。


「私の名はスローフォックストロット。この村の祭祀を預かる僧侶だ。本山より伝法阿闍梨でんぽうあじゃりの位を授かっている」


 おおん? ちょっと情報量が多すぎて何言ってるのかわからんぞ。


 なぜ謎の儀式をしていたのか。

 なぜネコなのにスロートロットなのか。

 なぜ祭祀とは『神式』の呼称なのに、『仏式』の僧侶を名乗るのか。

 

 理解不能でオレの思考回路はショート寸前だ。


 チンプンカンプンちんちんちんなオレに、黒ネコちゃんが声をかけた。


「旅のお方やぁ、そったらムズカシイ顔をせんと楽にしてけろ。聞けばオラ達を暴れウシ鳥から助けて下すったみてぇで、ありがてぇことズラ」


 黒ネコちゃんは手(肉球)をこすり合わせながらオレを拝んだ。ナンマンダブーとか言ってるし。癒しの波動。


「オラの名前はタンゴといいますだ。こっちの白いのはオラの娘のトロ。旅のお方のお名前はなんていうだか?」

「オレか? オレの名前は名梨野権兵衛だ。ゴンベエとでも呼んでくれ」

「ええっ!? 叙々苑譲之助、通称ジョジョじゃないの!?」

「……オレの名前は叙々苑譲之助。ジョジョとでも呼んでくれ」


 オレはまるで生まれて初めて自分の名を名乗ったような錯覚に陥った。錯覚だよな?


「もーなんでサラッと偽名を名乗るかナー?」

「うっさいぞティン子。安全のためだ」

 

 暗殺者一族が我知らず足音を消してしまうように、オレも無意識の内に偽名を名乗ってしまうのだ。

 日陰者のさがよ。


「それで何の儀式をしてたんだ、これは?」

「暴れウシ鳥に負わされたお前の傷を癒すために、祈祷をしていたのだ」

「護摩を焚いたんだヨー」


 よく分からんが傷が治るように祈っていてくれたのか。でもそういう時にはまずは医者を呼ぼうな。

 そう思わなくもないが、今更言っても詮無いことだ。その気持ちだけありがたく頂戴しよう。

 オレは感謝の意を込めて黒ネコのタンゴの背中を撫でた。


「おータンゴちゃんはお利口だねー。わしゃわしゃしゃー」

「ふにゃ~~んっ」

「おいコラやめろッ。人の母親をなんだと思ってる!」

「ひゃー、娘の前で母親をだなんて、ハレンチだヨー!」


 ティン子に髪を引っ張られるは、白ネコのトロには引っ掻かれるは、なぜだかってたかってタンゴから引き離されてしまった。

 くそっ。まさか異世界では文化が違うからネコちゃんをナデナデ出来ないのか!?


「ええい! 異邦人よ、お前は大日如来様より使命を帯びて渡来してきたのであろう! 私の母さんを手籠めにするのが目的ではあるまい!」


 はっ!? そうだった。

 クソなげぇ軍荼利明王ぐんだりみょうおう真言しんごんを唱えさせている場合じゃなかったな。

 今こうしてアホなやり取りをしている間にも制限時間は刻一刻と迫って来ているのだ。

 なんで白ネコのトロちゃんがオレの事情を知っているのかも気になるところだが、この際それは置いておこう。


「そうだなぁ。ネコちゃんも十分にモフったし、そろそろ本題をやるかぁ」


 言いながらオレは祭壇に飾ってあった生木の枝を一本引っこ抜いて、これ見よがしにそれにかじりついた。

 あたかも骨付き肉にかぶりつくように。


「オレはこの世界に肉を食いに来たんだ。ネコちゃん達よぉ、オレに何でもいいから肉を食わせてくれよ」

「「にゃんだって!?」」


 オレの言葉を聞いたネコちゃん達は驚きのあまり腰砕けになった。

 そして声を揃えて悲鳴を上げた。


「「それを食べるなんてとんでもにゃい!」」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【ネコちゃん一家】

母……タンゴ。黒ネコ。

娘……スローフォックストロット。白ネコ。通称トロ

父……ジルバ。銀色の毛並み。

祖母……チャチャチャ。茶トラ柄。通称チャチャ


名前はすべて社交ダンスのステップが由来。ダンス一家である。





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