第7話 まったくもって合法

「ぶもおおおーー!」


 オレが法務部(ティン子)と著作権訴訟の是非を問うているとき、それを邪魔する存在が現れた。


「ぶももおおーー!」

「ああん? なんだァ、テメェ……」

「なにいってるんダヨー! さっきからアイツが暴れてるじゃんか! このままじゃアブナイよ、ボクらも逃げよう!」

「ああん? そうだっけか?」


 ティン子の言う通り、暴れウシ鳥がその名の違わず暴れ回っている。確かにこのままでは危険だ。

 現に辺りの農夫はとっくに離散している。ティン子なんか我先にと上空へ逃げ出している始末。


 オレも逃げる必要があるだろう。 

 だが……、


「アホウ! オレが逃げたらここで倒れるネコちゃん達はどうするんだ!? オレはここを逃げられん!」


 くたりと倒れる黒ネコちゃんと白ネコちゃん。いったい誰がこんなことを!


「それ全部ジゴージトク!」


 もしオレがこのネコちゃん達を見捨てて、ネコちゃん達になにかあったとしたら、オレは罪悪感に耐え切れず『NPO法人 保護猫サポート団体・にくきゅう応援団』の会長職を辞するに違いない。


 ゆえにオレは逃げん!

 ウシ鳥のごとき畜生には、万物の霊長たる者の力を教えてやるわ!


「よぉし、暴れウシ鳥! 駆除してやらぁ!」

「気をつけてネ? ゼッタイあばれ○しどりって言っちゃダメだかんねっ! いい?」

「そっちの心配かい!」


 気合を入れ直し、オレは畑のなかで興奮し狂ったように走り回るあばれうしど


「だからダメだよォ!」


 すまんすまん。ついウッカリ。

 気を取り直し、改めてオレは畑のなかで興奮し狂ったように走り回る暴れウシ鳥を観察した。

 デカい。

 以前実物を見たことのあるアメリカバイソンと同程度の巨体だ。

 おそらく体長3メートル前後。体重は1トンを超えるだろう。


 あの時はライフル銃を持っていたが、今のオレは無手だ。仕留めるにはちと


 ……仕方がない。アレを使うか。


 オレは肩に担いだ袋から慎重にブツを取り出した。コイツはとびきりの上物だ。おそらくイケるだろう。

 ゆっくりと包み紙を開け、中身を慎重に取り出す。

 一つじゃ足らない。二つ三つと袋を開け、中身をかき集めた。


「今日は、でやるか……」

「あ、あぶり……?」


 オレは懐からライターを取り出し、ブツを火で炙った。

 ライターの火に炙られ、ブツからチリチリと煙が立つ。


「あ、あれれー? なんだろなーコレー? まさかねー」


 オレはその煙に顔を近づけ、鼻から一息に吸いこんだ。独特の香りが鼻腔をくぐり、途端に精神が高揚するのが自覚できた。

 もう一度煙を吸い込む。眠気や疲労感が吹き飛び、頭がギンギンに冴えてくる!


「わーッ! アウトアウト! ちょっと待ってネ! 一旦カメラ止めよーかナー!」


 ティン子が何か騒いでいるが、もう我慢が出来ないッ。

 オレは炙られたブツを一気に口に放り込んだ。

 くううッ。炙られたことで香りと触感が際立ち、いつもとはまた格別の味わいだぜッ。

 全身にエネルギーが漲るッ。これはまさにッ!


「最高に『パイ』ってやつだアアア アハハハハハハハーッ」


 炙りうなぎパイ! 食べずにはいられないッ!


 うなぎパイに配合されたうなぎエキスが炙られたことによって活性化し、嚥下した途端に丹田の辺りがカッと熱くなる。


 心臓が早鐘のごとく動悸し、血流量が一気に増大する。

 そして全身に送り込まれた過剰血流によって、逃げ場を求めた血液が筋肉を強烈にパンプアップさせるのだ!

 全身から汗が吹き出し、体が燃え盛るように熱いッ!


「くうっ!? 流石に4枚は多過ぎたか……」

「いやこれフツーのうなぎパイだかんね! そんな違法ドラッグみたく言ったらダメだヨ!」

「なにを言うか! 現にこうして力が漲っているッ!」

「単にプラシーボ効果ってやつじゃない!?」

「スパシーバ、効果? つまりロシア人にとっては挨拶代わり程度なのか!?」

「ソレよく勘違いするヤツ! プラシーボとスパシーバは全然違うヨ!」


 ティン子め意味の分からんことを言いやがって!!


 ティン子が意味不明の横やりを入れてくる間にも、オレの肉圧はドンドンと高まっていく。

 否が応でも高まる興奮。遂には肥大化した筋肉に耐え切れずに、ブチブチと音を立てて上半身の服がハジケ飛んだ。


 そして下半身はもっと凄いことになっているッ!

 が、詳しい描写は避けよう。どうやらオレにもまだ理性は残っているようだ。


 その残った理性に促されるように、オレは白ネコちゃんが落とした鍬を拾い上げた。

 道具を使う事こそ、畜生と万物の霊長たる人間の差だ。


 さあ理性的にブッ殺してやるよウシ公がよぉー!


「キィイイイエエエエエエエエエェ!!!」


 腹の底から裂帛の気合を込めた声を上げる。

 オレは白ネコちゃんとは比べ物にならない猿叫を辺りに轟かせた。 


「ぶもおおおおーーー!」


 暴れウシ鳥も当然オレの声に気付いたようで、獣声をあげて応じてきた。

 瞬く間に、巨大に発達した後ろ足で地面を蹴りつけ、土を巻き上げながらオレに向かって突進してくる。

 1トンを超える巨体の突撃。荷物を満載した軽トラックと同等と考えれば、その突進力の凄まじさも想像に難くない。

 

 対してオレは八相の構えより高く、天に向かって鍬を突き上げた。薬丸自顕流、『蜻蛉の構え』である。

 そしてオレも暴れウシ鳥に向かって一直線に駆け出した。

 薬丸自顕流の基本にして真髄、それは走りながらの斬撃。渾身の力を一の太刀に込め、その走力をも上乗せして、全身全霊の斬撃を放つのだ!


 迫りくる暴れウシ鳥。頭を下げ、雄々しく発達したその角がオレに襲いかかる!

 刹那、無防備にさらけ出された暴れウシ鳥の眉間へ、オレは一の太刀を振り下ろした!


「チィエエエエエエエィ!!」


 確実に眉間を、頭蓋をかち割った手応え!

 勝った!


 その直後、暴れウシ鳥と衝突し、爆発するような衝撃を受けた。

 オレは意識を完全に手放した。


 そりゃそうなるわな。





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【スパシーバ効果】

有効成分が含まれていない薬剤(偽薬)によって、症状の改善や副作用の出現が見られること。偽薬効果ともいわれる。

これが起こる理由は明らかになっていないが、暗示や自然治癒力などが背景にあると考えられている。








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