第5話 オレの相棒は立派なティンコ

 国境の長いトンネルを抜けると異世界であった。髪の毛が白くなった。


 もしオレが自伝を著すならば、その書き出しはそうしたい。

 川端康成には申し訳ないが、所詮しょせんこの世は弱肉強食。生き残った者が強いのだ。

 著作権? 知らんな!


 さて、オレはいま見晴らしのいい丘の上でゴロリと寝そべっている。

 穏やかな日差し、柔らかな風、小鳥のさえずり、すべてが心地よい。

 呑気に日向ぼっことしゃれこんでいる訳だ。


 見上げれば、晴れ渡った天高い青空に、デッカいトカゲが翼を広げて火を吹いていた。

 間違いなく異世界だな。

 あんな生物が地球にいたらダーウィンが許すまい。


 さてさて、なぜオレがこのように呑気に寝そべって日向ぼっこをしているかと言うと、実は先程からまったく体に力が入らないからである。

 原因は分からない。

 異世界転移の影響だろうか、転移前後の記憶が曖昧なのである。


 とにかく分かることは、体の自由が利かないことだけだ。

 こんな経験は初めてなので上手く例えることはできない。

 が、敢えて言うならば、肉体が爆散して魂だけが異世界転移して、辿り着いた異世界で肉体を再構築したら生命エネルギーが枯渇してしまった、という感じかもしれない。


 まさかそんなこと起きてないと思うが、記憶が曖昧なだけに断言できない。

 そうだ。記憶と言えば……、

 

 『乗車券』、『駅の改札』、『転落』、『見慣れたホーム』、『響き渡る悲鳴』、『迫りくる電車』……うっ、頭が!!


 先程から転移のことを思い出そうとすると激しい頭痛に苛まれてしまうのだ。

 ほとほと困ったものである。


 さらに困ったことに、そうこうする内に眠くなってきた。

 もしかしたら、このまま眠ってしまったら二度と目が覚めないかもしれない。

 それはマズイ。何とか起きておかねば。寝てはいけない。寝ては、いけない……。

 …………。

 ……。



※※※※※※※



 朦朧とする意識の中。

 ペチペチと頬を叩かれる感覚。


 それと同時に口の中に何かを捻じ込まれる感覚。

 なんだ? 誰だ? 何を突っ込んでるんだ?


 だがオレは捻じ込まれたそれを無意識に味わっていた。 


 サクサクとした生地は口のなかでほろほろと崩れ、ザラメのような砂糖粒が歯ごたえのアクセントを加える。そして甘しょっぱいタレの風味が鼻腔をくすぐる。

 ひとつ食べればまたもうひとつ食べたくなる、サクサクの無限ループ。


 オレは次から次へと口に捻じ込まれるソレを、次から次へと頬張っていった。


 捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込まれ、食べ、捻じ込ま――


「口が乾くッ!!」


 流石に喉がカラカラだわ! ったぁ考えろ!

 急速に意識が覚醒し、オレは飛び起きた。


「って、なに!? 体が動く……?」 


 飛び起きたオレの周りには、パイ生地のお菓子が辺りに散乱していた。


「これは、『浜松銘菓・うなぎパイ』!?」


 オレはどういう訳か、うなぎパイを爆食していたようだ。

 なるほど。

 うなぎパイには、うなぎエキスが練り込まれている。『夜のお菓子』と呼ばれるだけあって、精がつくのだ。

 これほどの量を食べれば、仮に生命エネルギーが枯渇していようともそれを補って余りある精力をつけることが出来る……!


 つまり……今夜は、ビンビンだッ……!!


 しかし無意識に爆食していたからか、辺りにうなぎパイが散乱してしまっているのはよろしくない。もったいないオバケが出てしまうぞ。

 幸い乾いた芝の上に落ちただけだ。まだフーフーすれば間に合う!


 オレは急ぎ芝の上のうなぎパイを集め、フーフーしながら口に運んだ。

 ちょっとジャリっとするが、まぁセーフ。


 慌てて集めるそのうなぎパイの中に、何やら緑色のものが混じっていた。草塗れになってしまったか?

 さっきジャリっとしたものを食べてしまったし、今更気にすることないか。

 そう思って、そいつも口に放り込んだ。


「キャーーーーー! ちょっと待ってストップストップ!」


 しかし突然暴れだしたそいつは、オレの口からピョーンと飛び出した。

 

 そいつは一言でいえば、妖精だ。


 リカちゃん人形くらいの大きさ。

 金髪の髪を頭の上でお団子結びにしている。

 背中には透き通る綺麗な蝶の羽。

 可愛い顔をしているが、体型は成熟した女性のそれだ。

 そんな妖精は緑色のチューブトップワンピースを着ている。裾が短くて脚の付け根まで見えそうだ。ちょっと冷や冷やする。


 これはどう見ても、


「ティンカーべ

「わーっと! ダメダメ! それ言っちゃダメ! 気持ちはわかるケド! あそこは版権的に厳しいからそれはダメぇ!」

「いやいや、そんな格好してなに言ってやがる。どう見てもティンカーべ

「だからー! ダメだって本当にぃ! お金取られても知んないよ!?」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」


 緑の妖精(仮称)はそんなことを喚きながらオレの周りを飛び回っている。金色の輝きを振りまきながら飛ぶその様は、やっぱりどう見てもティンカーべ


「こらー! 心の中で言っても分かんだからねッ。もう、ボク怒るよ!?」


 心の中まで読み取るとはなんて横暴な妖精だ。

 思想の自由ってやつを知らんのか。どんな過激でセクシャルなことを考えていても、心は自由の中なんだぞ。


「とにかくっ。ボクのことは、名前を言ってはいけないあの人みたいに、その名前で呼んではいけないんだからっ」


 ヴォルデモート卿みたいなやつだなコイツ。


「で、お前は結局なんなんだ?」

「へへーん。ボクは君を助けるために神様が遣わした御遣いだよッ。アガメタテマツルがよい~」


 えっへん、と胸を張る妖精。生意気にもその谷間が深い。

 オレの視線を感じて、妖精はガバッと両腕をクロスさせた。


「なんかえっちぃ視線を感じたんですけど?」

「幼老大小おっぱいに貴賤はない。人種差別はよくない。おっぱいは偉大だ」

「平等に扱われても全然嬉しくないんですけど」


 まったくこれだからフェミニストは。自分の都合に合わせて女の武器を出したり引っ込めたりするのはよくない。

 だからオレはいつだって男の武器を出しっぱなしにしている。


 そうだ。そこでオレはピンときた。


「しょうがない。お前の呼び名を思いついたぞ」

「えっ? なになに?」

「お前は今日からティン子だ。よろしくな、オレの相棒ティン子」


 こうしてやたら活きの良い妖精、ティンカーべ「こらー!」……のティン子がオレの仲間に加わった。

 こいつはビンビンだぜ。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【ティンカーべ 「こらー! だからダメって言ってるでしょ! もうこんなトコ見てないでみんな帰って帰って!」








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