死者殺しのメメント・モリア 

夢見里 龍/メディアワークス文庫

『死者殺しのメメント・モリア』第1巻試し読み大増量

プロローグ


 死は等しく青かった。



 崩れた神殿のなかで青が、燃えていた。折り重なるように横たわった人々が青いほのおめられ、燃えつきていく。貴族も奴隷も、勝者も敗者も、骨になってしまえばそこになにひとつの違いもない。

 ひつぎはりつけられた幼い娘がゆらりと視線をあげる。

 青ざめたはくせきに霜のようなまつ。血潮にまみれてもなお輝きを損なわない銀糸の髪が、柔らかな頰に散るように張りついている。なみだをたたえた娘の瞳は死地にありながら、あるいは死の際にあるからこそか、たぎるような強い意志を宿していた。

 想いかえせば、娘の側には絶えず死があった。


「願いをいってごらん」


 焰がゆらめき、誘うように娘へとささやきかけてきた。

 娘のそうぼうに映る焰は濁りのない群れた青。彼女のおもう《死》の青だ。

 故人を想う哀悼の涙も、熱がかよわなくなった死者の頰も、一族の喪服も棺も、墓から燃えたつりんも──死はかならず、青をともなう。

 死は青い。

 ならばいま、娘の瞳に映る人あらざるものは死神なのか。


「ふうん、いい瞳だ。気にいったよ。あんたの願いならば、なんだってかなえてやろう。ふくしゆうか、せいか。すべてあんたの望むがままに」


 娘は渇いた唇を震わせ、願いを紡いだ。

 焰のなかに浮かびあがる青き双眸がぐにゃりと歪む。死神が笑ったのだ。


「あんたは愉快だねえ」


 ぱちんと娘を磔にしていたくいが砕ける。地に崩れ落ち、娘はふらつきながらもその傷ついた細い脚で地を踏み締めて立ちあがった。ぼたぼたと娘の腕から血潮が滴る。それでも背筋を伸ばして、彼女はりんと焰を振り仰いだ。


「契約を結ぼう。望みを遂げるまで俺はあんたの従僕だ」


 娘は契約のあかしとして死神に心臓をささげた。


「それでは、しばしの眠りを」


 魔法をかけられたように娘の意識が緩やかに落ちていく。それから娘は死んだように眠り続けた。五十年にも及ぶ長き眠りを経て、彼女は時を渡り死を巡る永遠の旅人となる。

 すべては、たったひとつの望みを遂げるために。



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