少女と少年 幻想と現実

第1話 退屈すぎる世界

 鋼と硝子の塊でできた大きな築物と、所々で隙間を流れたり混じり合ったりして輝いている小さな粒。

そしてあたしは今、見たことない幻想的な世界にいる。ものが魔法じゃない何で動いている。まるで奇跡か神様の不思議な力が、あたしの周りを取り巻いている。

 あの空飛ぶものは、どうやって浮いているのだろう。黒い地面の上を走る金属のものは、どうして坂を上がれるのだろう。そのどれにも、「魔力」がないからあたしを混乱させる。

 いったいどうなっているのか、未知のそれらがあたしの背中を押す。さあ、一歩前へ、と。

その気持ちの高ぶりに答えるために、あたしは力強く立ち上がり、たかった……

 「あっ……!」

不思議な光景に気をとられて、建築物の上にある塀に座っていたことを、忘れてしまった。

 どうしよう。なんとも言えない浮遊感と、上へ吸い込まれる風景。背中に風が強く吹いている。いや、吹いている、ではなくあたしが突っ込んでいる、のか。

 唐突に迫ってっ来る感覚があたしを包み込む。一瞬の出来事なのに、驚くほど冷静に、それでいてゆっくりと考える余裕がある。

 人生って随分と呆気ないものなのかもしれない。あたし、まだ16歳だよ。来月誕生日だけど。第二次成長期の少女だよ。エントロピー止められるよ……。

 ……どうしてだろうか、ゆっくり動いて見える。何もかもが。空を飛ぶものも、黒い地面を走る金属のものも。そして実感する。お母さんの顔が浮かんで、あたしに手招きをしている。未練たらたらで、認めたくないけれど現実はそう甘くなかった。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。聞き慣れた鐘の音だ。お仕舞いが幻想的な場所なのが、せめてもの救いと思ったが、やっぱり毎朝聞いていた鐘の音は強く心に染みる……んっ?鐘の音……毎朝……。


 「あたし、生還っ」

目を覚ますと、あたしはカーテンを締め切って薄明かるい壁に睨まれていた。ふわふわの毛布にお気に入りの人形。間違いなくここはあたしの部屋だ。

 「あー。何か凄い夢だったなぁ。魔法の代わりの不思議な力がある世界って、こんな退屈すぎる世界と違って相当楽しいだろうなぁ」

そんなことを呟いても、返答する声なんてどこにもない。眠いうえに寒いから、お布団と結婚したい気分だけれども、起きなければ今日は始まらない。

 あたしは人差し指を布団から出すと、くるくるさせて短い文章を小さく呟く。すると優しく布団が舞い上がり、あたしは起き上がる。ベッドから降りると、今度は手を子招くように下にさげる。すると、とたんに力が抜けたようにバサっと布団が落ちた。

 こうする方が、布団を綺麗に保つためには楽なんだけれど、寝起きでの魔力消費は疲れる。

 この後はご飯を作って、洗濯機回して、登校する。いつもながらに面倒臭いし魔力の消費も考えないと。

 あたしは鏡を見ながらポーチのジッパーを開ける。右手で髪をまとめると、左手で輪ゴムを取る。髪を輪ゴムに二三度絡ませて、髪をまとめていた手の甲でサッと解す。透き通る白に、若竹色の髪止めで締める。

 お気に入りのポニーテールを作ったところで、軽快なステップで別室へ足を運ぶ。右手の棚から小鍋を取って、蛇口に手をかざす。水はぐんぐん溜まっていき、三分の二ほどになってから、小鍋を両手で持つ。

 魔力を消費するから、ご飯はもちろん魔力量が多く入ってる食材を選ばないと、後々困るし、お昼まで余裕がなくて倒れたくない。この前、ダイエットで魔力摂取量減らして倒れた子がいたし、健康はやっぱり重要だ。

 

 あたしは食事を終えると、食器を食洗機に丁寧において、そことは反対の方向にあるクローゼットへと向かった。

 お気に入りのパジャマの裾の両端を、腕を交えながら上に上げる。露になった柔らかいお腹の、そこある小さなくぼみは桃のような可愛らしい色をしている。そしてグレーのスポブラに包まれた膨らみは……無いに等しかった。まだ16歳だから、大丈夫だよね……?

 ハンガーから黒色のローブとブレザーを外して、それを身に纏う。ローブの裏地は、薄紫をしている。制服が地味だと言う人もいるけれど、あたしは可愛いと思う。変形とか飾りもアリなんだし。

 着替えが終わると、明るい黒褐色のショルダーバッグを肩掛けて、ローブと同系統の配色の三角帽子をかぶって玄関の扉を引く。


 三角帽子の先にぶら下がっている、星の飾りがちらついている。

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