十八話 本当の気持ちなんて、誰にもわからない。
「はーい、じゃあある程度班ができたら塊になって座って!」
榊原の言葉で、みんなが席を立って、予め決めていたであろう友達とすぐに束になっていく。
「俺たちは二人でいいよな?」
席を一歩も動かない僕の前に石川がきた。僕は石川に首を縦に振った。
「新、石川、よろしく」
すると、当然のように米村先生が僕らの前に来た。
「なんですか、よろしくって」
「ここの班二人だろ? だから私はここ」
さっぱり何を言っているのか分からない
「榊原、私はここでいいよな?」
先生は黒板の前にいる榊原に、片手を口に添えてかなり大きなボリュームで聞いた。
「そこ何人ですか?」
「二人」
「大丈夫です!」
榊原はにこやかな表情で先生に言った。
「担任はクラスで一番人数の少ない班と行動することになっているから、私はここだ」
「いやですよ」
「私も高校で一回しかない生徒の修学旅行に介入したいわけじゃない。でもうちの高校は堅苦しいから、そういう融通が効かないんだよ」
「米村先生が他の班に行ったらウェルカムなんだけど、新のこの顔見てくださいよ」
本当に嫌だ。修学旅行までこの人と一緒にいたら、絶対ろくな事が起きない。
「どう足掻こうと私はこの班だろうから、ドンマイ」
先生が僕の肩をポンポン叩いてきて、僕の顔はさらに歪んでいく。
「じゃあ二日目の班別行動の道を決めてください。終わったら三日目の自由行動の内容も決めてもらって大丈夫です」
三泊四日の修学旅行。二日目まで京都、三日目から大阪。なんか移動が激しい気もするけど、班別行動と自由行動で見る場所を被らせないためなのだろう。
「新決めようぜ」
「勝手に決めちゃっていいよ。二日目も三日目もどうせ石川とだろうから」
「ごめん、三日目は先約いるから、新は他当たって」
「女か?」
「そゆこと」
「いいじゃないか、新! 私とデートだ。楽しもうじゃないか」
「⋯⋯石川、恨むから」
石川はそんな僕に手を合わせて、へなへなと謝ってきた。
「二日目は決めちゃっていいよ」
「三日目は先生について行くんで適当にお願いします」
僕は二人の表情など、素知らぬ顔で外に目をやった。
外子さんと新一のことが頭にチラついて、何にも集中ができない。
「外子さんってどういう人?」
生徒会室でいつもの世間話のようなテンションで聞いた。
「なんかお姉ちゃんみたいな? 優しくて、目配り気配り思いやりがすごいできてるイメージかな」
顎にペンを立てて、少し考えてからスラスラ言った。
「何で?」
「あー、いや、昨日話して、いい人だなぁってさ」
「そうでしょ? 私の家族だもん」
「琴さんも外子さんもみんないい人だよ」
唄はこんな人たちに囲まれていて、本当に幸せ者だと思う。じゃあ、何で琴さんの前であんな顔するんだよ。って言いたかった。唄の中で琴さんと外子さんの差って何だよ。
「新曲リリースもうすぐだね」
そんな踏み切ったこと聞けるはずもなく、話を逸らした。
「そうだよ! ちゃんと聞いてね」
「再来週だよね?」
僕の言葉に唄は「あー」っと言いながら目を泳がせた。
「違かった?」
唄は何か苦しい顔で、数回言おうとしてはやめてを繰り返した。
「これ言っちゃダメなんだけど、サプライズで今日の二十時にYouTubeで発表するから、ちゃんとその時間に待機しててね」
「何それ、誰が提案したの?」
「⋯⋯桐谷さん」
何となくそんな予感がしたし、そんなことしていいのか。
「大丈夫? 炎上とかしない?」
「ファンのみんな騙すみたいで嫌なんだけど、言うこと聞くしかないからさ」
あの人の名前を出すと、唄は急激に元気を落とした。
もう、いいよ。辞めちゃいなよ。とか言いたいし、この一言を唄が受け入れてくれれば唄を苦しませるものの一つも取り除けると思った。でも、それを言っても言うことを聞いてくれる唄が想像できない。
「無視してみたら?」
僕が今できる精一杯の誘導をしようとした。
でもやっぱり「いやぁ」と、苦い表情で返された。
「まあ、タイトル好きだし、僕は楽しみにしてるよ」
家に帰ってから、風呂に入って、ご飯を作って、食べて、宿題やって、皿洗いをして、歯を磨いて、としていたら気がつくと二二時を回っていた。いつもなら電話がかかってくる頃なのに電話もなくて、時間の確認を忘れていた。
不審に思いつつも、YouTubeを開いて、USのアカウントをタップした。本当にアップされていた。動画を押して、広告が流れた。最上部にあるコメントが見えた。
<ずっと思ってたんだけど、高校生ですごいって言われてるけどmそんなアーティストAdoで十分だし、こういう意味わかんないことして、調子乗るんの目に見えてた〜>
背中がゾワッとした。嫌な予感がする。恐る恐るコメント欄を開いた。それと同時に新曲の『星泣き』が流れた。
「何だよ、これ」
ほとんどが曲ではなく、USの人格否定のようなコメントで溢れかえっていた。しかもそれに対して、いいねがたくさんつけられている。いくらスライドさせても、誹謗中傷のような言葉ばかりだった。
「満天の星に輝いた
君の涙が星になった。
冬の夜空に消えていく。
君の背中はもうない」
やっぱり悲しい歌詞から始まった。
YouTubeを閉じて、唄のLINEを開いて電話マークを押そうとした時、スマホが鳴った。知らない番号からの電話だった。
「何だよ、こんな時に」
普段ならすぐ切るのに、なぜか出た方がいい気がした。本当に理由はないけど、出てしまった。
「住永麗美です。新くんの携帯でよろしいでしょうか?」
「は、はい」
母の姉だ。なんだ、こんな時に。
「今、大丈夫?」
「長くならなければ」
早くしてくれ。一分でも一秒でも早く唄に電話したい。そんな気持ちでこんな数秒ですら何十分にも感じた。
「妹が、亡くなった状態で見つかったの」
「⋯⋯だから、何ですか。僕にとっては赤の他人です」
「本気で言ってるの? あなたの母親よ!」
「知らないですよ、そんなの。もう切っていいですか?」
「そうよね。ごめんね」
ツーツーとそこで電話が切れた。
あとは、唄に電話をかけるだけ。――だけなはずなのに。指が震えていて、心臓がざわついた。顔すら知らない、他人の死だぞ。テレビのニュースで報道されているのと何ら変わらない。そう自分に言い聞かせても唄に声をかける気にはなれなかった。
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