第十七話 ただ、その瞬間を全力で。

「なんて話だった?」

 唄は戻ってくると隣に座ってきた。

「特に何にもないよ」

「具合悪い?」

 その言葉に笑顔を取り繕うとしたが、口角が言うことを聞いてくれない。

「今日は帰ろ」

 肩を軽く殴られた。

「ゲーセン行くの!」

「え、なんで」

「何言われたかはわからないけど、それとこれとは話は別! 今日はせっかくのズル休みなんだから遊ばなきゃ!」

 唄の顔は晴れていた。こんな暗い僕に対しても変わらず、彼女なりに励まそうとしてくれたんだと思う。

「琴さんに心配かけられないから夕方には帰るからね」

「うん!」


 僕自身もあまりゲーセンの経験が無くて、自動ドアが開いた瞬間に漏れ出した騒音に思わず耳を塞いだ。

「いや、入りずらいねここ」

 唄は引き攣った笑顔をこっちに向けてきた。そして引き返そうとしたから腕を掴んだ。

「ここに来るのに結構時間かかったんだ」

 僕も気は乗らなかったけれど、唄を引っ張って仲間で連れ込んだ。

「何やる?」「あれは?」唄が指差した方にあったのは太鼓の達人だった。

「あれ難しいんじゃない?」

「私を誰だと思ってるの?」

 唄はどこから湧いてくるのかわからない自信に満ち溢れているようだった。

「負けないぞ」

 バチを握りしめる表情は素人そのものだった。一曲目は『さくらんぼ』。

「ほら、新くん来るよ!」

 やっぱり全然上手くできなくて、難易度も鬼だったから叩いている最中やぶれかぶれだったりしたけど、隣で楽しそうに太鼓を叩く唄を見ていると、そんなのどうでも良くなった。二人とも結果は酷かったけれど、そんなことより楽しかった。

「次は、あれ!」

 次はUFOキャッチャーを指差した。

「取れないよ」

「やってみなきゃわかんないよ」

 渋々百円を入れて、トライした。何かアニメのキャラクターのぬいぐるみだろうか。意外にも持ち上がって、声が出てしまった。でもやっぱりアームが弱くされているのか、すぐに落っこちた。

「次は私!」

 取れないと分かりつつも、少しの希望を抱いてしまう。僕みたいにまた持ち上がった。唄は「みてみて!」とぬいぐるみを指差した。ぬいぐるみが天井に差し掛かった時に衝撃があって、アームからずるっと落ちた。と思った。そしたらタグがアームに引っかかってぎりぎりで耐えた。「え!」声が漏れた。スーッとその不安定な状態で穴まで運ばれて落とされた。

「⋯⋯取れちゃった」


 他にもホッケーやバスケットボールのシュートを競うものや、ゾンビのシューティングゲームをやった。唄は意外とビビりでゾンビに対して本気で騒いでいた。ヒーローみたいに唄の方に行ったゾンビも僕が倒した。マリオカートもやった。泥試合で、コンピュータにすら負けたけど、逆ワンツーフィニッシュで、ある意味熱戦と言えるかもしれない。


「あれ撮ろうよ」

「プリ⋯⋯クラ⋯⋯」

 これはハードルが高すぎる。

「ほら、もう時間一七時だし、琴さんのためにもそろそろ帰らないと」

「だから、最後に撮ろうよ」

 唄は僕の袖を引っ張って、プリクラを指差し続ける。

 もう一度確認した。やっぱりあれの中に入る勇気は持てない。

「ねえ、お願い。こんな経験中々できないの」

「⋯⋯わかったよ」

 僕が折れるのをわかっていたようで、まんまと嵌められた。

 中に入ってからはすぐだった。真っ白な空間とカメラのレンズのようなものがあって、どこからか女子のような機会音が聞こえた。どんどん指示をしてきて、そのお題に合わせてポーズを取った。唄は女子だからなんとなく様になっていたけれど、僕はぎこちなくて、上手くできない。そんな僕を見て、唄は笑った。【最後は二人でハート作ってね!】上からそんな事を言われた。

「無理だよ」

「いいからほら!」

 僕が拒んでいると、カウントダウンが始まった。

「早く手を出さないと!」

【三! 二! 一!】

 僕は手を震わせながら、唄の左手に右手を合わせた。

 少しして、プリントアウトされた写真が出てきた。全部微妙な僕の写真。隣の唄は様になっていて、やっぱり不釣り合いだった。

「ありがと! 大切にするね」

 最後に撮ったハートなんて、片方が歪すぎて、ハートに見えない。

「僕も大切にするよ」

 それでも隣で笑う唄が見ていて、とても嬉しかった。

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