第12話 あたし家出する

●あたし家出する


「疲れたぁ~」


 部屋に戻るなり、ネル様はドレスを脱ぎ捨て肌着姿でベッドに突っ伏した。


「今の風邪は長引くよ」


 布団を蹴飛ばした幼児に掛けるように毛布で隠すデレックに、


「あんた、お馬鹿だけど気が利くわね」


 ネル様は意外と素直にお礼を言う。


「大体なぁ。そんなんじゃ百年の恋も冷めちまうよ」


 確かに色気も何もない。しかし実際、ネル様はよくやったと思う。

 ネルは漸く6歳。現代日本で言えば幼稚園の年長さんから小学校一年生に当たる。

 この歳で、横に居合わす僕達まで赤面するような恥ずかしいセリフを延々と聞かされ、お手を許し、大人の男性からも真顔で告られたのだから。


「ネル様、結婚するの?」


 それによって僕にも影響が大きいから、敢えて聞いてみた。


「少なくとも男の子達は論外ね。てんでお子ちゃまでお馬鹿だし。あれじゃまだ、あんた達の嫁に成る方がマシだわね」


 僕はモノビトだし、デレックは乳兄妹。つまり聞くだけ野暮って話になる。


「大人の人も居たけれど……」

「まあまあとは思うけど、女慣れし過ぎ。ああ言うのに限って、何人も愛人抱えてるに決まってるし」


 ネル様、ちょっとそれは耳年増。


「あたしとお母様くらい年の離れた愛人とかだと。二、三十年奥を仕切られてしまうだろうし。成人した庶兄が沢山いる家に生まれて来る嫡男なんて、お家騒動の元にしかならないわよ。その心配が無いって言うなら、部屋住みの次男や三男とかだろうし」


 メイド達のアレな噂話とか、聞いて来たんだな。


「嫡流長男は男爵公子の二人だけだ」


 話を聞いて来たデレックが言った。


「ネル様は嫡流長女だから男爵継嗣だと家格は釣り合う。

 残りだけれどロンディニーム子爵公子が次男。ミハラ伯爵公子は三男だけれど兄達に子供が居ないからまだ跡継ぎの目もあるし、官僚として中央の刀筆の貴族とのコネもある。

 タチバナ伯爵公子は側室腹だけどお年を召された正室に男子が居ないから、政治の駆け引きで養子が入らない限り継嗣は固いと思う」

「そんな人達が、何で男爵の娘のあたしなんかに求婚するのよ」


 不機嫌なネル様。


「目論み通りに行かなかった時に備えてかな?」


 僕がぼそりと口にすると、ネル様は大きく、


「はぁ~っ」


 と、ため息を吐いた。


「とんとん拍子に進んだら、何されるか判らないわね」


 警戒を強めるネル様。


「案外、ネル様みたいな歳の女の子が好きなのかもな。大人の方は」

「デレック! 勘弁してよ。……そりゃ当て馬にされた挙句、よろめきをでっち上げられて離縁とか斬首とかより、本当に愛してくれるだけましだけどさぁ」


 一般に継承順位は、嫡流男子・庶流男子・嫡流女子・庶流女子の順で、それぞれの中では年齢順。

 嫡流女子のネル様の継承順位は低い。但しお家騒動の展開次第では、ネル様の嫡流の血は庶流男子の継承に対する対抗馬足り得る。妻に娶れば、夫に継承レース参加のチャンスがあるのだ。


「どこも嫡庶が厄介なのよねぇ。うちも同腹のフィン兄様の上に、会った事無いけど庶兄のアイザック兄様がいるし。そのアイザック兄様が結構兵を養っているらしいのよね」


 普段話題に出ない家族の話。

 幼い頃からガキ大将だった庶兄が、農地を継げない領民や家を継げない家臣の次男三男の悪ガキを子分にして、狩りや遠駆けや川遊びをしているのだと言う。


「ああ。それは北の開拓地に運試しに行く為だと専らの評判だぜ。魔物の領域を開拓して村落を作り、皇帝陛下に献上して封じて貰えば、だれでも弓の貴族になれるからな」


 魔物の跳梁跋扈する未開地を切り開いて拠点を創った後、農地の持てない厄介や、都市ではうだつの上がらぬ貧困層に土地を与え入植させる。そして荘園運営が軌道に乗った所で皇帝陛下や中央の有力者に献上してから、改めてその地の領主に任命して貰うのだ。名目上の主への年々の貢ぎ物と交換に。


 中央官僚の刀筆の貴族からは野蛮人と蔑まれても、同じ爵位なら、親から引き継いだ者より自ら興した者の方が尊敬を受けるのが弓の貴族の習い。その実現が難しいからこそ尊ばれるのだ。

 家を継げぬネル様の庶兄が目指しているのは、こうした自立の道であろう。


「村一つなら騎士爵がせいぜいだが、規模によっては男爵以上になれる」

「へぇ~」


 僕が感心すると、


「確か法律上は辺境伯までは成れた筈よ。そんなの建国の英雄クラスじゃないと無理だけど、子爵や男爵位までならお金次第で不可能では無いわ。スジラドは知らなかったでしょ?」


 とネル様が胸を張る。


「アイザック様のお母上・メイ様はさる侯爵家の先代が村娘に産ませた庶長女だ。だから拠点設立にさえ成功すれば援助はあるだろう。なんたって、新しく自分配下の貴族を創れるんだからな。創れるなら騎士爵より男爵の方が頼りになる」

「その他の方法が結婚だもん。おチビのあたしにあんなおべっか使うなんて、頭が透けて見えちゃうよ」


 吐き出すようにネル様が言い、そして沈黙が訪れた。


 小一時間後。

 ベッドに横たわり暫くぽけーっとしていたネル様が、唐突に口にした。


「決めた! あたし、家出する」

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