第11話 猫かぶり
●猫かぶり
膨らみ袖と藤細工の詰め物で広がった裾。纏うドレスは鮮やかな
見事なカテーシーの礼を取り、
「お父様、そして若様方。ごきげんよう」
『うわぁ。一体全体、何匹猫の毛皮を被っているの?』
普段の忙しさからは想像も付かないおっとりした速さで、挨拶するネル様。
「姫は息災か?」
他人行儀な父も父。互いに距離のある言葉を交わしながら挨拶を終えると、ネル様の父君が連れて来た男の子三人と二人の青年を紹介する。
「故あって同道願った。右からバッティン男爵公子・ロンディニーム子爵公子・タチバナ伯爵公子。そしてブルトン男爵公子にミハラ伯爵公子だ」
一斉に礼をするお客様。なんだかクサ過ぎて見てる方が恥ずかしくなる。
「男爵様。本日はどのようなお話で……」
デレックがネル様を代弁する。
「なぁに。ネルに婿殿を連れて来たのよ」
まさかの結婚話だった。
『ネル様凄い。少しも顔色を変えないや』
僕は口を開かないが、抗議するようにデレックが言う。
「男爵様。ネル様はまだほんの子供にございますが」
下の三人はネル様と同じくらいの子供だけれど、口ひげを蓄えたミハラ伯公子なんぞは三十路に近いしブルトン男爵公子も
「問題ない。王侯貴族の結婚は家同士の同盟だ。時には四十路を過ぎた男に首の据わらぬ乳飲み子が嫁ぐこともあるのだぞ。尤も、例示の話では毎夜床入りで肌を合わせるとも、実際に契りを成すのは十数年後の話となろう。逆では子供が望めぬ故、側室に産ませた子を正室の養子に迎えることになるであろうがな」
ネル様が結婚? 僕とデレックは固まった。
●宝剣
宝剣の守護者はネルの婿の証。ネルの父親が持ち込んだ宝剣はエッカート館の礼拝堂に安置されていた。
宴の途中で抜け出してここを訪れた三人の求婚者。
宝剣の鍔より先は、光沢のある黒地の上に巻き付くように竜の姿が描かれ、美しい金の金具や宝石で飾られている。
「これが御婆様の剣……」
バッティン男爵公子は、そっと手を伸ばす。
「……やめようよ」
ロンディニーム子爵公子が口を挟むが、気にせず男爵公子が手に取って剣を抜こうとするが、柄と鞘が一体化して作られているようで、びくともしない。
「貸して見ろ。……抜ける訳も無いか。やっぱり飾りの宝剣だな」
試みて抜けぬ男爵公子から剣を受け取り、手に取って検めるタチバナ伯爵公子。
宝剣は推定刃渡り七十二センチ。相応しき者だけが抜ける剣と言い伝えられているが、実際には柄と鞘が繋がっている代物で、武器では無く権威の象徴の飾り物のようだ。
「やれやれ。何をしているかと思えば。抜け駆けの積りか?」
三人の男の子の親父より年上の求婚者・ミハラ伯爵公子が鼻で笑った。
「だからどうした!」
喧嘩腰の伯爵公子。
「御婆様の剣を見に来ただけです!」
吠える男爵公子。
子爵公子を除く二人が睨みつけても軽く往なされるだけで相手にもされない。
「嫁を娶る積りなら、もう少し落ち着かれるが良いだろう。女と言う生き物は、見た目よりずっと大人なのでな。子供っぽい言動は呆れられるぞ」
歳も上背も、力や腕っぷしも、財力や貫禄も。知恵も知識も伝手さえも、そして社会的な権力も何一つ敵わない大人の貴族。肝心のネルの反応ですら、ツンと澄ましたお義理対応だった自分たちと比べ、モジモジさせたり頬を赤らめさせたりと見事なものだ。
同じ大人でも、気持ち悪い程の親愛を示してネルを引かせていたブルトン男爵公子と比べても、何歩も先を歩いている。
少なくとも男の子達にはそう見えた。
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