第10話 お客様

●お客様


 パチっ! コン!  パチっ! コーン!

 鍛錬の音が空に響く。こうして剣術を続けるうちに、いつしか僕もネル様も六歳になった。

 今日も、杭に向かって師匠が叩く所を突く訓練をしていると、門の方が騒がしい。

 音からすると濠に跳ね橋が渡されたようだ。


「ネル様ぁ~!」


 呼びに来たのはメイドのお姉さん。えーと名前は……。覚えてない。

 薄情? とんでもない。普段から奥様の家来って感じで全然付き合いなんてないし、向こうも僕の名前など憶えちゃいないだろう。他人が持ってるお皿の一枚一枚に名前があったとしても、名前を憶えている人など稀だってことだ。

 少しスカートを持ち上げ、肩を揺らしながら駆けて来たお姉さんは、良く息が切れていないなって感じでこう言った。


「ネル様にお客様です。お父君と他家の若様達がお見えになりました」


 型稽古の手を止めたネル様は、いや彫像のように固まったネル様は、息を十五回する間動かなかったが、


「……お父様? お父様が来たのリサ?」


 まん丸く瞳を開いた。

 ああそうだ。リサさんだ。


「はい。ただ今ご到着致しました。大至急お着替えを」


 女の子の支度には時間が掛かる。大至急と言いつつそこから優に三十分。髪と身体を洗われ、普段はしない丁寧なブラシ。顔はバターと瓜の花粉でほんのり白く唇に紅を差したその顔は、普段のヤンチャからは想像もつかないレディに見えた。


「……」


 あ、デレックが固まってる。顔が耳まで真っ赤になって。


「嘘だ。……嘘だ嘘だ嘘だ!」

「なによぉ!」


 睨みつけるネル様。


「誰だよぉ! ヤンチャが過ぎて、親父にしょっちゅう『吊るし餓鬼』にされてるネル様とは思えねぇ」


 乳兄妹だけに遠慮のないデレック。でも、今のは酷い。


「ぎゃあ!」


 靴の尖ったヒールで思いっきり足を踏まれたデレックの悲鳴。


「南無……」


 世の中には、本当でもいや本当だからこそ言ってはならない言葉がある。心無い一言がネル様を、ヒロインならぬヒドインにさせてしまった。


「デレック。スジラド。あんた達も来るのよ。と言うか、来なさい。誰か二人を着替えさせて」


 僕もデレックも逆らえなかった。


 左右に帯剣した僕達を従えたネル様が、お客様の前に顔を出したのはそれからさらに十分後だった。


●五人の求婚者


「済まぬ。まだまだ子供でな」


 客を待たせることになったカルディコット男爵は、婿候補達に軽く頭を下げる。


「伯父上」


 声を掛けたのは正妻アリサの実家、バッティン男爵家の子息である。


「御婆様から伯母上に引き継がれた守護者の宝剣は、いずこにございます?」

「そう急かすな。こたびはアリサの大姫ネルの婚約だ。当然持参して居る」

「我がバッティン男爵家は、何度も宝剣の守護者を輩出した家。是非ともネル殿との婚約、お願いしたく存じます」


 ネルと変わらぬ男の子達の中で、一番年下なのが彼だ。ネルと同い年と言う事を考えると、明らかに自身の考えではなく家に言わされていることは間違いない。それが透けて見える。


「カルディコット閣下。自分は庶子ではありますが、いずれ代々宝具の銃を預かるタチバナ家の家督を継ぐべき身。二つの宝具を合わせ持たば、神のご加護も倍となりましょう。隆興間違い無き家に嫁ぐは女の幸せと言うもの。たとえこの先愛妾に現を抜かすことがあろうとも、必ず分を守らせ、決してネル殿を蔑ろにすることはありません」


 タチバナ伯爵公子はネルの三つ上。親は名うてのプレイボーイ。あの親にしてこの子ありか。


「ロンディニーム子爵公子。卿はいかに?」


 もじもじしている最後の子供に声を掛けると、


「お母様に勧められたから……」


 とぼそりと口にした。

 いくらネルより一つ下とは言え、母親べったりは婿として頼りない。


「卿らは何と婚約する気かな?」


 貴族に取って結婚は条約だ。あまり当人達の気持ちは関係ない。とは言え露骨過ぎる物言いやあんまりな内容に、カルディコット男爵は殊更冷淡に釘を刺した。

 すると戦場いくさばでも響き渡るような声で、


「当然、ネル殿に決まっておりますぞ義父上ちちうえ。失礼ながら、宝剣などどうでも良い事です。求められるなら、義母上ははうえの実家に熨斗を付けて進呈致しますぞ」


 とブルトン男爵公子が唾を飛ばす。


 最後に残ったミハラ伯爵公子と言えば、


「カルディコットの家以外ありますかな?」


 一番年嵩なだけに、結婚に夢など微塵も抱いている様子は伺えなかった。

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