第08話 殺す覚悟

●殺す覚悟


「大体慣れて来たようですな」


 ある日モーリ師匠が、取り敢えず型部品の連動が出来るようになって来た僕達に言った。


「今はまだ闘えとは申しません。ただ、闘えずとも身を護ることが肝要です。その為には……」


 師匠の合図で運び込まれた、大中小の檻が三つ。


「本日の稽古は、命を殺める事です。いざと言う時、相手を殺すのを躊躇えば必ず殺されます。先ずは鶏、次は狼。そして最後にゴブリンを殺して頂きます」


 本物の剣が手渡され、僕達を中心に周囲を武装した兵士が丸く囲んだ。


「小の檻!」


 師匠の合図で檻が開く。パタパタと飛び出す数羽の雄鶏達。


「お先にぃ!」


 意外と踏ん切りが良いネル様が、素早く短剣を突き出した。しかし初撃は空しく宙を切る。


「こうするんだよネル様」


 未来予測位置に繰り出されたデレックの剣は、シュッ! と言う響きと共に雄鶏の首を切り落とした。


「うわ! まだ走ってやがる」


 首を落とされても逃げ走る鶏。


「え? あれで死なないの?」


 この世界の鶏って魔物なの? でも流石に首を飛ばされて生きて行ける訳も無く、数歩動いて地に伏した。


「あーびっくりした。こんなの初めてだぜ」


 驚きを隠せないデレックが一番最初に獲物を仕留めた。


「スジラド! 何してるの?」


 ネル様の声にはっと気づいた僕は、別の鶏の逃げる脚を狙って薙ぐ。そして片脚を失った鶏が羽でパタパタ足掻く所を、


「えい!」


 気合と共に刃を胴に突き立てた。


「スジラド良し!」


 師匠の声が弾む。


「次はあたしね。えい!」


 ネル様の投げた短剣が吸い込まれ、


「お見事!」


 師匠の褒める言葉が飛んだ。


 続いて中の檻の狼が飛び出した時、


「きゃあ!」


 対応が間に合わず体当たりでネル様が押し倒された。生臭い息を吐きながら狼が口を開けている。


「この野郎!」


 僕が反応するより前に、剣を腰溜めに構えたデレックが身体ごとぶつかって貫いた。


「グルルルゥ」

「うわっ」


 狼の筋肉が刃を噛み、暴れる狼がデレックを振り払う。でも今のお陰で狼とネル様は離れた。

 デレックの剣を生やして宙に舞う狼。


『今だ!』


 僕は躍りかかる。切っ先が急所に当たった瞬間に脚腰を使って押し込んだ。

 皮に当たるこの感触。突き抜け脂をあぶらを押し分けるこの感触。そして肝臓を捉えた手応えがあり、捻りを加えた刃が肝臓を抉り、狼の腹に空気が忍び込む反応が指に返って来た。

 生暖かい返り血が僕の手を覆った時。初めて命を殺めた実感が、震えと共に訪れた。


「休憩!」


 師匠の声に我に返ると、


「スジラド。剣を拭え。そのままだと血糊と膏で剣を傷めてしまうぞ」


 師匠に言われ、しゅっと血振りして布で剣を拭う。そうしても膏は剣にこびり付き、剣の光を鈍らせている。


「そう言う時は、革砥石だ。濡らして膏をこそげ落とすんだよ」


 手入れは習っていた筈なのに、デレックに言われるまで思いつかなかった。


 柄の掃除と手洗いを済ませ、冷たい水を一口含む。

 恐ろしい形相で口を開けた狼には、抜かれて牙が存在しない。


「はぁ~」


 と大きく息を吐き、道理で周りの兵士達が不干渉だったと改めて気付く。

 体の疲れよりも心の疲れを酷く感じているのは僕とネル様だ。デレックはたって落ち着いている。


「スジラド。俺も初めはそうだったよ。場数を積んでやっと肝が据わるんだ」

「……そ、そうだね」

「それにしても良くここも急所だって知ってたな」

「あはっ。まあね」


 デレックと言葉を交わす内に、バクバク行っていた心臓も落ち着いて来た。


「落ち着いたようですな。では本日最後の相手となります」


 大の檻には人型の生き物が閉じ込められている。


「人を斬るのが一番良いのですが、子供に嬲り殺しにさせるような極悪犯の死刑囚など滅多にありません。そこで……」


 師匠が目配せすると、槍を持った兵士が檻の鍵を開けた。そして槍で突かれ出て来たのは草色の肌、猫の瞳の緑の目を持つ生革の腰蓑を着けた生き物。


「これが世間で最も多く見かける人型魔物・ゴブリンです。殺してください」


 モーリ師匠は課題を課した。

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