第二章 美人はいかが?

第07話 鍛錬は進む

●鍛錬は進む


 街へ行った次の日から、訓練内容が少し変わった。

 分列行進と駆けっこは今まで通りだけれど、剣術がこれに加わった。


 具体的には柄の握り方と剣の型だ。渡されたカットラスとグラディウスの二種類の真剣は、比較的小振りながらずっしりと重みを感じた。

 カットラスは、柄に護拳が付いており、蛮用に耐えるごつい造り。刃渡り五十センチ重さ千二百グラムの斬撃剣。片手で素早く揮えるよう重心が工夫されているせいか、重さの割に思ったよりも扱いやすく出来ている。

 グラディウスは、刃渡り六十センチ重さ七百グラムの剣で、充分な膂力があれば恐るべき切断力を発揮する上、子供の力でも容易く致命傷を与える事が出来る実戦的な剣であった。しかもこちらは水生魔獣の牙で作られた今までよりも三倍長い柄。握りは滑らぬ様、竹の子のように節があった。


「剣は、取り落とすぎりぎりの力で持ちなさい。それ以上は力の入れ過ぎになります」


 手を添え握り方を教えてくれるモーリ師匠は、


「覚えておきなさい。これがあなたの基準点です。ここから諸々の場面でどれだけ力を増し加えるかを、稽古の度に調整して行くのが上達への近道なのです」


 と説いて、僕に合わせた物差しを僕に創らせる。構えて立つ所から僕の剣術修行は始まった。


 赤ちゃんが言葉を覚える時のように毎日最初からのおさらいをして、固まり次第次の課題が加わって行く。

 いよいよ今日から打ち込みだ。


「必要があれば、両手を使ってより力を籠めることが出来ます。特別短い槍と考えれば良いでしょう。また、長い柄と両手持ちを利用して、はっ!」


 杭に向かって大上段から振り下ろした木剣が、足元を薙ぐように下に当たった。


「このように左右の手を少し動かすだけで、切っ先は斬り掛かる角度を瞬時に変えて、備えを躱して打ち込むことが出来るようになります」


 目の前でゆっくりとやって見せるモーリ師匠。原理は抜き胴と同じだろう。


「凄ぉ~い」


 ネル様が吠えた。


「尤も、これを教えるのは先の話。こう言う手もあると知って居れば不覚を取らないのでお見せしただけです」


 先走らぬ様釘を刺すのを忘れない師匠。そして、


「斬ったり殴ったりでは子供の力で敵を斃すことは出来ません。また敵は人間とは限らないのです。ではどうすれば良いのか。斬るのはあくまでも牽制と崩しや受け流しの為と割り切り、斃す時には突き刺すの一手です。世に刺客と言う言葉は有りますが、斬客と言う言葉は有りません。確実に斃す為には刺すのが一番なのです」


 と原理を教え、牛の頭を刺した杭相手に片手突きと諸手突き二つの型の練習に入った。


 先ずは切っ先を杭に触れさせて、そこから体重移動と足のバネで突く練習。

 そして離れた位置から突き出して切っ先を正しく入れる練習。

 一つの動作を幾つにも分割して部分ごとに練習させる。片手突きの型だけでも、構え・繰り出し・切っ先合わせ・抉り込み・引きと大まかに五つあり、それぞれが何種類かに分かれるのだ。


「繋げるのは、一つ一つの部分が完璧に出来るようになってからです。全然焦らなくとも結構。単純で退屈でしょうが、今やっているのが一番の近道です」


 こうしてそれぞれの部分を小一時間づつ練習した後、師匠が言った。


「ネル様。そろそろお疲れでしょう」


「大丈夫よ。全然平気」

「いえいえ。そろそろ飽きて来る頃です。身の入らぬ練習などするだけ害毒無駄ですから、別の鍛錬に参りましょう」


 小さな太鼓と鉦の組み合わさった鳴り物を取り出した師匠は、


「音に合わせて飛び跳ねるように進んでください。一歩は普通に歩く歩幅です」


 と、これからやることの説明を始めた。

 左の鉦をカンと叩き、


「この音がした時は左足で着地です」


 太鼓の真ん中をトンと叩き、


「この音は足を広げて着地です」


 最後に鉦をチンと叩き、


「この音の時は右足で着地です。ちょっと見本をやってみましょう」


 トントンチンカン トンチンカン  トントンチンカン トンチンカン。

 スキップやケンパをするような感じで実演する師匠。鳴り物が好きなネル様は、興味津々で見ている。


「先ずはゆっくりと参ります」


 いつもの行進のリズムを刻むテンポで師匠は叩く。


「訓練と言うよりはお遊戯ね」


 ネル様は言うが師匠は、


「デレックがやっているようなのは、ネル様にもスジラドにもまだ無理です。それに、続かなければ意味がありません」


「そうね~。デレックそろばん下手だもん」

「くしょん!」


 あちらで小走りに駆け抜けながら、杭を叩いたり突いたりしているデレックがくしゃみをした。


 こうしてケンパもどきを暫くやった後、


「お待ちかねの打ち込みのお時間です」


 手で掴み切れない太さの棒を渡された僕達は、両手持ちで左右の斜め上から杭を叩くように言われた。


「兎に角大声で叫びながら、ひたすら素早く叩きまくってください。卵を掴むように軽く握り、当たる瞬間に握り込むように。それさえ心掛ければ今は我流で結構。そのうち一番楽な打ち方が判って来ます」


 やっと剣の練習らしきものが出来て満足げなネル様。


「うぁぁあぁぁ~!」


 キーンとする甲高い声で杭を叩く。

 僕もネル様も棒に振り回されているような感じだけれど、なんだか心がす~っとして来た。

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