第06話 銭の価値

●銭の価値


 ネル様の服は、巻き尺で測ってオーダーメイドだったけれど、僕の服は見本が誂えた様にぴったりだった。


「そろそろ替えようと思って居たところです。お買い求めならこの辺りで」


 上級貴族だと掛け売りだけど、庶民や下級貴族相手には現金売り。それは判るけど、この世界にはそろばんが存在する。僕が知ってる物とは異なり、上の玉が二つで下が五つの変わったタイプだ。

 パチパチパチリ。


「そこはこれだろう。縫製は良いが仕立てたのはいつだ?」


 モーリ師匠が値切っている。


「いや、せめてこれだけは」


 そろばんを動かしながら五分ほど交渉し、漸く払いが決まったようだ。


 店を出たその足で街を歩こうとネル様は言った。


「服で時間を食いました。泊りの用意はして来ておりません。散策は次の鐘までですな」


 モーリ師匠に釘を刺されて、


「もぅ~!」


 ちょっとおかんむりなネル様だったが。


「可愛いお嬢ちゃん。うちはリンゴ五つで三文だよ!」

「それ、美味しいの?」


 物売りの声に興味を引かれた。

 一つ辺り五分の三文。一文百円とすれば六十円。見渡すと道の斜向かいでも同じ物を売っている。


「安いよ安いよ。リンゴ九つで五文だ!」


 こちらは一つ九分の五文。


「どっちが安いのよ?」


 その程度なら簡単だ。通分して四十五分の、二十七と二十五の比較だから九個売りの方が安い。


「ネル様、九個の方です」

「スジラド早過ぎ」


 あ、ネル様のほっぺがぷくーっと膨れた。


「誰か、そろばん貸して!」


 近場の商人から借り受けたネル様が玉を弾いて行く。


「足す五と足す三と足す九と足す五、正規化して、足す五と足す三と足す九と足す五……」


 四か所を使い、単純に二つの店で買う数が同じになるまで足し算を続けて行くのだ。


「四十五個買った時に、五個売りの方が二十七文で九個売りの方が二十五文……」


 同じ答えを出したネル様が、気を取り直して威張る。


「スジラド判ってる? そろばんだったら、あたしが早いのよ!」

「そうですが……」


 実際、館で教わる足し算を何度も繰り返すやり方だと、毎回ネル様に負けてしまうのだ。


 暫くしても夕食のハンバーガーセットとお土産を抱えて馬車を取りに行った僕達が帰途に就くと、


「丁度良い機会です。世の中の銭のお話を致しましょう」


 御者をしながら師匠がお金のことを教えてくれた。


――――――――

・金貨はりょう、銀貨はもんめ、銅貨はもん

 鉛貨はせんと言う。


・価値は一両が十二匁で一貫文。一貫文は文銅貨千枚を束ねた物

 のことだけど、実際には九百九十六枚しか差さって居ない。


・鉛貨は諸侯が発行して領内で流通させている貨幣。領内では一文が四銭。

 領外では五銭から十銭で一文に換算され鐚銭びたせんとも呼ばれる。


・誰でも自由にお金が使える訳では無く、一般庶民は普通銀貨までしか使えない。

 商人などは金貨を持っていても怪しまれないが、行商人などは金貨を何枚か

 持ち歩いていたとしても、普通銀貨までしか扱わない。

 貧しい身なりの者が金貨や銀貨を使うと泥棒と間違えられて通報されることが有る。


・一人前の職人の日当が一匁で、使い走りの子供の駄賃が鉛貨の一銭。

――――――――


 帰り道の半ばほどで夕日が空を染め、漸く館に辿り着いた時には日はとっぷりと暮れていた。

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