第05話 若いおじさん

●若いおじさん


「未来の僕?」


 考え込んで固まっていると、


「あはは、ごめんごめん。やっぱり子供だね、冗談を真に受けている」

「もぅ~!」


 酷いや。でも今日初めてあった人なのに、なんだか親戚のおじさんみたいな気がして来る。


 おじさんが見て来たと言うおとぎ話のような山の話に海の話。

 爪がそのまま短剣として使われると言う熊の魔物。軍隊のように動く千匹を超える狼の王国。

 沖合に棲むと言う空を飛ぶフカの怪物。甲羅が島になった巨大ウミガメ。

 本当かどうかは知らないけれど、とても話し方が上手いのでつい聞き入ってしまう。

 それを話すおじさんの目が、英雄の話をする子供の様にキラキラ光るから、見た目よりおじさんはずっと若そうに思えた。


「スジラドぉ~。もう帰るよ」


 ネル様が呼びに来た。


「坊や。縁があたらまた逢えるだろう。私の名はサンジ。魔物使いのサンジだ」

「もぅ! 早く来なさい!」


 ネル様に手を引っ張られる僕にサンジさんは、


「坊や! 君の名は?」


 名前を聞いてきた。


「スジラド。じゃあねぇ」


 心が生き生きすると景色も生き生き見える。

 店の外に出て、少し歩いたところでネル様が、


「さすがマッカーサー。繁盛してたわね」


 と感想を口にすると、モーリ師匠が言った。


「二人用しかテーブルが開いてなかったのは、個人客が多いからです。板の仕切りは、下の止めを外して壁に押し込むようになっているのですよ」

「そうなんだぁ!」


 へぇ~っと僕が感心すると、


「知らなかったの? スジラドはやっぱりまだまだね!」


 ネル様が胸を張る。ネル様、本当はネル様も知らなかったでしょ?


●不審な男達


「よう。練魔ねりまのサンジじゃねぇか。頼んでいたブツは用意したんだろうな?」


 のんびりとマック・アーサーで食後のお茶を楽しんでいると、辺りの席で食事をしていた男達が寄って来た。


「ブツと言うな。魔物は馬より賢い物が多いんだぞ。使い手を見るから、見下せば反発し可愛がれば良く言う事を聞く。力づくで従わせたら、いつ牙を剥くか判らない代物だよ」


 大いに気に障る。穏やかな言葉で返せたものの、


「おいおい。俺達は依頼人だぜ。これからり合おうって目で睨むんじゃねぇよ」


 年を経て少しは丸くなったと思って居たが、まだまだ怒りを隠せなかったようだ。


「で、揃ったのか?」

「当たり前だ。私を誰だと思って居る。その倍でも揃えられたよ」


 言って、手の中に納まる長さの違う五本の葦を連ねた笛と、畳んだ紙を手渡した。連ねた葦の一本一本には、飾りに見せかけた陣をゴマ粒程の魔石を埋め込んで描いているから、素養の無いこいつらでも扱えるはずだ。


「命令は書付の通りだ。引き渡す魔物は七つの命令を聞き分ける。だが決して音律を間違えるな。何が起こっても知ら無いぞ」


 神妙な顔で受け取る男達。


「ただ吹くだけでは魔物は従わん。強い意志を込めて吹け。もしも恐れが微塵でもあると、従うどころかお前達に襲い掛かるかも知れないぞ」


 襲い掛かるの語にぴくっと反応する奴ら。約束の報酬十両をテーブルに置き捨てた依頼人達は、パラパラと散って行った。

 まあ、お手並み拝見とするか。


●鏡


 女の子の買い物は長い。

 服はオーダーメイドだけれど店には見本が置いてある。先ず大まかに、木の人形に小さな服を着せ替えて候補を絞る。ここからしてネル様がお人形遊びを始めてしまい、時間が取らされる。

 散々待たされてやっと数点に絞って見本の服を出して貰うと、ここから取っ替え引っ替えのファッションショー。

「スジラド……。今のとさっきのとどっちがいいのよ」


 そんなこと言われても困ってしまう。僕にコーデの良し悪しなんて解らないよ。


「……どっちにする?」


 二つの服を突き出して僕に見せるネル様。


「ほら。あんたのよ。こっちでよく見て合わせなさいよ」

「ネル様、痛い痛い」


 強引に店に一つだけある大鏡の前へ連れて来られた。


 驚いたのは金属鏡の移り具合だ。もっとぼやっとしていると思って居たけれど、極限に磨き上げた金属の鏡はガラスの物と遜色ない。


「え?」


 僕はもっと驚いた。だって僕の顔、さっきのおじさんに似ていたんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る