第03話 マック・アーサー

●マック・アーサー


 自由都市・奈々島ななしまは、商人の都と言われるオウギノハマには及ばないが、北方の開拓地の流通拠点だ。

 この街は言わば商人の砦。一目見て難攻不落の土地だと判る。

 先ず、舟運の拠点だけに陸からは複数の河を越えなければ入れない。川幅は広いし水の量も多い。街道の周囲は湿地帯となっており、海の近くなので河の氾濫や高潮時には塩水も混じるから身を隠す葦原も無い。

 堤防を兼ねる土塁は石垣で覆われ、その上に高い切り石の壁。土塁の裾は青銅の針金で編まれた四角い籠が連なっており、籠の中にはびっしりと丸い大石が詰め込まれていた。


「サイ・エッカード。エッカード家の馬車でございますね。少しお待ちを」

 橋は無いから、街に入るには渡し船か船橋を使うしかない。後者は貴族の行列や大規模な隊商の為に有り、少人数で使うのは渡し舟となる。尤も、騎馬ごと乗れる舟は多くても、馬車ごと乗れる大渡し舟は少ない。

「すみません。現在伯爵家一家・男爵家五家がお見えになりましたので、騎士爵家のエッカード様は二時間待ちになります」


 身分制度のある社会。競合すれば、位階の高い方が優先されるのが常識だ。


「むぅ~。今日中に帰れなくなっちゃうよ」


 むくれるネル様に、渡し場の役人は、


「日帰りのご用でしたら夕刻まで馬車をお預かり致します。徒歩で宜しければ直ぐに舟をご用意しましょう」


 と妥協案を提示した。


「モーリ。いい?」

「この前みたいにデレックが居れば良かったのですが。まぁ……宜しいでしょう。ただ、拙者を振り切って勝手におかしな場所には行かないで下さい」


 奈々島内部の治安は比較的良い。基本的に中で所持できる武器は制限されている上、区画毎に番所があり。さらに目抜き通りを中心として、街を重武装した警邏が巡回しているとモーリ師匠は言う。


「公然と護身用に持ち歩くなら、平民でも警棒やスタッフを持ち込めますし、貴族とその護衛は帯剣することが許されております。勿論、弓矢や槍等それ以外の武器は一旦預けねばなりません」

「じゃあ。あたしとスジラドだけで行っていい?」


 ネル様が言うと、師匠は溜息を一つ。


「スジラドに自慢するのが目的でしたな。まぁ、ご予定の店に行って戻るだけでしたら宜しいでしょう。その代わり道草はいけませんぞ」


 師匠は念の為にと、小さな革袋を二つ取り出してネル様と僕に渡した。


「合わせて二匁五十文入れてあります。万が一の時にはお使いください」


 また馬車の箱からネル様と僕の身体に合わせて、まんまトレンチナイフの小振りの短剣を取り出し、剣帯の木剣と取り換えるよう促した。


「えー!」


 奈々島本島の目抜き通り。立ち並ぶ飲食店を目にした瞬間、僕は声を上げていた。

 二本足で歩く長靴を履いた猫がマスコットのお店ピザキャット。

 礼服を着た半人半馬の射手人形が看板のケンタウロス・フライドチキン。


『なんだこのパチモンは!』


 突っ込みどころ満載だ。


「どこへ行くんですか?」

「もちろんマックで牛をシバキに来たんだよ」


 ネル様はそんな中の一つ。コーンパイプを咥えた道化師のおじさん像が目印のお店に僕を引っ張って行った。

 そして自慢げに胸を張り、


「ここが庶民のささやかな贅沢。魔物肉百パーセントのマッカーサーよ! マアイ島の太守だった彼の一族が、魔物の有効利用に始めたお店。安くてほっぺが落ちるわよ」

「……ネル様も来たことないですよね」


 因みに店の看板の綴りは【マック・アーサー】だ。ネル様はまだ読めないみたいだけれど、その下に『馬愛島名物・迷宮魔物肉百厘』と書いてある。


「だから何よ。百パーセントよ百パーセント。屈強な勇士が倒した、オークやミノタウロスの歯応え有り過ぎるお肉を、叩いて叩いて叩き潰して粘土のようにした物を、程好いお塩・香草・香辛料で味を調え、熱々に焼いて全粒小麦のふわふわパンに葉野菜と一緒に挟んだ絶品よ」


 くすくすと、自慢するネル様の後ろに起こる通行人の声。


「スジラドはちっちゃいから注文はまだ無理ね! 席を取っておきなさい!」


 と言い捨てて、一目散にネル様はカウンターへ進んだ。慌てて後を追いかける師匠。

 あのう、ネル様。絶対自分で注文して見たいだけですよね? あ、ぴょんぴょん跳ねてる。あ、やっと店員が気付いた。


「いらっしゃいませ」


 流れるような定型接客。メニューの笑顔無銭ってあんた……。


「グレートマックタウロスセット三つ。サイドはバターコーン。飲み物はオレンジジュースね」

「ついでにホテトパイは如何ですか?」

「要りません」

「スタンプカードはお持ちですか?」


 薄い木片を取り出すネル様。裏にお店の焼き印がある。


「合計二十一文になります」


 これが高いのか安いのか判らない。逆算すると一文が百円くらいの価値だろうとは思うが、他の物の値段を知らない以上実は違うのかも知れない。

 銅貨二十一枚。支払いと同時にスタンプカードに二つ焼き印が追加された。

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