第30話:本能の解釈

「……そうだね。うん、意図から可能性の高い人を考えてみよう」

「良かった」

 反論を受ける機会が多いだけ、彼女から同意をもらえると自信がわく。


「やっぱり、王女の寵妃ちょうひ探しに関わる人かな?」

「まぁ、絶対とは言えないけど、そのあたりに理由がある気はするね」

「寵妃候補同士の争いとか?」

 表情をパッと明るくして、パドマが言う。


「確かに、寵妃同士の争いはありそうだけど、それなら王女が事件に合うことはないんじゃない?」

「あぁ、そっか。王女がいなくなったら、争う意味もないのか」

「たぶん……。もっと個人的な理由なら、話は別だけど」


「愛とか恋とか、そのあたりの話?」

「そう。よく分かったね」

 自分が口にしようとしていた発想を見事に言い当てられ、驚く。


「昔の物語にはよく出てくるから」

「なるほど」

 事もなげに、言い出した当人も分かっていなかった発想源を見つけ出す、少女である。


「でも、あの人たちに恋みたいな感情があるのかな?」

「あると思うよ。確かに政略結婚的な側面はあるけど、だからって恋愛感情が生まれないとは限らないでしょ?」

「いや、そういう話じゃなくて」

「ん? じゃあどういう話?」


「この街では、王も寵妃も女性でしょ?」

「まぁ、珍しいことに」

「つまり、同性なわけだ。もちろん、恋愛感情を向ける対象は人によって違うんだけど、一番多いのは、異性に向けるパターンだよね」


「そういうことか」

 彼女は、王と民という関係を疑問に思っているのではなく、女と女という関係を疑問に思っているらしい。


「だから基本的に、彼女たちの間に恋愛感情はなくて、打算があるだけだと思うんだ。打算で動いているなら、王女が事件に合うことはないんじゃない?」

「例え恋愛感情が無かったとしても、打算だけと言い切るのは難しいような。友情とか、親愛の情とかもあるでしょ?」


「友情は殺人の理由にはならないよ。友人同士の事件は、たいてい恋愛か金銭が関わった結果。親愛の情にしても、親子関係くらい濃密じゃないと事件にはならないって」

「そういうものかなぁ」


 パドマの言葉は、理解ができる内容ではあった。少なくとも、私の頭では完全な矛盾点を思いつかない。けれど、納得もできていなかった。頭の中のどこからか、言葉にならない反論が聞こえている。


「そもそも、恋愛感情は本当に異性に対して向けられるものなのかな?」

 頭の中の問いかけを、そのまま口にした。

「いや、だから同性に向けるパターンもあるって。まぁ、そうなってくると、性別の概念も結構微妙なんだけど」


「ごめん、ちょっと言葉が足りなかった。言いたかったのはそういうことじゃなくて、そうだなぁ……」浮かんでくるままに言葉を発していたから、考えがまとまっていない。「その人が、異性に恋愛感情を向ける性質の人だったとして、それは生まれた時から決まっていたのか、ということが疑問なんだよね」


「決まってるでしょ。それこそ本能的に」

 私が言い終わるのとほとんど同時に、パドマは言った。


「もちろん、本能はあると思う。でも、それほど具体的に与えられていないような気がするんだよね。性的な欲求を持つ機能と、機能を使いなさいという命令があるだけで、あとは意外と柔軟性が高いんじゃないかな」


「えーっと、ちょっと待ってね。つまり、機能の使い方はその人次第で変わるって言いたい?」

「そう。抽象的な機能が備えられているだけで、その機能をどこへ向けるか、という具体性は環境次第なんだと思う」


「でも、それにしては、人が実際に好意を向ける方向が画一かくいつ的な気がするけど」

「それは、たぶん社会の方向性が限定されているせいだよ」

「周りが一定の方向へ向かうように、仕向けているってこと?」


「うん。考え方をインプットするという形で。例えば、美しさを感じるという機能も、いろいろな形で使われるでしょ? 首の長さに感じたり、唇に入れる皿の大きさに感じたり。それも社会によって、方向性がインプットされた結果なんだと思う」

「だけどなぁ」

 パドマはそう言って、背もたれに勢いよくもたれかかった。


 彼女の心の中を察するに、きっと、先ほどの私と同じような心境なのだろう。理解はできるけれど、納得ができない。

 もしかしたら、この話題で私たちの心境の波が一致することはないのかもしれない。どちらかが必ず、納得していないような気もする。


「けど、そういう機能や命令は、結局本能の領域にあるんでしょ? 理性は社会から影響を受けるかもしれないけど、本能が影響を受けるかな? 今の話は、どこかで主客が逆転しているような気がする」


「確かに、性的な対象を選ぶのは原始的な機能だと思う。ただ、解釈するとか理解するとかいう機能は、理性の役割だと思うんだよね。人が事実だと認識するのは、真実そのものではなくて理解したものだから、パドマと私の話は共存できるんじゃない?」


「本能は異性を好意の対象にしていたとしても、理性がそれを同性への欲求だと解釈して、それを真実だと認識するってこと?」

「まさに」

「それ、違和感はないの?」

「あると思うよ、たぶん。でもここには男性がいないから、本能と違う解釈をしていることに気づきようがない」


「……うーん。そう言われると、そういう理解の仕方もあるような気がしてきたなぁ」

 パドマは視線を天井に向け、ゆっくりと言葉をつむいだ。

 その沈黙に合わせて、私も再び考えを巡らせる。


 ――。


「だめだ、トイレ行きたくて集中できない。ちょっと待ってて」

 静かな思案の時間は、パドマの叫びで終わりを告げた。

 丸机を両手で押し、勢いよく立ち上がった少女は、私が「いってらっしゃい」と声をかける間もなく部屋を去っている。


 慌ただしい足音が数秒鳴り響き、

「トイレどこにあるか分かる?」

 少し離れたところから声がした。


「ごめん、分からない」

 そう答えてみたものの、その返事が届かないうちに、再び足音が鳴り始める。

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