第12話:天真爛漫

「マルガリータ様」

 女性たちの生活についてとりとめもなく考えを巡らせていたら、飛び跳ねるような声がテーブルのそばから聞こえてきた。


 見ると、机を挟んだ正面にいる王女の隣に、小柄な女性が立っていた。小動物を思わせる、くりっとした目が可愛らしい。髪が栗色をしていることもあってか、パドマと雰囲気が似ているようにも思う。少女から鋭さを取り除いて成長させると、彼女のようになるのかもしれない。


「どうしたの、ジュリエッタ?」

「デザートは食べないのですか?」

「うん、今日はね」


「食欲がない?」

 可愛らしい彼女は、心配そうに王女の顔をのぞく。

「ううん、そんなことはない」

 マルガリータは、軽く首を振った。


「では、よろしければこれを。木苺のムースが美味しいんですよ」

 ジュリエッタと呼ばれた小柄な彼女は、白い皿に乗ったケーキを差し出す。


「ごめん、実は木苺の酸味が好きじゃないんだ」

「そうなんですか? この酸味が美味しいのに」

 丸い目をさらに丸くした彼女。


「ジュリエッタ、失礼はよしなさい」

 そこへ、また新たな声が聞こえた。視線を横へ移すと、小柄な女性が机に近づいてきて、ジュリエッタの隣で足を止めた。彼女と同じく低めの身長で、可愛らしい顔立ち。おそらく母親だろう。


「すみません、つい。デザートが美味しかったもので」

「申し訳ございません、マルガリータ様。ご無礼をお許しください」

 母親らしき人物は、丁寧に頭を下げた。


「いえ、特に気にしておりませんので」

 マルガリータは、手を横に振る。


「そう言っていただけると、私共も助かります」

「彼女とは友人ですから。あまり気にされても、こちらが困ってしまいます」

 多少うっとうしそうに、王女は言葉をつむぐ。


「なんと心が広いのでしょう。ねぇ、ジュリエッタ」

 大げさに驚いた彼女には、残念ながらその思いは伝わっていないらしい。


「言うまでもありません」

 力強く言ったジュリエッタは、しかし、相変わらず無邪気である。彼女は母親に向けて微笑みを見せた後、こちらに視線を向けた。


「申し遅れました。ジュリエッタと申します。外から来られた方々ですよね?」

「はい。パドマとアガサと申します」

「お会いできてうれしいです。今度ぜひ、旅の話を聞かせてください」


「別に今でもいいんじゃない?」

 彼女の言葉を聞いて、パドマが不思議そうに言った。


「マルガリータ様と、お二人の会話を邪魔してもいけませんので」

「気にする必要はないと思うけど」 

「そうですよ。あなたも外の世界の話を聞かせていただきなさい」

 パドマの発言に、ジュリエッタの母親が反応した。


「でも、私デザートを食べている間は話が頭に入ってこなくて」

 彼女は真剣な様子で、眉間にしわを寄せる。驚くべきことに、素直な思いを口にしているらしい。

「ジュリエッタの好きにすればいいよ。二人もすぐいなくなるわけではないし。ね?」


 マルガリータがこちらを向いたので、「はい、少なくとも数日間は滞在します」と、パドマの顔色をうかがいつつ答えた。表情に変化のないところを見ると、数日間の滞在は彼女の許容範囲らしい。


「そうですか」

 一瞬悩む様子を見せたジュリエッタは、「では、またの機会にします」と言って、優雅に頭を下げた。跳ねるように机を離れていく彼女は、なんだかすべてが軽やかだ。


「待ちなさい、ジュリエッタ――

 なおも娘を引きと埋めようとする母親だったが、その前にマルガリータが手をかざした。


「お気になさらず。私たちは、話したいときに話しますので」

「しかし」

「それとも、あなただけ会話に参加されますか? 別にかまいませんよ」


「それは――

 彼女はそれだけ口にして言いよどむ。

「いえ、結構です。私も失礼いたします。娘がご無礼を働きました」


「はい、それでは」

 突き放すような王女の言葉に、ジュリエッタの母親は礼を返し、娘の後を足早に追った。その後ろ姿には、若干の怒りがにじんでいるようにも見える。


「で、あなたは参加しなくていいの? このもよおしに」

 少し間が空いて、パドマが言った。


「政治の話はしたくない」

「でも、あなたも寵妃を選ぶんでしょ?」

「来年からね」

「あっ、そうなんだ」

「十八歳から参加することになってる」

「へぇ」


 驚くほど興味のなさそうな返事をしたパドマは、「前の年から頑張ってるんだぁ。大変」と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で加えた。彼女のこういう素直さは、頻繁に無礼さと見分けがつかなくなる。


 少女のどうしようもない返事のおかげで会話が途切れ、周りのざわめきが言葉として聞こえるようになった。いたるところで、会話に花が咲いている。どうやら、私の記憶の中にいる老人たちと違い、この街の人たちはよく話すらしい。


「あっ、戻ってきた」

 マルガリータの跳ねるようなつぶやきで、彼女たちの言葉がまた雑音に変わる。

 部屋の入り口へ目を向けると、ブルーナがこちらへ近づいてくるのが見えた。目をこすり始めたアドリアと共に、彼女が中庭の上にある部屋へ戻ったのは、十五分ほど前の話だ。


 ブルーナがこちらへ笑顔を見せるのと同時に、王女は嬉しそうにそちらへ向かい、彼女の前に立った。マルガリータが何かしらの言葉を発すると、彼女は驚いたように首を振る。

 その後しばらく、何かしらの押し問答が繰り広げられたが、最後はブルーナの方が折れたらしく、彼女は王女に手を引かれ部屋の前方へ連れて行かれた。


 ブルーナがマルガリータの姉へ優雅に腰を折ったところで、 

「なんか眠くなってきた」

 パドマが退屈そうに言う。


「帰ろうか」

 私が答えると、少女は早々に席を立った。

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