第11話:女性性と男性性

「人間がほとんどいないのに、街の機能が維持されてるのか。それちょっと不気味だなぁ」

 静かに話を聞いていたマルガリータが、顔をゆがめた。


「不気味かぁ。あんまりそう感じたことは無かったけど、確かに言う通りかもしれない。でも――

 と、そこまで言ったところで、うきうきと続きを話そうとする自分の姿が客観視された。いつの間にか、当初の目的から離れたところに来てしまったらしい。


 食事前にブルーナと話してからずっと、抱えた疑問の解決を図っていたはずなのだけれど、食事中は料理のおいしさに魅了みりょうされて質問することを忘れ、食事後はマルガリータの登場により質問される側に回されてしまっていた。


「あの人たちは誰?」

 何の脈絡みゃくらくもなく、パドマが部屋の前方、女王たちがいるテーブルの方を指さした。会話の合間に、全く関係のない質問をする彼女の存在も、目的を達成できていない理由の一つだ。


「どの人?」

「あなたの母親と話している二人」

「あぁ。あの人たちは寵妃ちょうひ候補の母親と、その姉か妹」


 興味の無さそうな表情をしたマルガリータの視線の先には、彼女の母親(そう、私の想像した通り母親だった)と、彼女の叔母である女王(これも予想通り)の二人に、満面の笑みで話しかける二人の女性がいた。そのすぐそばには、どちらかの娘らしき女性もいる。長く黒い髪が腰のあたりまで届いており、印象的だ。


「あの二人が気になる?」

 マルガリータが視線を戻し、パドマにたずねた。


「うん、なんか頑張ってるから」

「よく見てるね」苦笑いの王女様(厳密に言うと王女様ではないのだけれど、個人的には、紛れもなく王女様だ)。「必死なんだよ、あの人たち」


「へぇ」少女は、彼女たちに冷ややかな視線を向けた。「寵妃ってどういうふうに選ばれるの?」


「毎年この時期に候補が集められて、王女がその中から選ぶことになってる」

「選ばれた人はどうなるの?」

「基本的には、翌年まで一緒に屋敷に住む、って感じかな。子供が生まれたらもう少しいるけど」

「なるほど。で、残念ながら、彼女は選ばれたことが無いのか」


「そういうこと」

「でも候補の数も結構多そうだし、仕方ないんでしょ?」

「うん、全然おかしくはない。これでも今年はちょっと少ないくらいだし」

「あっ、そうなんだ。普通はどれくらい? というか、候補って誰が決めるの?」


「三十人くらいの年が多いかなぁ」マルガリータは、視線を少し上げて答えた。「候補を選ぶのは、お母様と叔母様、それからアデリンとか、その辺の人」


「政治ってやつだ」

「まぁ、それもある」彼女は苦笑しつつ、ティーカップに手を伸ばした。「でも基本的には、男性性が発現する可能性の高い人が選ばれるみたい」


「男性性? みんな両方の性を持ってるわけじゃないの?」

「それがまた微妙なところなんだよね。女性性はいつでも持ってるんだけど、男性性はいつでも持ってるわけじゃなくて……。お母様とかは、誰に男性性が発現する可能性が高いか、分かるらしんだけど」


「ふーん」

 パドマは興味があるのかないのかよく分らない声色で、感心して見せた。


 マルガリータの話を聞いていても、この街の人たちに対する疑問は、全く解決する気配がない。むしろ、謎は深まるばかりだ。ただ、一つだけ分かったことがある。王家の人間が、王家の人間でいられる理由が。


 この街に来てから、彼女たちの権力の根源が疑問だったのだ。何せ、飲み物や食べ物、それから電気などの生活必需品は、かつての世界が構築したインフラが、自動的に生産してくれている。例え彼女たちが付近のインフラを独占したところで、今の地球は土地の広がりに対して、絶望的に人間の数が少ない。人々は争う必要もなく空いているインフラを使えるわけで、それが権力を保障するとは考えにくかった。


 けれど、生の誕生をある程度コントロールできる、という能力は違う。それは、この町にいる人間のほとんどが持っていない技術であり、独占できれば大きな力を得られるのは間違いない。彼女たちが権力を維持できるのは、おそらく、両方の性が発現する人間を見分けられる、という能力のためなのだろう。


「それで、めでたく王女様に子供ができるのか」

 目の前のストローから口を外して、パドマが言う。


「相手に子供ができることもあるけどね」

「あぁ、そうか。面倒くさいなぁ」

「そう?」

 少女の心境は、マルガリータには理解ができないものらしい。私たちには、ちょっと複雑に思えるけれど。


 仮に、男性性を持った後に女性性を維持しているのであれば、お互いがお互いの子供を妊娠する可能性もある、ということか。そうなると、子供を育てる際の父母の役割にも、興味がわいてくる。例えば、生殖において男性の役割を果たした方も、母乳を与えたりするのだろうか。子供はその状況を、どう評価するのだろう。混乱しそうな気もするけれど。いや、そもそも父母という概念がないのだから、混乱も何もないのか。

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