第10話:女王と王女

「ここにいる方々は、全員屋敷で働かれているんですか?」

 少女の開いた口がふさがらないので、私はブルーナに向けてたずねた。


「いえいえ。全員が働いていたら、仕事の奪い合いになっちゃいます。ここにいるのは、そうですね……」

 言葉を切った彼女は、身を乗り出してきた。私も耳を近づける。


寵妃ちょうひ候補と、その母親がほとんどです」

「ちょうひ?」

 聞いたことのない言葉である。しかし、

「王様が、王妃のほかに持つ女性のことだね」

 同じく身を乗り出していたパドマが、注釈を加えてくれた。どこでそんな知識を仕入れたのだろうか。


「あっ、でも、この街に王妃はいないんです」

「ん? であれば、彼女たちは王妃候補になるのでは?」

「うーん。まぁ、そこが微妙なところでして。昔から王家の人間は正式な妻を持たない決まりになっているので、関係をもった女性は寵妃と解釈されています」


「……なるほど」

 ブルーナの言っていることは理解できた。ただし、疑問もある。物語を通じて触れたいくつかの封建国家では、王は王妃を持ったうえで、明に暗に他の女性と関係を結んでいた。王妃を持たないという仕組みは、風変わりなものに思えるけれど、この街特有の制度なのだろうか? 頭の中に参照できる情報がほとんどないため、判断がつかない。


「話の内容は理解できたのですが、いくつか疑問が。どうして――

「あっ、ちょっとごめんなさい」

 疑問の解消へ気持ちがはやるも、言葉をすぐにさえぎられてしまった。


「少しだけ、話すのをやめてもらえませんか?」

 ささやき声でブルーナが加える。


 部屋の前方に向けられた彼女の視線を追うと、横向きに配置された長机の後方から、数人の女性が姿を見せていた。どうやら、机の後ろに扉があったらしい。マルガリータの姿があるところから想像すると、彼女たちはおそらく、女王の一家なのだろう。部屋の中に満ちていたざわめきのトーンが、落ち着きを取り戻した。


 姿を見せたのは、全部で八人。コイトマとアデリン、それからマルガリータを除いた五人は、初めて見る人物だ。うち三人は、マルガリータと同じような軽めのドレスを着ているから、王家の人間である可能性が高い。残りの二人は、コイトマと同じようにくるぶしの見えたパンツスーツ姿。一応、護衛の人間というところだろうか。


 ドレスを着た四人は、中央の椅子を避け、左右に二人ずつ分かれて座った。右手からマルガリータ、年配の女性が二人、若い女性が一人、という並びだ。マルガリータの隣にいる女性には、少し弱弱しい印象を受けるものの、全体の雰囲気はどことなく彼女に似ている。もしかすると、母親かもしれない。


「母よ、あなたの――

 女性たちの素性すじょうに思いをはせていたら、左から二人目にいる、四十台くらいの女性が口を開いた。切れ長の瞳が印象的で、とても美しい顔立ちをしているけれど、その分近寄りがたさも感じさせる。とはいえ、顔の作り自体はマルガリータたちと似ており、血縁関係にあることがうかがえた。おそらく、彼女の隣、机の一番左端にいる女性の母親ではないだろうか。


「心と体を支える糧として――

 彼女が口を開いた瞬間から、部屋の空気が一段と静まり返っていた。目の前にいるブルーナをはじめ、空間を共有するほぼすべての人間が、視線を落として口をつぐんでいる。私は若干居心地の悪さを感じつつ、彼女たちの行動にならい、静かにうつむいた。一方、横にいるパドマは興味深そうに周囲を見渡しており、その様子にわずかな敗北感を抱く。理由は良く分からない。


 自分の不思議な心の移り変わりに考えを巡らせてみたものの、まともな仮説が思い浮かぶ前に女性のスピーチが終わり、食事の時間が始まってしまった。着々と大皿から料理を取っていく周りの人たちに触発されて本能的欲求が膨らみ、小さな疑問は瞬く間に頭の片隅に追いやられる。


 ひとまず、手元の皿を持ち上げた私だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る