第5話:いくつかの疑問

 いばらの装飾が施された黒い門を抜けると、目の前に大きな噴水が現れた。車は噴き上がる水を避けるようにその周りを進み、速度を落とす。


 促されるままドアから出て、建物の前に降り立った。そこはピロティのようなスペースで、穏やかな日差しが背後から斜めに差し込んでいる。

 正面には、大きくて重厚な木の扉。似たつくりの扉は右手にもあって、これは一回り小さい作りになっていた。一方、左手には鉄製の門があり、その先に下りの階段が連なっている。 


「こちらにどうぞ」

 正面の扉を引き開け、コイトマが言った。私はパドマと一緒に後へ続く。


 建物の中は白い漆喰しっくいで塗られ、明るい印象を受けた。細かい装飾の施された高い天井が美しい。十メートル四方くらいのエントランスの向こうには、ガラスのはめ込まれた扉が一つ設けられており、中庭のような空間が透けて見えている。その中庭を挟むように二本の廊下が走っていて、私たちはコイトマの誘導に従い、左の廊下を進んだ。


 しばらく進んだところで、「では、私たちはこれで」と、ブルーナが言った。アドリアの肩を抱いた彼女は、中庭に面した扉に手をかけている。通路を挟んでちょうど反対側にも扉が設けられているけれど、そちらの扉はガラスの部分がなく、どこへ通じているのかは分からなかった。


「また後ほど」

 コイトマの言葉を受けたブルーナは、軽く頭を下げて扉を開けた。去り行くアドリアに小さく手を振ってみると、弱々しく手を挙げてくれたものの、最終的には顔をそむけられてしまった。先ほどよりは打ち解けられただろうか。

 可愛らしい二人組は、窓を挟んで廊下と接するように設けられた階段を登っていく。二階には中庭を取り囲む形で回廊が通っており、扉がいくつか並んでいた。


「彼女たちはここに住んでいるんですか?」

「まぁ、そうですね。しばらくは」


「しばらく?」

 語尾を上げ、追加の情報が出てくることを期待したものの、彼女に話を続ける様子はなかった。あの二人は、この屋敷に住み込みで働いているのだろうか。同僚にしては、コイトマの扱いが丁重ていちょうな気もしたけれど。


「こちらです」

 ブルーナとアドリアの正体をまともに考える間もなく、廊下の端にたどり着き、コイトマが再び扉を開けてくれた。


「おかけになってしばらくお待ちください。屋敷の者を呼んでき参りますので」

「ありがとうございます」

 私の言葉にほほえみを返し、彼女は部屋の奥にある扉から出ていった。


 モザイク柄の絨毯じゅうたんが敷かれた空間は、大きな書斎らしき部屋で、屋敷のエントランス部分を横に二つくらい並べたくらいの大きさがあった。部屋の反対側までは十メートルくらいで、幅はその倍くらいだろう。


 部屋の中央付近には、椅子で囲われた背の低い木製の机。長辺を挟むのはクリーム色をした三人掛けのソファで、短辺を挟んでいるのは一人掛けのソファである。パドマは右手に配置されたソファに勢いよく腰かけ、紅いドレスから伸びた足をぶらぶらとさせた。


「座らないの?」

 久しぶりに彼女の声を聴いた気がする。

 私はパドマの隣に座り、改めて部屋の中を見渡した。入り口から右側、つまりソファの後方には一段高くなっている場所があり、そこにもいくつかソファが並んでいる。


「で、印象はどう?」

 部屋の観察をしながら、パドマにたずねた。


「ここ?」

「うん」

「まぁ、いきなり閉じ込められたりする心配はない、ってところかな」

「元からそういう心配はなかったと思うけど」


「でも、アガサだってリュックは持って来たでしょ?」

「あの時点では、百パーセント安全とは言い切れなかったから」

「今も言いきれないと思う」

「心配し過ぎだって」


「全然」パドマはあきれたように首を振った。「だって意味が分からないでしょ、ここ。何でこんなに人がいるの? それも子供が」

「それは……まぁ、ね」

「人口比で見たら、ほとんどいないんじゃなかったっけ?」


「それは本当のことだと思うんだけど……。ごめん」

 彼女の早口に、思わず頭を下げてしまう。


 計画的な人口抑制策の果てに、人々は子供を産むという習慣を無くし、人工的な人口増加策が策定されるも、始動の直前に宗教的あるいは経済的な調整が破綻はたんして、大規模で自動化された戦争が実施された、と母からは聞いている。


「別に謝って欲しいわけじゃないんだけど」

「ごめん」

「……。もしかして、わざと?」

 一瞬の沈黙の後で、パドマが言う。


「いや、たまたま」わずかに動揺している彼女の様子は面白かったが、大きな怒りを招きそうなので、何とか笑うのをこらえた。「でも、私たちみたいなエラーもいるわけで、人がいること自体はおかしくないんじゃない?」


「こんな小さな町に、三百人もエラーがいる?」

「もともとは少なくても、増えた可能性はある」

「それはないでしょ。というより、そこが一番の問題だって。どうして――

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