第2話:町の発見

 建物は視界の中ですぐに大きくなり、それが細長い立方体の建造物であることが分かった。上部は崖の上まで伸びており、内部には金属製のケーブルが見える。


「エレベーターかな?」

 頭の中で結論付けるのと同時に、パドマがつぶやいた。


「たぶん」

 答えながら、ブレーキをかける。滑らかに減速したスクーターは、いくつかの車輪で地面と設置した。

 目の前にあるガラスの建物は、思っていたよりも大きくて迫力がある。二十メートル近く高さがありそうだ。


 石畳の道から左に分岐した細い通路を進み、その前に立つと、下部に設けられた扉が軽やかな機械音とともに左右へ開いた。念のため、パドマと目を合わせる。少女が小さくうなずくのを確認し、扉の中へ。


 エレベーターの内部は、人二人とスクーター二台が、余裕を持って入れるくらいのスペースがあった。扉の開閉アイコンのほかは特に何の装飾もなく、私はひとまず三角形の向かい合った図形に触れた。


 すぐにエレベーターが上昇をはじめ、透明度の高かったガラスがわずかに白っぽく変化した。太陽光のまぶしさも軽減される。それでも外の景色は見通すことができ、位置が高くなってくると、わずかに恐怖を感じた。


「結構高いね」

 何となく感想を共有したくなって、パドマに言った。が、


「そうなの?」

 返ってきたのは、趣旨しゅしのよく分からない返事だった。彼女はなぜか、崖の方を向いて硬直している。


「どうしたの? 気分でも悪い?」

「私、高いところ苦手」

「あっ、そうなんだ」


 想像もしなかった答えに感心しつつ、高いところが苦手という設定は何の役に立つのだろう、と少し意地悪なことを考えてしまう。しかし、出会ってから三か月くらいだと、まだ新たな発見が頻繁にある。

 再び軽やかな機械音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。


「着いたよ」


「分かってる」

 生意気な返事をしながらも、恐る恐るスクーターを引きずっているパドマは、正直かわいらしい。こういう様子を見たいがために、高所恐怖症を設定したのだとしたら、なかなかの趣味人だ。


 にこやかに微笑んでいる姿を見られないように顔を正面に向けると、街の光景が目に入った。と同時に、私は息を飲む。


 エレベーターを出た先には、崖の下と変わらない石畳の道が続いていた。ただし、道幅は下のものよりだいぶ広く、十メートル近くありそうだった。道の両端には、家や小さな商店らしきものが、ほとんど間隔を開けず立ち並んでいる。


 やや暗いオレンジ色の屋根をもった家々は、大きさや形が少しずつ違う以外、どれも似たつくりをしている。クリーム色の壁にはバルコニーがついており、窓には木製のかわいらしい雨戸。少し奥まったところにある玄関の扉の横には、鉢植えがフックにつらされていて、それから――


 視界に入るものをゆっくりと解釈しつつ、私は心の中を平静に保とうと試みていた。ここ数か月で遭遇した街とは明らかに違なる光景に、動揺していたのだ。街の中を、普通に人が歩いているという光景に。

 お互いにあいさつを交わしつつ、道を行き来する人たちからは、退屈にも近い落ち着きを感じた。彼女たちにとっては、きっとこれがいつも通りの光景なのだろう。


「なんでこんなに人がいるの?」

 そう言ったパドマは、なぜか少し機嫌が悪そうだった。


「どうしてだろう」

 彼女の様子は多少気になったものの、頭の中はほとんど真っ白で、その心変わりの理由を想像するのは難しかった。


「まぁ、しょうがないか」少女は、あきらめたように息を吐く。「で、どうする?」

「どうするって、何が?」

「この後どんな行動をするのか、っていう意味。あの人たちと楽しくおしゃべりする? それとも帰る?」


「そう言われてもなぁ。探すのが目的だったから」

 朝出会った少女を探すことが、数日間の目標だと思っていたので、肩を透かされたような達成感が胸に広がっていた。


「じゃあ次の目的を決めてよ。言っておくけど、私は帰りたいから」

「分かったから、ちょっと待って」

「ちょっとってどれくらい? 一分?」

「そんな子供みたいなこと言わない」


「だって子供だもん」

 パドマは大げさに口をすぼめて、腕を組んだ。妙に芝居がかった仕草ではあるものの、それが時々蠱惑こわく的だったりするから困る。


「分かった。まずは偉い人に会いに行こう。町長とか、その辺の」

 本当はもう少し考えてから行動したかったけれど、彼女の催促さいそくからは逃れられなかった。


「いるの? そんな人」

「明確にはいないかもしれないけど、間違いなくいる。こういう時に頼られちゃう人が」

「見つけるの大変そう」

 大げさに溜息をつくパドマ。


「たぶん探す必要はないよ。私たちはこの街に驚いているけど、この街の人にとっても私たちの存在は驚きだろうし、異物だろうから、適当に歩き回っていれば声くらいかけられるはず」

 私は自分へ聞かせるように言って、歩き始めた。


「そうかなぁ」

 あきらめのにじんだ声が、後ろから聞こえてくる。

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