第3話 二人の助手

爺さんの後を、重い足を引きずりながら、付いていくと、古い和風の家の玄関についた。

まるで時代劇の家老の家のような感じがする。


「どうだ、古いだろう」

「わしの爺さんの時から建っている屋敷だ」


異様な雰囲気は、玄関の真っ直ぐ奥から感じる。


「何も、言わんでも分かるのか」

「あんたほど、警戒した人は、初めてだ」


「なにも分かっちゃいねーのさ」

「だから、こえーんだよ」


ふすまを開け、部屋に入って俺は、足の力が抜けた。

これこそまさに腰抜けだ。

奥のふすまに大量の御札が貼ってある。

いろんな、御札が貼ってあり、文字の種類も、大きさもバラバラだ。

しかも、臭い。

異様な臭いがふすまの方からしてくる。


「自信満々の奴も何人か来て、高い金を要求して、失敗しおった」

「本当は、殺してやりたかったが、それをしてしまうと、次が来てくれなくなる」

「何度も、何度も失敗じゃ」


爺さんの顔が、怒りに満ちていた。

御札を破らないように、はがし、ふすまに手を掛けた。


ガタッ、ガタッ、ガタッ

ふすまがスムーズに空かない。


臭いが一段ときつくなった。

中には、布団があり、誰かが寝かされている。


肌の色が黒い、顔しか見えないが、目は落ち込み、頬はこけ、まるでミイラだ。


「爺さん死体じゃねーのかい」


「何をいう、生きておるわ」

「幾つに見える?」


「うーん、八十歳くらいか」


「十四歳じゃ」

「可哀想に、わしの孫で生まれたばかりに、こんな目に遭って」

「わしが憎いならわしを呪えば良いのじゃ」


爺さんが両手をついて、泣き崩れた。


俺の中で何かが切り変わった。


「くそー、何てことしやーがる。許せん」

「おれのやり方は、分かっていると思うが、特殊だ」

「でかい風呂はあるか」


「おお、うちの風呂は、若い者が十人入れるように作ってある」

「じゃが、湯船が故障中で使えねえ」


「うむ、問題ねえ」

「あと、やり方には文句は言わせねえ」

「ケチをつけたらその場で終わりだ」

「いいな」


「わ、わかった、好きにやってくれ」


「その子の名は?」


「まゆじゃ」


「まゆを裸にして風呂場に入れる」

「付き添いの女はいるか」


「まゆの姉がいる」


「じゃあ、その女も裸にして、二人で風呂場に入ってもらう」

「いいな」


「わかった、だれかー、まりあを呼んでくれー」


「あとは、誰ものぞくな」

「いいな」


俺は、風呂場に行き二人を待った。


しばらく時間がかかったが、まりあがまゆを抱えるように連れてきた。

まりあが脱衣所でまゆの服を脱がし始めた。

あまりにも、もたもたしているので、手伝おうとした。


「何をするのですか!」


すごい剣幕で怒られた。

まあ、そりゃあそうか。


「俺は、見ないように中で待っている」

「中で頭を洗うから、俺の後ろに来てくれ」

「そうすりゃあ、終わりだ」

「うまくいくか、いかないか、それで結論がでる」

「まゆちゃん、もう少しの辛抱だ、つれーだろうが、頑張ってくれ」


そう伝えると、二人の前で裸になり浴室の鏡の前にすわった。


「なるほど、でけー風呂だな」

「洗い場も広いここならケガをする心配も無いか」


湯をかぶり、シャンプーをいつもより多い目にかけ、頭をワシワシした。


程なくして二人の女が入って来た。

一人は、どす黒い肌で、ガリガリ、そしてむちゃくちゃ臭い。

死体の一歩手前ぐらいで微かに生きているようだ。

とても十四歳には見えない。


もう一人の、姉のまりあは、ふくよかで、優しい感じの、超美人だ。

なんで分かるのか。

横目でしっかり見てやりました。

こんな目にあって、そのくれーのご褒美がねーとよ、やっとれんでしょう。まじで。


二人がのそのそ、俺の後ろへ来る。

まゆはもう歩くことが出来ないのか、まりあにほぼ抱っこされているようだ。


おれは、目を閉じ頭をワシワシして、二人が後ろに来るのを待った。





ぎゃああああー



「うおっ」


声の大きさに驚き俺は、少し飛び上がった。

まるで断末魔の様な声をまゆが出している。

まゆの口から出ている様だが、もはやまゆの声ではなさそうだ。


「……」


やがて、まゆの声が収まった。

声が収まると、まゆの体がみるみる白くなった。

相変わらずガリガリだが見るからに様子が変わっている。


「じゃあ、俺は行くからよう」

「まゆちゃん、良く、頑張ったな」


俺は一言声を掛けると、脱衣所にむかった。

もう一回、まりあさんの体をしっかり目に焼き付けるのは、忘れなかった。


風呂場から出ると男達が、何事かと集まっていた。


「終わったのか」


爺さんが口を開いた。


「終わってねー」

「俺の腹が空いたままだ」


「おー、すまなかった」

「こっちに用意する」


爺さんに案内されてお茶の間の様な小さめの和室に着いた。

そこには、ちゃぶ台があり、そこに座らされた。


「なあ、コウさん、飯の準備が出来るまで」

「何があったのか教えては、くれねーか?」


「特に、なにもねー」

「爺さんも知っているだろ」

「銭湯の様に頭を洗っただけだ」


少し、爺さんが、状況を思い出しているようだった。


俺は、状況から、赤い服の女が、俺の後ろに立ったのではないかと思っている。

もし、そうだとすれば、とんでもない、強力な霊なのだろう。

俺には、やべーもんがついていることになる。

やべー今日帰って一人で寝られるかな。


そんな事を考えていると、まりあさんがお茶を持ってきた。


「まあ、お爺さんが、ここに人を入れるなんてめずらしい」

「ここは、お気に入りの人しか入れないんですよ」


なー、俺がお気に入られたってこと。

全然嬉しくねー。

さっさと、飯食って帰ろーっと。


「なあ、コウさん」

「なにかお礼がしたいのだが」


「いらねーよ、うまい飯が食えたらそれでいい」


「コウさん、あんたに何かあれば、わしの事を思い出してくれ」

「必ず力になる」


「わかった、わかった」


話していると、まりあさんが食事を運んできた。

すごいご馳走だった。

もう、関わる気もねえから、遠慮もせず、ガツガツ食ってやった。


その後、マリアさんに送ってもらって、事務所にかえった。






どんどん、どんどん


人が気持ちよく寝ていると、扉を叩く音がする。


「うるせーなー、かぎは掛けてねーから、かってに入りな」


「なによー、チャイム位付けなさいよね」

「それと、カギくらいかけないと不用心でしょ」


ガチャ


「うわっ」

「な、なによここ」

「何にもないじゃない」


なんか、うるさい女が入って来た。

だが、顔は整っている。

誰なんだ。


「うるせーなー」

「寝袋があれば十分なんだよ」

「誰なんだおめーは」


「あ、ごめんなさい」

「わたし、まゆです」


「そーか、おまえ、まゆなのかー」

「まーまー、かわいいじゃねーか、よかったな」

「おれは、もう少し寝る、かぎは掛けなくていいからな、おやすみ」


「なー、あんたおかしいんじゃないの、こんな可愛い、女の子が来たのに相手もしないなんて」


「もー、まゆ、外まで声が聞こえてますよ」


まりあさんは、駐車場に車を止めてきたようで、時間差で入って来た。


「あ、おねーちゃん、だってコウさんが酷いんですもの」


「えー、まりあさんが来たんですか」

「来るなら、来るって言ってもらわないと」


おれは、何もない事務所で、寝袋の中にいた。

男として超かっこ悪い。


「助手は決まっていますか」


俺は寝袋に入ったまま、何のことか分からないまま首を振った。


「助手は探さなくても、私と、まゆでやりますので安心してください」


「コウさん、私は助手じゃなくて、お嫁さんになりに来たのよ、お爺様には許可を取ってあります」


まゆが赤い顔をしてもじもじしている。

怖いものは、見えない振りだ。


まりあさんはなにか勘違いをしているようだが、鼻息をフンスカやっているので、おれは何も言えなかった。


こうして、二人の助手が、俺の事務所に居着くようになった。

この日から、この事務所が霊現象相談所みたいな場所になった。


その後、俺は霊など、見えねーし、信じていねーと、何度言っても二人には聞き入れてもらえなかった。

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