第2話 銭湯での出来事

俺はいま銭湯にいる。

絶賛、洗髪中である。




俺は、就職の時一人暮らしを始めた。

借りたのは、家賃三万五千円の物件だ。

安い所を借りたくて、色々探したら。

出て来ました。

殺人事件のあった、事務所。


一応、風呂もトイレもある。

簡単なキッチンもある。

風呂は、ユニットバスで、狭すぎて入れねーが、シャワーで体は洗える。

キッチンは、小さいがコンロを置いて、湯が沸かせる様になっている。


部屋はかなり広い、隣の倍はある。

最初は、ここに寝袋で部屋の真ん中に眠っていた。

家具も何も置かず、床に直に寝袋で寝ていたら、遊びに来た、ユーマとノコに変人扱いされた。


ときどき、湯の中に体を沈めたいとき、近所の銭湯に行く。

今日も、銭湯に来ている。

この銭湯は、子供の時から来ているなじみの銭湯で、チュウのばーちゃんの家でもある。

始まるのが午後四時だが、俺は十五分前に入れてもらっている。

特別扱いだ。


他の客がいないのをいいことに、俺は盛大に髪を洗っている。


「うわああーー、ぐうううーうー」


何やら、俺の後ろで叫び声が聞こえる。


「おいてめー、なにしやーがった」


俺の肩をつかむ奴がいる。


「見て分からねーか、頭洗ってんだよ」

「もうすぐ終わるから、ちょっとくれーまちゃーがれ」


「なにー」


「やめねーか、ヤス」


「にーちゃん、すまねーな、うちの若―もんが」

「ゆっくり、洗ってくれや」


俺はわざと、湯を飛ばしまくり、ゆっくり洗った。


後ろを向くと、ひゅーと血の気がひいた。

もう、足から力が抜けて、へたり込みそうになった。

幽霊を見たときより怖い。


後ろに半袖の服を着ているような、入れ墨の人がいた。

どー見てもそういう人だ。

だが、幸いにも、俺の顔も十分人間離れしている。

体も、超でかい。

相手は、爺さん一人と、若いのが二人だった。


俺が、立ち上がると、三人が少しひるんだ。

こっちもびびったが、向こうも少しひるんだので、この勝負は引き分けだ。


「てめー舐めやがって、何もんだ」


若い奴が顔を近づけ、ガンを飛ばしてきた。


「俺は、ただの会社員だ」

「てめーらこそ俺に何の用だ」

「人が気持ちよく頭洗っていたらごちゃごちゃと、いちゃもんつけやがって」

「あーー」


「なにー」


こうなると、もう後には引けねー。


「まてまて、すまねー、にーちゃん」


爺さんが止めに入ってくれた。

だが、若―奴は収まらねーらしくまだにらんでくる。


「やめねーかヤス」


「だけどよう、親父、こいつ俺をなめてますぜ」


こいつがヤスか。


「親分さん、コウちゃんやめとくれよ」


番台のばーちゃんが仲裁に来てくれた。


「こうちゃんは、こんな見た目だけどいい子なんだ」


うん、ばーちゃんこんな見た目は、よけーだろ。


「コウちゃん、親分さんはいい人なんだよ、ここも何度も助けてもらってるんだ」


「いや、いや、ねーさん、こっちは助けてもらって、礼を言おうと思っていた所なんだ」

「それを、この、ばかが」


バキッ


「はやとちりするんじゃねー」


爺さんがヤスをすげー勢いで殴った。


「この落とし前に、ヤスの小指をキーホルダーにして渡すから、勘弁してほしい」


なー、なにをいってるんだ。

冗談でも笑えねー、むしろこえーって。


「そんなもん、いらねーよ」


「良かったなー、ヤスいらねーってよ」


「へい」


ヤスは、少し嬉しそうに笑った。

ヤスの口は、殴られて切ったのか、血だらけになっていた。

こえーって、こういうのは、まじ勘弁してほしい。


「どうだろう、兄さん、お礼がしたい、今から晩飯でもどうかね」


「いや、そもそも、俺は何にもしていないだろ」

「遠慮しておくよ」


「ふふ、来てくれるだろ」


爺さんの目にすごみが入った。

これは、断れねー奴だ。


「ちっ、分かったよ」

「いきゃーいいんだろ」


こうして、おれは爺さんの、でけー外車に乗せられて、爺さんの家に招待された。






家に着くと、でかい頑丈な門があり、門を若い衆がほうきで掃いている。

爺さんと一緒に歩いていると、皆頭を下げる。

礼儀正しい。


「なあ、爺さん、俺には何があったのか分からねえ」

「説明して貰えねーか」


「わしは、仕事柄色々な人間から恨まれている」

「兄さんの後ろを歩くまで、体が重く、気分も悪かったのじゃ」

「それが、兄さんの後ろを、通ったら、体を二つに引きちぎられるような感じがした」

「その後、分かるじゃろ」

「ほれこの通り、元気になったのじゃ」


その言葉を聞き終わらねー内に、俺の足は止まった。


「流石じゃのー」

「もう気付きおったか」


「じーさん、騙したな」

「何が、晩飯だ」

「ちくしょう!」


「まあそんなに怒るな」

「駄目でも何もせん」

「みな出来なかったからのー」


「ここで、帰りてーんだが」


「出来ると思うかね」


まわりにいた男達が皆、眼光凄まじくこちらを睨んでくる。


「なー爺さん、俺は恩人なんじゃねえのかい」


「だからこそじゃ」

「やるだけ、やって、わしにもう一つ貸しを作ってくれんかのー」


「ちー、これだからよー」

「俺は、こういうのは嫌ーなんだがなー」

「うめー飯は、食わしてもらうからな」

「約束だぜ」


「ふふ、最高級の飯を食わしてやる」


足が、ガクガク震え、全身に悪寒が走る。

あの、廃墟や廃病院より酷い寒気がする。

絶対近づいては、いけない場所のはずだ。


俺は、異様な雰囲気の屋敷に、重い足を引きずる様に、一歩一歩近づいていった。

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