コウの怪異日誌

覧都

第1話 少六の夏休み

それは俺が小学校六年生の時の、八月九日の暑い夏のことだった。


A県K市、これが俺こと、本山耕二の住む町だ。

標高が高いため平地より気温が5度は低い。

この日は多治見市など、暑い街は40℃を超えていた。


俺の町でも29℃を超える暑さだった。


「コウ、今日行くぞ」


市営プールで遊んでいた悪友、木永忠、通称チュウに誘われた。

コウとは、俺の事である。


「モリ、どうする」


おれは、あまり気が乗らなかったので、モリが断るのを期待して聞いてみた。

モリとは、悪友、森山守のことである。


「行くに決まっているだろう」


ちっ、行くのかよう。

俺は舌打ちした。

舌打ちするぐらいなら、行かなければ良かった。

いまだに、現在進行形で後悔している。


「決まりだな、今日の夜十二時基地集合」


標高が高いこの町は避暑地になっていて、別荘が多く建っている。

その中でも一際気味が悪い別荘に俺たちは、夜中に肝試しをしようというのだ。

この別荘は、持ち主一家が失踪し、壊すことができず十年以上放置されている物件だ。

昼間前を通るだけでも気味が悪い、そんなところに夜中忍び込もうというのだ。




三人は揃って別荘を目指していた。

たぶん俺は青い顔をしていたと思う。

チュウとモリはニヤニヤしていかにも楽しげだ。


キーー、自転車のブレーキ音すら気持ち悪い。


別荘の脇の草むらに自転車を3台隠すと、俺たちは別荘の敷地内へ入っていった。


敷地内の草むらは虫の鳴き声が他の場所より大きく、侵入を拒んでいるようだった。


「おい、虫の声、他より大きくねえか」


俺がつぶやいた。


「おまえ、びびってんのか」


にやにやしながらモリが言う。

チュウは、少し緊張した顔になっている。

チュウも何か感じているようだ。


「びびってねえ、本当にそうだから言っているんだよ」


別荘に近づくと虫の声は益々大きくなった。


俺はチュウの顔を見た。

チュウは無言で頷いた。

チュウもやはり虫の声の異常さに気が付いているようだ。


あたりは、月が大きく雲も少ないので、青白く光り明るかった。


ガサ、ガサ

草をかき分け別荘の玄関についた。


「カギ開いてるぜ」


モリがズカズカ入っていく。

遅れないようにチュウも入って行ってしまった。


廃墟の別荘の玄関に入ると、急に静かになった。

まるで、虫達が鳴くのを諦めたように、しーんと静まりかえった。

しかも、この別荘の中、落書きがない。


何かがいる廃墟は落書きが少ない、今ならわかるが、当時の俺は知らなかった。


気温も他より低い、腕に鳥肌が立ちっぱなしで消えない。


「おーい、チュウー、モリー」


小声で二人を呼ぶが返事はない。

これじゃあ一人で来たのと変わらねーじゃねーか。

懐中電灯に、光を入れ、まわりを照らす。

二人の足跡は正面の階段に続いていた。


「二階に行ったのか」


俺も行こうかと思ったが、階段の横がやけに暗い。

普通なら気持ち悪くて行けないが、この時は吸い込まれるように、勝手に足が進んでしまった。


そこは、広い男子トイレだった。

ここも、落書きもなく綺麗だった。

気になるのは一番奥の個室だった。

恐怖でゆっくりしか動けなかったが、奥の扉まで進んだ。

扉は少しだけ開ていたが中の様子はまるでわからない。


トン、と、扉を押した。


「うわっ」


個室の壁に赤いペンキで、呪、と大きくかいてあった。

おれは、一瞬血に見えて声を出してしまった。

血じゃなくてほっとしていた。


「なんなんだよ、びっくりするじゃねーか」


入るときは恐かったが、出るときは何故か恐くなくなっていた。

トイレを出ると二階に上がった。


二階の様子は一階とはまるで違った。

一階は豪華なホテルのような様子だったが、二階は、普通の家のように感じた。

生活用品がそのまま置いたままになっていて雑然としていた。


二階の階段の横の部屋を見てみることにした。


チュリリュリ、チュリリュリ


引き戸を開けて中に入ると、和室だった。

洋服タンスが部屋の角にあり、床にちゃぶ台が一つ、その上には新聞が広げられ、床に数冊雑誌が散らばっていた。

まるでさっきまで人が住んでいたようである。

違うのは、それらの忘れ物に埃が一面かぶっていることだった。


シーンとした部屋に何かの気配を感じた。

全身に鳥肌が立った。

「はーー、はーー、はーー」

呼吸が速くなり、心拍数がどんどん上がっていく。


どくどくどくどく、もはや耳の奥の血流が聞こえた。


「うわあっ」


「うわああー」


ドオーオオーーン


俺が声を出すのととなりの部屋から声と音が聞こえるのが同じだった。


俺は、タンスと壁の隙間に目と赤い何かが見えた。

タンスの横は3~4㎝しか開いていない、こんな所に人は入れないはず。

なのに目があった、間違いなく人の目だった。


だが、それに驚いたとき丁度となりの部屋から声と音が聞こえたので、それに驚いた振りをして、目には気づかない振りをした。


「どうした」


声を出しながら、となりの部屋に行った。

となりの部屋では、チュウが腰を抜かし尻餅をついていた。


「大丈夫か」


チュウはガタガタ震えて指を指している。

その顔は真っ青で唇は紫色になっていた。


ガタガタ震える指は押し入れの布団を指していた。

押し入れに布団が二枚たたんで入っていて、その隙間から黒い物が出ていた。


「なにもないじゃないか」


俺は、黒い物の正体は髪の毛に見えた。

だが、気付かない振りをした。


「うわあああ」


モリの叫び声が聞こえた。


この声が出たとき、髪は布団にしゅるんと吸い込まれた。


チュウは俺が来てほっとしたのか、立ち上がった。

視線は布団の隙間に注がれている。

だが、そこには何もなかった。


「き、気のせいかなー」


「びびりすぎなんだよ」


「だよなー」


モリの悲鳴の方へ行くため廊下にでた。

廊下に出て右を見ると、全身の血が凍った。


チュウも少し体が飛び上がった。


俺もチュウも気が付いた、だが二人とも気が付かない振りをした。


廊下の突き当たりに、赤い服を着た髪の長い女がいた。


モリのいる部屋は女のいる方向とは反対なので、そのままモリの様子を見るため歩き出した。

俺とチュウは男同士で手をつないでいた。


部屋が近づくと空気が変わった。

空気が冷たい。

全身の鳥肌が引いていかない。


「寒くねえか」


「寒い」


恐怖に呼吸が速くなる。

心拍もどんどん上がる。


一歩一歩震える足で進んでいった、ドアの開いている部屋の前で止まると、部屋をのぞき込んだ。


サーと血の気が引いた。


その部屋には、大きな仏壇があり、その横に片開き戸の押し入れがある。その扉には御札が貼ってある。

本当はびっしり張ってあったのだろうが、モリの手に、はがした御札が握られていた。


開き戸は少し隙間が空いていたが、数枚の御札で開ききってはいなかった。


「な、何やってんだモリ」


モリの体が少し宙に浮いた。

俺たちにいま気が付いたのだ、がたがた震え指をさす。


引き戸の押し入れの隙間に何かがうごめいている。


「うわあああー」


俺とチュウはモリを脇に抱えるとその別荘を逃げ出した。






数日後、

悪友、水戸謙二、通称ケンが、チュウとモリを連れて俺の所へ来た。

また、あの別荘に行こうと言い出したのだ。

俺はきっぱり断った。


ケンはむちゃくちゃな男で怖いも恐ろしいもわからない奴だ。

こんな奴と、あんな危険な所へ行けば御札をはがすに決まっている。

断固断った。






そして今、俺はパソコンの前で一人、この文章を書いている。


パソコンの端に、赤く何者かが映り込む。

もちろん俺の後ろには赤い物など置いていない。


髪の長いあの女だとおもう。


風呂で目を閉じ、頭を洗っていると、背後に人の気配を感じ、鳥肌が立つこともよくある。


髪の長いあの女だとおもう。




そういえば、ケンとモリとチュウはあの夏休み以降、行方不明になっている。


今もまだ、あの別荘はそのまま残っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る