第12話 雪ですね
「あの、すみません」
俺はギルドの受付のお姉さんに声をかけた。
「はい何か御用でしょうか・・・って、
「はい」
「そうだ!先日のおばあちゃん喜んでましたよー。若いのに気が利く子だって」
「そうですか、それは何よりです」
俺はもう何度もギルドに来ているので、スタッフさんにも顔を覚えられるくらいにはなっていた。まあ全部非戦闘系のクエストなんだけど。
「あ、今日は猫探しとかありますけど?」
そして俺の顔を見るなりそんな事を言ってくる。まあ、ずっとお使い系クエストみたいなものばかり受けてたしな。
「いえ、今日はこのクエストについて聞きたいことがありまして」
そう言って俺はカラフル山の氷草のクエストの紙をスタッフさんに見せた。
「あーカラフル山のクエストですね。お受けになられるんですか?」
「実は報酬はそこそこなのに難易度が最低ランクなのが気になってて。何か理由でもあるんですか?」
「あー、やはり最初はそう思いますよねー」
スタッフさんは納得、と言う顔で笑っている。
「実はですね、難易度は低いのですが準備が大変なんですよー」
「準備ですか?」
なんだろう?そんなに高い山でもないし、遭難する心配も無さそうだけど。
「はい。しかも今は冬山の周期なので、余計に面倒に思ってしまう方が多いんです」
ん~準備が大変だからみんなやりたがらないって事か。どれくらい大変なんだろう?それによるよな。あとモンスターの有無とか。
「あの、安全面はどうなんですか?その、モンスターとか・・・」
「ああ、それは大丈夫ですよ。あの山は攻略されまくってモンスターのモの字もありません。たま~にはぐれモンスターが出るくらいです」
なるほど、だとすると、後は準備がどれほど大変かって話か。
「当ギルドでは一番コストのかかる寝袋とブーツは支給することになっていますので、後は非常食や防寒着を揃えてもらう事になりますね」
防寒着ね・・・。たしかソニアの話によれば、この地方一帯は温暖な気候で、雪なんかめったに振らないって話だったんだよなあ。だとすると、この出費はこのクエストだけの為になる可能性が高い・・・。
よし!やめよう!今の俺達にそんな無駄遣いをする余裕なんて無い。
そう思ってギルドの人に「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」とお礼を言って立ち去ろうとした時だった。
「そのクエスト、受けさせていただきます」
いつの間にか後ろに立っていたソニアがそう宣言していた。
「え?受けるんですか?でもこれ、準備が大変って話ですよ?」
こいつは突然やってきて何を言い出すんだ。
「
「いやだから、フルネームで・・・あ、もういいです」
こいつは何回言っても俺をフルネームで呼ぶんだよ。あとは名前呼び。名字で呼べつってんのに!
「優さん、人がやりたがらないクエストを率先して受ける。それも勇者の在り方ではないでしょうか?」
ソニアのその発言を聞いて、周りにいたスタッフたちは「おおっ!」と感嘆の声を上げていた。
「さすが勇者様!人がしたがらない事を率先してされるなんて!」
等と大いに称賛されている。
と言うか、その中でも一番驚いていたのが俺だろう。何しろ俺はこいつがとんでもない守銭奴で、承認欲求もかなりのものだという事を知っている。そんな奴が人の為にクエストをやるだあ?
こいつマジで言ってんのか?勇者として尊敬されたいからとかじゃなく?いやでも、準備の内容とか出費とか考えると真っ先に断りそうなもんなのに、自ら率先して受けると言っている。
なんだよ、単なる金の亡者のはずれ天使なだけかと思ったけど、真っ当な天界の住人らしいところあるんじゃないか。
「では、このクエストを受けさせていただきます」
俺は一度引っ込めたクエスト用紙を再びスタッフの方に差し出した。
「はい、では受付をいたしますね。装備をお持ちしますのでしばらくお待ちください」
そしてスタッフは俺達の冒険者カードにクエスト内容を記録し、寝袋が入ったリュックとブーツを持ってきてくれた。
いやあ、異世界に来てからホントにもう絶望しか経験しなかったけど、今日はようやく冒険者に慣れた気がするわ。金銭的な事だけで動いていた俺が恥ずかしいね!やっぱ冒険するならこうでなくっちゃな!
そして俺はご機嫌なままソニアと一緒に防寒着を買いに市場へと向かった。ここら辺一帯は温暖な気候だが、カラフル山が存在するため、ソリやスキー、そして防寒ウェアなども販売されているんだ。
そして俺達は動きやすい防寒着を購入してから家路についた。防寒着なんて着た事無かったから、ちょっと楽しかったな。
家に着いたソニアは早速購入した防寒着に着替え、ブーツを履いていた。そしてファッションショーさながらに部屋を歩き回り「似合います?」等と聞いてくる。なので俺は正直に、
「わかりません」
と答えたら「何ですかそれ!女子に対する配慮が足りません!0点!」と、人を指さしながら言ってきやがった。
女子に対する配慮が足りないんじゃない。お前に対して配慮する気が0なだけだ!と反論したいところだが、今日はこいつが勇者としての自覚に目覚めた記念すべき日だからな。大目に見ることにしよう。
「出雲優さん」
「なんでしょう」
俺はすでに、こいつが俺の事をフルネームで呼ぶことを止めさせるのを諦めていた。絶対俺の話聞いてないだろ・・・。
「雪ですね」
「まあ、冬の周期って話ですからね」
突然何を言い出すんだこいつは。そういう話だっただろうが。
「実は私、生の雪を見るの初めてなんです」
「へえ、そうなんですか?」
俺より長生きしてるって話だから、雪を見たことが無いってのは意外だな。
「はい、なので最初は面倒そうなら断ろうかな~って思ってたんです」
ん?断る?何の話だ?
「でも、一番高い寝袋やブーツはギルドが用意してくれるなら、後は安価な防寒着だけで雪遊びが出来るチャンスなんて滅多にないですからね!」
え?おいちょっと待て!俺は嫌な予感がして、額から汗が出てきた。
「あの、勇者として人が敬遠するクエストを受けるって話でしたが・・・」
「ああ、そんなの建前に決まってるじゃないですかー。他人のお金で雪山に遊びに行けるとか、乗るしかないじゃないですか!しかも聞きました?皆さん「さすが勇者だ」って私の事誉めてくれてましたよ!」
そう言いながらソニアは、服をもって狭い部屋の中を小躍りしている。こ、このはずれくじに入っていたはずれ天使がああっ!俺の尊敬と感動を返せよ!
俺は「ゆっきやま~ゆっきやま~」等と浮かれて踊っているこの俺のはずれ特典の天使を一瞬でも尊敬しそうになった事を早くも後悔していた。
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